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#32.更なる謎

 私はレアンドラ様のことを知りません。


 違いますよ。形容し難い美しさを持つ絶世の美女なのは間違いありませんし、冷静沈着で広い視野を持つ賢い方なのも疑いようもありません。学業成績も優秀で、魔法使いとしても非凡な才能をお持ちです。友人達には優しく、時に厳しく、茶目っ気のある方でもあります。常に凛としたその様はさながら女王様。神々しい気配の纏った気品溢れる淑女です。

 これらのことが偽りと言っているわけではありません。寧ろ全て本当のレアンドラ様だと思います。私が知らないのは、レアンドラ様の過去、そして未来です。


 考えてみると当たり前のことですが、友人だろうが知人だろうがその人の過去に起きたことを全て知っているなんてあり得ません。血の繋がりがある家族でさえも、一緒に暮らしていなければその人に過去起きたことの殆どを知っていることなどないでしょう。だから、私がレアンドラ様の過去を知らないのは当然のことで、それをわざわざお話する必要はありません。でも――――


 私とレアンドラ様が出会ってからあと二ヶ月で丸三年になります。その間にお茶とお食事をご一緒した回数を足せば優に千を数えるでしょう。大半がアリエル様とリリア様のお二人も含めた四人でのことで、女三人寄れば姦しいの諺通りお喋りが途絶えたことはありません。当然、学園入学前のことが話題になることも少なからずあったわけで……。

 四人の中では比較的大人しいレアンドラ様ですが決して物静かな方ではありませんし、どんな話題でもそれなりに口を挟んでいました。しかし、レアンドラ様が話していたことを思い返してみると、物心つくかつかない頃のことか、レイクッド様の看病しながら領地で暮らしていた頃のことばかりで、その間が抜け落ちていたのです。話す機会が偶々無かった可能性もないとは言えません。でも、そこだけが抜け落ちているのは意図的であると考える方が自然です。だとしたら、レアンドラ様は何故過去を隠したりしたのでしょうか?


 ……謎が謎を呼んでしまいましたね。


 というのも、こんな事を考えていたのはある疑問に行き着いたからです。


 ――あのダン・グレンデス公爵の暮らす屋敷でどんな生活を営んでいればレアンドラ様みたいな人格者が育まれるか――


 言い換えれば、レアンドラ様の人格がゲームと掛け離れているのは何故か?

 前世の記憶がある私とレオンハルトは例外として、他の登場キャラがほぼ踏襲しているゲームの設定がレアンドラ様だけには適応されていないのは本当に謎です。もしかして、マリアさんの言う原作ではレアンドラが立派な人物だったのでしょうか? それにしても、レアンドラ様の父親は全ての元凶であるあのダン様です。加えて、ダン様の奥様、レアンドラ様のお母様は選民貴族の典型のような方ですし……。


 結論の出ない話をだらだらするのは止めて、私が何故その疑問に行き着いたかをお話したいと思います。


 ラファエル様がレアンドラ様に真実を明かしたあの日からレアンドラ様は変わりました。なんて、前述した人物像に変わりはありません。ただ積極的に周囲に干渉するように成ったのです。


 殆ど相手にしていなかったファンの子達と話をして、授業中に皆で笑える冗談を言って、学園の庭師に声を掛けて励ます。といった素振りが見られるようになったのです。此処に来て交遊関係を拡げようとしているの? とも考えましたし、アリエル様とリリア様は無理に明るく振る舞っていると考えていたようですが、この一週間のレアンドラ様を直接見ていてそうは思えませんでした。

 活動的に日々の生活を営み、誰にでも優しく振る舞い、晴れやかに笑う。その姿はアニメや漫画に登場するヒロインそのものです。まあ大人っぽい外見の方ですからヒロインには似合いませんが、生き生きしたレアンドラ様には爽やかな気持ちにさせられるのです。そんな感情を抱かせるモノに裏があるとは思えません。


 ――これが本来のレアンドラ様かも――


 無理をしているように見えないどころか躍動感すらあるその姿は、抑圧されていたモノが解放された結果。そう思えたのです。逆ハーエンドを目指す。という目標から解放されたに近いレアンドラ様が抑えていた本来の気質を顕にしても不思議ではありませんからね。ただの推測ですけど。

 ただ、この推測が正しいとするとこんなことが言えると思います。


「悪役令嬢の本性はヒロインだった」


 この表現は極端ですが、ゲームの知識がある私がレアンドラ様の人格形成に疑問を持つのは必然でした。






 ここ一週間ラファエル様は王宮に詰めていてマリアさんはハイムルト様と仲良くしているようです。まあ正直マリアさんが誰と仲良くしようがもうどうでも良くなっているのですが、一応情報収集はしています。まだエンドを迎えてはいませんからね。

 そんなことより今日は、というより今晩は、取り巻き三姉妹がレアンドラ様の誘いを受けて晩餐をご一緒しました。昼食はほぼ毎日のことですが、夕食を共にするのは久しぶりのことです。


