#29.告げられた真実
聖霊祭にはついぞ現れなかったレアンドラ様ですが、冬期休暇が明けたら、今まで通り普通に授業を受け、今まで通り普通に私達とお茶をして、今まで通り普通に寮で生活しています。20日経ちましたが落ち込んだり虚脱しているような素振りは見ていません。
なんて、聖霊祭でラファエル様が迎えに来てくれなかったとしても逆ハーエンドを目指しているレアンドラ様が落ち込む筈がないんですよね。ただアリエル様とリリア様が余計な気遣いをしてしまいまして……。「ラファエル様に捨てられて落ち込んでいるけど私達に気遣い気丈に振る舞ってる」なんてことは全くない筈なのに、普段は余り話題を振ったりしないリリア様が積極的にレアンドラ様に話し掛けたり……。
なんにしても、ラファエル様との接触が皆無になったこと以外殆ど変化することなく、レアンドラ様は今まで通りの生活を続けています。
逆に変化があったのはマリアさんと攻略キャラ達の方です。アロイス様とオズワルド先生がマリアさんと距離を置き始め、ラファエル様とハイムルト様が正面から対立する図式に変わりました。
革新派がマリア落胤説を認めていない現状を考えると、クロフォード侯爵家の跡取りであるアロイス様が無闇にマリアさんに近付けないのは当然なのですが、オズワルド先生の実家キッシュ伯爵家は保守派です。同じ派閥のハイムルト様と争う形にはなりますが、距離を置く理由としては弱いと思います。何か他に理由があるのでしょうか?
オズワルド先生の謎は結論が出ないので脇に置いておきましょう。問題なのはゲームと現実に差異が出始めた点です。
冬期休暇中に噂が広がり休暇明け早々行政府を中心に大騒ぎをしたわけですが、マリアが先王の落胤だという事実はゲームのエンディング、卒業式が近づいて初めて明らかになっていました。今は保留状態で結論は出ていませんが、このままあと二ヶ月程この騒ぎが継続するとも考え難いですし素直に逆ハーエンドに向かうとも思えません。
年明け以降、落胤説の裏付けをしようと保守派の動きが激しくなると同時に、失踪事件の捜査が何故か学園内で本格化しています。また、ファンクラブの女の子達は親達の影響で逆に静かになりましたが、ラファエル様とハイムルト様の対立はこのまま激しさを増すことになりそうです。
異様な雰囲気の漂う学園は、逆ハーエンドに向かっているようで、何か全く別の方向に向かっているような、そんな気配もしているのです。
「アリエル様は卒業したら直ぐに嫁がれるのでしょう?」
今日は日が照っていて風もなく暖かいので、放課後お茶の前に学園の庭を散歩することにしました。四人でこうして庭を歩くことは今まで何度もありましたが、冬は流石に寒いので久しぶりです。
「ええ、そうよ。結婚式には呼ぶからちゃんといらっしゃいね」
アリエル様の婚約者は四歳上の伯爵家の跡取りです。革新派でトーグ家と並ぶ家柄に加え、誠実で優しそうなイケメンという優良物件で、更にはアリエル様が可愛くて仕方ない。そんな願ってもないような理想的なお相手です。政略結婚ですけどね。
「はい必ず。招待するのを忘れないで下さいね」
「アリエル様は抜けているところがありますからねぇ。この間の試験も簡単な間違いばかりでしたよねぇ」
「貴女に言われたくないわリリア。いつもいつも式の途中の足し算や引き算ばかり間違えて」
なんて言い合っていますが、二人とも成績は上位です。ゲームでそんな感じは無かったので、常に一位を争っているレアンドラ様と私に引っ張られたんでしょうね。
「エリミアはレオンハルトで決まったけれど、リリアはどうするの? 相手はいるの?」
「一昨日クロフォード家から縁談が入ったそうですぅ」
え?
「アロイス様ですか?」
「そうですぅ。アロイス様はマリアさんを諦めたのですかぁ?」
「わたくしは聞いていないわ。でもお父様が言い出したのならアロイスは素直に従うでしょうね」
まあマリアさんのことを一番政略的に捉えていたのはアロイス様でしたしね。でもこれじゃあ……。
「あら。そうなるとエリミアかわたくしが一番下の身分になるのかしら?」
冗談みたいな口調ですが笑えませんよレアンドラ様。それに、逆ハーエンドは良いんですか?
