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#34.フィオナ・ルオール

 マリアは先王リドガルドの娘。先王の印璽と現王の承認によって大法廷は一段落したわけだが、ラファエルにとってはまだまだ通過点だ。次の難関を突破出来なければ、回りくどく証拠を後出しにしてマリアを落胤と認定させた意味がない。本番はこれからである。


 自分の席に戻った王太子は急展開で騒然としている議場を見渡した。


 左に並ぶ保守派は問題ない。彼らはグレンデスを潰す為に躍起になっている。傍聴席の下位貴族や役人達も父の治世に限界を感じている。自分に付いて来てくれる筈だ。近衛騎士や家人達は王個人ではなく王家に仕える者達。主が変わっても問題は起きない。王国騎士団も末端の騎士達は自らの職を全うしてくれるだろう。民は圧政を敷かない限り反発することはない。

 問題になるのはやはり右に居並ぶ革新派の貴族達だ。グレンデスを弁護する者。革新派から離反する者。グレンデスを糾弾する者。不干渉を貫く者。反応は様々だろう。予想も着かない反撃を受けるかもしれない。だが負けるわけにはいかない。国と王家そして自分の為に。


 じっくりと思案に暮れていたラファエルが宰相へと視線を送る。審議を再開する為の合図だ。


「まだ審理の最中である。一同静粛に」


 宰相の一声で議場は静寂に包まれた。などいうことはなく、グレイナー公爵率いる保守派貴族達が長に従うと、そこから伝播して徐々に沈静化して行く議場。暫しして大法廷が元の秩序を取り戻すと、宰相が再び口を開いた。


「王太子殿下のお言葉である」

「マルチア様が逃げ出したあとフィオナ・ルオールは女中として王宮に仕えていた。暫く行政府で下働きをしていたようだが、五年程して在王宮付きとなった彼女は、直系ではない王族の男が住まう東殿で雑務を担当するようになった。これらの日記の記述は王家の記録とも符号する。フィオナの日記にはある程度信憑性があると言える」


 当初の流れから言えば、マリアが落胤と認定されたあとはオズワルド・キッシュの審理に戻る筈だ。しかし、太子が始めた話は全く方向性が見えない。議場を包む空気は緊張から当惑に変わった。


「失踪の数日前、フィオナ・ルオールは一人の男からある依頼を受けた。いかにも怪しい。そう思ったと日記には書かれていたが、彼女の立場は弱い。国外出身で後ろ楯がないことに加え身寄りもない身だ。犯罪であろうが高い身分の者の指示には従わざるを得ない。そうして受けた依頼を実行した翌日、重大な事件が起きた。国家を揺るがす大事件だ。フィオナの日記はそこで終わっているが、依頼と事件の顛末は詳細に記載されている。

 確かに、一人の女中、国外出身の平民が書いたことだ。信じられないのも仕方がない。嘘があると疑うのも当然のことだろう。しかし、先王陛下はその女中の日記に国璽を捺したのだ。

 先王陛下が信じた女中フィオナ。その彼女の言葉が真実であったとしたら、我々は、王家は、重大な過ちを犯していたこととなる。国の中枢、閣僚に、こんな男存在を認めていたのだから。


 グレンデス公爵。いや――――ダン・グレンデス!!


 貴様は――――」


 徐々に語気を強めるラファエルは敢えてここで話を切った。次の言葉に最大限の注意が払われることを狙って。


「先王陛下を暗殺した」


 フィオナの日記には実際そうは書かれていない。彼女が日記に残したことは――――






「ラルフェルト殿下はリドガルド陛下を殺そうとしている。陛下へ送る殿下の誕生日の贈り物を入れ替えろ」


 フィオナ・ルオールがダン・グレンデスから聞かされた言葉である。誰がどう考えてもおかしな話だ。実際にそうならプレゼントを改めればいい。だが彼女の立場からすると断ることすら難しい。取り敢えず依頼を受けた振りをした彼女は熟考した。


 持たされた毒と思しき“これ”を持って上司に訴えれば……無駄だわ。私は信用されていない。それ以前に平民が貴族に「強制された」と訴え出たところで証拠がなければその貴族が裁かれることなんてない。ましてや相手は公爵家の嫡子。返り討ちが関の山。だったらどうすれば……。

 指定された実行日は当然リドガルドの誕生日。その日さえ過ぎれば恐らくダンの思惑は崩れる。でも実行しようがしまいが自分は消される。どうせ死ぬなら訴えて出た方が良い? ……同じ“どうせ”なら実行犯として道連れにする方が良いかも。国王への殺人“未遂”で逮捕されれば、私が訴えたことへの調べぐらいして貰える。うん。その方が良い。