「四月ですかぁ!?」

「そんなに前から?」


 食後のお茶をしながら話題になったのはアロイス様のことです。アリエル様曰く、アロイス様がマリア落胤説を知ったのは去年の四月末だったそうです。


「クロフォード侯はマルチア様のことを知ってらしたの?」

「いいえ。お父様もアロイスから聞いて初めて知ったと仰っていましたわ」


 マルチア様は北方の小さな島国の貴族家出身で、先王陛下が独断で後宮に入れた為に通常側室の輿入れでも行われる披露宴すら行われませんでした。そして、妊娠を悟ったマルチア様は先の正妃様の妬みから我が子を守る為後宮入りから一年足らずで逃げ出してしまったのです。結果、国内の貴族の殆どがマルチア様の存在を知らないという状況が発生しました。というのがゲームの設定です。現実もほぼそのままのようですね。


「アロイス様はどうやってお知りになられたのですか?」

「手紙よ。マリアとマルチア様のことが詳しく書かれた手紙が学園の友人経由で届いたと言っていたわ」

「怪しさ満点ですねぇ。内容もぉ」

「調べてみる価値はあるわ。マリアが仕掛けたとしても関係ないもの」


 上手く運べば孫に王位が転がり込んで来るのですからクロフォード侯爵が調査をしたのは当然です。ただ、あのマリアさんにそんな回りくどいことが出来ますか?


「クロフォード家はもうマリア様を諦めたのですか?」

「アロイスはラファエル様とグレイナーの次ぎ。難しいのが解っていて追い掛ける程惚れてないそうよ」


 淡白なんですねアロイス様。


「マリア様は移り気の激しそうな方ですから希望はあるんじゃないですか?」

「マリア様の意思は余り関係ないわね。最後は男性の都合で決まってしまうわ。それに――――」


 え? リリア様にウィンク? ……何でですかレアンドラ様。


「アロイス様はリリアに惹かれているのではないかしら?」


 リリア様の顔が見る見る赤くなっていきます。どうやら図星のようですね。リリア様。いつの間にアロイス様と……。


「じゃあわたくしはリリアの姉になるのね?」

「そうですね」

「今からお義姉様と呼ぶ練習しておいた方が良いのではないかしら?」


 ……愉しそうにしながらホンの少しだけ寂しげに見えるのは気のせいですかレアンドラ様。


「お義姉様ぁ」

「何かしらリリア?」

「魔法学のレポート手伝って下さい」

「図々しいわね貴女」

「えぇ~お義姉様なのですからぁ。手伝うぐらい当然ですよぉ」


 遊んでますねリリア様。


「レポートならエリミアの方が得意だわ。エリミアに頼みなさい」

「魔法学ならリリア様の方が得意です」

「じゃあぁ、皆でやりましょうぅ」

「それはいつもの通りよ」


 レアンドラ様がツッコミを入れて会話が一段落すると、不思議としめやかな空気が場を満たしました。

 少しの間のあと、一変して真摯な空気を宿したレアンドラ様が口を開きます。


「突然で悪いのだけど、今日わたくしは王宮に行かなければならないの」

「今日!? ですか?」

「……いったいどうして。こんな時間では……」


 晩餐後のお茶を始めてから結構な時間が経過しています。今から王宮に行っても門は閉まっているでしょう。


「詳しくは話せないけれど、きっとこれで貴女達とはお別れになるわ」

「レアンドラ様!」


 お別れ……?


「三人共分かっていたでしょう?」

「レアンドラさまぁ。レアンドラさまは悪く、悪くないですぅ」


 分かっていた。確かに分かっていました。ラファエル様が宣言した時点でこれはもう必然でした。一週間という時間も短いということはありません。事実、噂が広がり始めて革新派から離反者が続出しているのですから。確かにその通りなのですが、簡単に受け入れられることではありません。


「逃れることは出来ないのよ。わたくしはレアンドラ・グレンデスなのだから」

「諦めてはダメですわレアンドラ様」


 逃れられない運命。違う。レアンドラ様は自らで呼び込んだのです。この理不尽な未来を。


「何か、何か私に出来ることはありませんか?」

「父に掛け合えますわ。レアンドラ様が罪に問われないように」

「わ、たしも、お父さ、まにたのん、で、みます」


 レアンドラ様の顔が歪んでる。前が良く見えない。どうして?


「此処だけの話だけれど、わたくしはこれを望んでいたの。わたくしにはわたくしの願う未来があるから」

「のぞ、ん、で?」

「そう。だから悲しまないで」


 泣いてるんだ私。悲しいのかな? 違うよね。寂しいだけだよね。だって、全部知っていたレアンドラ様が私達が悲しむようなことする筈ないもん。


「アリエル、エリミア、リリア。貴女達と過ごした時間はわたくしの宝物よ。ありがとう」


 絶世の美女がこの時浮かべていた高潔な微笑みは、涙に滲んで見えていませんでした。





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