#30.ヒロインvs取り巻きその二
呆然と立ち尽くしていたレアンドラ様がアリエル様とリリア様に肩を担がれるように連れて行かれ、その場に残ったのはラファエル様とマリアさん、二人の護衛の騎士さん四人、そして私です。
私はレアンドラ様に付き添っても良かったのですが、そのレアンドラ様本人が私にだけ見えるようにウィンクをしたものですからその場に釘付けになってしまいました。レオンハルトが言うには逆ハーエンドはラファエルエンドの亜種なんですからこのイベントも逆ハールートにあるんだと思いますが……。
レアンドラ様。貴女はいったい何処まで計算しているのですか? さっきの表情も本当に茫然自失している様にしか見えませんでしたし……。
「良かったのですか殿下。彼女にあんなことを告げてしまって」
放心するレアンドラ様を見送るように訪れた暫しの沈黙。それを破ったのは、王太子を護衛する近衛騎士様の質問です。
「グレンデス公自身は既に私の監視下にある。彼女があれを父親に話し、逃げ出してくれたならその方が都合が良い。屋敷を抑えれば奴の罪状が増えるだけだ。
そして仮に逃げ出さなくとも、これで他の貴族が奴から離れてくれれば弁護する者が少なくなる分だけ楽になる」
「奴の公費横領には共犯者が無数に居ます。それを逃がしてしまうのではありませんか?」
「それこそ大事前の小事だ。今はグレンデスを追い詰めるのが先決。小物に拘って元凶を取り逃がしたら意味はなかろう?」
……どっかで聞いたような話ですね。
「グレンデスを追い詰めることなど本当に出来るのでしょうか? 何しろ奴は陛下を……」
「出来るか、ではない。成すのだ。成さねばならない。奴がこのまま居座っていたらこの国に未来はない」
マリアさんに一番惹かれているのはたぶんラファエル様です。グレンデスを潰したい理由はそれだけではないでしょう。
「……ラファエル様。先程のお話は本当なのですか? その……グレンデス公爵様が……」
元々隣に立っていたマリアさんが更に一歩ラファエル様にすり寄ります。上目遣いでラファエル様を見上げ少しだけ顔を赤らめ嬉しそうにするその姿は、恥ずかしくて言いたくても言い出せない、でも込み上げてくる嬉しさは隠せない。そんな男性が理想とする控えめな女の子像そのものです。一言で言うならあざといですが、ラファエル様はそれに気付いていないようですね。この国の一国民としては嘆かわしいですが、逆に言うと、こういう部分は一流なんですねマリアさん。
「ああ本当だ。これでマリアが落胤と認められれば、私達を阻むモノは無くなる」
「ラファエル様」
「マリア」
見詰め合う二人。近付く顔と顔。男は女の頭を柔らかく抱き込み、女は男の首に両手を回す。背の高い男が少し屈むと二人の距離は更に縮まり、もうお互いの顔以外その視界には入っていない。そして、自然と近付く唇と唇。
此処庭だぞ! ラブシーン始めるな!
「ゴホン」
わざとらし過ぎる大きな咳払いをして二人を止めたのは、私でも二人の護衛でもない私の後ろに立っていた王国騎士さんでした。警護の関係上少し遠くにいるその騎士さんは、何か急いで報告に来たようで額にはうっすら汗が浮かんでいます。
「ラファエル殿下。事件について緊急にお知らせしたいことが」
事件って……マリアさん失踪事件ですか? 今更動きが?
「どうした?」
「此処では……」
騎士さんは躊躇いがちに私とマリアさんに視線を流しました。
「……済まないマリア」
「ラファエル様は王太子様です。お仕事が忙しいのは仕方ないと思います。でも、時々私のことも構って下さいね」
やっぱり私レアンドラ様の方が好きだなぁ。
「この埋め合わせはあとで必ずする」
マリアさんにそう言い残し、近衛二人を引き連れ足早に歩き始めたラファエル様。横を通り過ぎる王太子様に私は声を掛けました。
「ラファエル様」
歩調を緩めたラファエル様が視線だけで私に先を促します。
「レアンドラ様は? 罪に問われるのでしょうか?」
「……無罪というわけにはいかないが酌量の余地はある」
それだけ言って、ラファエル様は去って行きました。
わたくしは死なない。レアンドラ様の言葉は恐らくこういう意味なのでしょう。ラファエル様とレアンドラ様の関係はゲームと全く異なります。勿論良い方に。そして当然、グレンデス糾弾の先頭に立っているラファエル様の筆一つでこの裁定は大きく変化します。現時点でレアンドラ様に死罪が降り掛かる可能性はかなり低いでしょう。
でも、死なないだけです。国外追放は勿論のこと、罰金刑や労役刑、果ては禁固刑なども充分にあり得ます。何の罪もないレアンドラ様が受けなくてはいけない罰としては大き過ぎるでしょう。私に何か、何か出来ることはないのでしょうか?