 この時の彼女の思考には二つ誤算があった。

 一つは解毒魔法の存在。仮に入れ替えたモノが毒であったとしても、王宮に居る優秀な魔法使いが解毒をすれば王は助かる。床に伏せることになるかもしれないが、命まで失うことはないだろう。彼女はそう考えていた。それも致し方ないことである。魔法で解毒出来ない毒など彼女は知らなかったのだから。しかし実際は――――。

 二つ目の誤算はグレンデス公爵の目的。依頼から察するに、リドガルドを殺されラルフェルトは犯人に仕立て上げられる。すると残る継承権保持者はラルフェルトの息子ラファエルと、リドガルドの弟リチャードのみ。しかしリチャードは、宰相のレイクッド・グレンデス他、閣僚、正妃からも信頼されていない。跡継ぎもいないリチャードが王位を継ぐことがないとしたら、残るはラファエルだけ。未来の義父として名乗り上げれば幼い王の後見人になるのは難しくない。ダンの狙いは王を傀儡とすること。フィオナのこの予想も的外れではない。されども実際は――――。


 実行日当日。朝のうちに贈り物を入れ替えた彼女は、日が沈むと王の間の近くに潜んでいた。もし王の近衆が異常に気付かないことがあっても、彼女自身が国王を殺したと言って騒げば速効性の毒でもリドガルドが死ぬことはない。そう考えて。

 それは正しい。“それ”が普通の毒であれば、フィオナはダンを道連れに出来ただろう。しかしその夜、王の寝室から物音やうめき声の類いは聞こえて来なかった。完徹した彼女が、もしかしたら本当に殿下が陛下を殺そうとしていたのか、そんなことを考えた次の瞬間それは間違いだと知らされた。


 リドガルドは死んでいた。どういうわけか、寝ている間に吐血して窒息死していた。


 初めは困惑したフィオナだが、直ぐに自分の浅はかさを反省することとなった。――国王を暗殺しようとしている人間が解毒魔法のことを考えていない筈がない。だとしたら速効性の毒――という固定概念に縛られ、それ以外の可能性を考えていなかったことを。


 ――アレはそういう毒だったんだ――


 そんな反省を他所に、予想外の事態は続く。


 王宮内で何かしら事件があった時捜査をするのは近衛騎士だ。しかし彼らは皆下位の貴族や平民であり、騎士達だけで王族を取り調べたりすることは出来ない。必ず上位の貴族が立ち会うこととなる。ましてや国王が不審な死を遂げたとあれば、下手な人員に捜査はさせられない。故に、王の不審死が告げられて直ぐ上位の貴族が捜査に来た。それが他ならねダン・グレンデスだった。

 これはフィオナの予想通りだ。捜査が進みダンがラルフェルトに疑いを向けた時贈り物を入れ替えたと自ら名乗り出れば、フィオナは巨悪を道連れに出来る。


 筈だった。


 翌日。丸一日経ってもラルフェルトが容疑者として浮上しない。それどころか、「陛下の死因は肺の急病」という噂が出回り始めていて、暗殺という言葉すら聞こえて来ない。

 おかしい。不審に思ったフィオナだが、毒が処分されてしまったら名乗り出ることにも余り意味が無い。あれがどんな毒だったのかすら分からない上に、ダン・グレンデスの目的すら見えなくなってしまったのだから。


 ――このままここに居ては無駄死する。利用されて殺されるだけ――


 彼女は逃げた。リドガルドの落胤を証明する日記を持ち、歴代国王と太子だけが知っている筈の秘密の地下通路を使って。


 ただ後日、彼女は後悔することとなる。

 罪に問われないどころかラルフェルトは国王になってしまったのだ。そこでやっとフィオナは自分の思い込みに気づいた。ダン・グレンデスの狙いは、ラルフェルトを有罪にすることではなく贈り物をネタに脅すことだったと。

 ラルフェルトは国王の従弟。その立場は決して強くない。贈り物が凶器だと断定された上に筆頭公爵家の嫡子に疑いを向けられたとしたら、簡単に逃れることは出来ないどころか有罪になる可能性も充分にある。フィオナが贈り物を入れ替えたという事実を知ってさえいれば反論出来るだろうが、残念ながら彼女はもう王宮にいない。ラルフェルトを弁護出来る者はいないのだ。


 王宮に戻るべきか。フィオナは逡巡した。

 ダン・グレンデスという悪を放置するのは憚れる。しかし味方の居ない彼女は戻った途端に殺される可能性も低くない。しかも、国外出身で身寄りもない一女中の証言をどこまで信じて貰えるか、という問題もある。ラルフェルトに直接話すことが叶わなければ無駄足に終わることもあり得るのだ。更には、ラルフェルトが国王の地位にしがみついて味方になってくれないこともあり得る。


 フィオナが選ぶには危険性の高すぎる選択肢だった。


 結果彼女は、主とその想い人の思い出の場所に事の顛末を全て記した日記を埋め、南の大陸へと逃げたのだった。




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