「二人で話したいの。ちょっと下がって頂けますか?」
レアンドラ様について考え込んでいた私の耳に入って来た可愛らしい少女の声は、どうやらマリアさんが私と二人キリに成りたいと護衛の騎士さんに告げた言葉だったようです。
そして、騎士さん二人が視界の端まで下がるとマリアさんは優しげな笑顔を浮かべて此方に歩いて来ました。
「二人でお喋りするのは初めてですねエリミア様」
「……はい。そうですね。私は余り一人ではおりませんので」
「いつもレアンドラ様達と一緒ですものね。それはそうと――――」
無垢な笑顔を浮かべていた目の前の少女の顔が見る見るうちに嘲りと怒りを孕んだモノへと変わって行きます。ヒロインが悪役に変わったようなその変化は私を戸惑わせるに充分でした。
「これ以上邪魔しないでくれる?」
「邪魔?」
「あんたにゲームの知識があるってことぐらい分かっているんだから今更惚けたって無駄。あたしの逆ハーを邪魔したいんでしょう? まあもう遅いけど」
もう遅いのはマリアさんの方じゃ……。
「……レオンハルトは?」
「やっぱり知らないのね。原作」
原作? 漫画やアニメが元に成っているなら私も知っていると思いますし……。もしかしてウェブ小説でしょうか? だとしたら数が多過ぎて分かりませんが……。
私が黙っていると、マリアさんは勝手に話を続けます。
「「真実を暴き復讐を~~」は元々18禁の同人ゲームなの。流行ったのはゲーム会社が作ったリメイク盤。変更部分は沢山あるけど、一番大きな違いは五人目の攻略キャラが加わったこと。分かる? 四人だった攻略キャラが五人に変わったの」
驚愕の事実を明かしながら、マリアさんの表情は嘲笑から愉悦へと変わります。勝ち誇ったようなその顔からは普段の愛らしさは微塵も感じられません。恐らくこれが彼女の本性なのでしょう。……驚くべき話ばかりなのに、何で私はこんなに冷静なの?
「そして五人目の攻略キャラが――――」
話の流れからして、
「レオンハルト」
しかありません。そしてこれは彼が逆ハーエンドに必要ないと言ったレアンドラ様の言葉と見事に符号します。レアンドラ様の言う『逆ハーエンド』とは原作のそれを指していて、レアラという侍女は、リメイク盤の存在を知らないか、知っていても本当の意味では理解出来ないレアンドラ様には伝えられなかった。と言ったところなのでしょう。
「その通り。分かったでしょう? もう逆ハーエンドへ向かっているの。何をしても無駄なのよ。ヒロインじゃないあんたがレオンハルトを攻略出来たことは評価してあげるけど、もう邪魔しないで。レアンドラは裁かれなきゃいけないんだから」
……不本意ですが、彼女に尋ねるしかありませんね。
「レアンドラ様は死刑になるのですか?」
これだけは訊かずにはいられません。
「……良いわ。同じ転生者の誼み、いいえ、悪役令嬢の取り巻きに転生したあんたへの憐れみで教えてあげる。レアンドラは国外追放よ。良かったわね死ななくて」
国外追放……無実の罪ではありますが、この国の法律上国家反逆の大罪に連座される身としては最大限の酌量と言えます。公爵令嬢として育った箱入り娘が縁もゆかりも無い場所で庶民として生活するのは大変だと思いますが、生きていれさえいれば希望はあるでしょう。
「何よ。ホッとしたみたいな顔しちゃって気色悪い。よっぽど嬉しかったわけ? レアンドラが死なないってだけで。
あんた何でそんなにレアンドラに肩入れしてんの?」
何で? そんなの決まってる。
「友達。親友だもん。心配するのは当たり前でしょう?」
レアンドラ様。未来の貴女は幸せですか?
翌日、レアンドラ様からお互いの侍女を経由して届いた手紙にはこんな記述がありました。
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追伸。
わたくしの一世一代の演技はどうだったかしら? 我を失って放心したように見えた? 貴女にそう見えたのなら殿下もマリア様も騙せたでしょうね。
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……レアンドラ様……。