「レアンドラ様……」
「レアンドラ様が平民になるなんて……」
ほら、二人が心配してしまったではないですか。
「大丈夫よ。縁談は沢山来ているから、そのうち適当な家を選んで結婚するわ」
ここ数日レアンドラ様に直接結婚を申し込みに来る男性が何人も居ましたからね。縁談が入っているのは間違いないんですが、そんな言葉でアリエル様が納得するわけ――――
「レアンドラ様? お三人もお揃いで。お散歩ですか?」
一番会いたくない人に会いたくタイミングで会ってしまいましたね。アリエル様、顔が怖いですよ。リリア様、笑顔が引き吊っていますよ。
「ラファエル殿下。マリア様。ごきげんよう。今日は日が照っていて風もない良い陽気ですわね」
そうです。私達が遭遇したのはマリアさんとラファエル様です。マリアさんだけでも会いたくありませんが、寄りによってラファエル様と一緒の時なんて……最悪です。
「……息災そうだなレアンドラ」
「ごきげんようレアンドラ様。一月にしては随分と暖かな陽気ですね」
マリアさんはいつも通り愛らしい笑顔で受け答えしていますが、ラファエル様の顔は若干引き吊っています。因みにアリエル様、貴女の眉間に皺は似合いませんよ。
「本当に。こんなに暖かな日はしばらくぶりで四人でお散歩しようということに成りましたの。マリア様も?」
「はい。こんな暖かな日に部屋でお茶をするのも勿体ないですから」
「同感ですわ。確かにお茶をするだけでは勿体ないような陽気ですわね」
平然と、寧ろ笑顔で応対しているレアンドラ様が何故か怖いと感じるのは私だけでしょうか?
「話は変わりますがマリア様」
「はい。なんでしょうか?」
レアンドラ様の雰囲気が変わりましたね。
「ハイムルト様とはご一緒しなくても良いのかしら? アロイス様やオズワルド様ともご一緒したいのではありませんか?」
一転してえげつない口撃ですねレアンドラ様。でもこれって皮肉に託つけた確認ですよね。逆ハーに向かう為の。
「レアンドラ。それは……」
「わ、私はそんな。ハイムルト様は……私が前の国王陛下の子供だと思い込んでいて、だから……」
簡単な揺さぶりでしたが結構動揺してくれましたね。前世の記憶があるようですし、成績もかなり良いマリアさんですが、頭の回転が良いとは言えません。良くここまで攻略出来ましたよね。やっぱり初期の段階でマリア落胤説が攻略対象の間で広がっていたのでしょうか?
「ハイムルト様の前でそれと同じことを言えば、今起きている不毛な争いも必要なくなりますわ。マリア様が愛してらっしゃるのはラファエル様だと、ハイムルト様を愛することは無いと、本人の前で告げることは出来ませんかマリア様」
……挑発してますねレアンドラ様。ラファエル様はとても複雑そうです。
「そんな……そんな失礼なこと出来ません。落胤だとか言われてても私は平民です。公爵家のご令息相手にそんな失礼なこと出来るわけがないじゃありませんか」
「ハイムルト様が貴女を利用しているだけだとしたら、多少の失礼は有って然るべきだわ。それとも、ハイムルト様が必要としているのは先王陛下の落胤ではなくてマリア様ご自身だと仰る積もりかしら?」
後半は正しく悪役令嬢の台詞ですね。レアンドラ様がやると滑稽じゃなくてカッコ良く成っちゃいますけど。
「そうかもしれません。もしかしたら、ハイムルト様が私を思ってくれているかも」
「マリア……」
「あ! 私はだから……皆の気持ちを裏切りたくなくて……皆優しいし。皆素敵だし。一番はラファエル様で。でも本当に落胤じゃない限り私がラファエル様と結ばれることなんてないし……」
身分違いですからね。マリアさんがラファエル様の正妃と成るには落胤と認められる必要があります。
「ラファエル様。わたくし自身、正妃の地位に固執する積もりはございません。しかし、こんな優柔不断な女性が貴方の妃と成ることなど容認出来ませんわ。もし本気でマリア様を国母と成されたいのなら、グレンデスの全権を持ってわたくしはそれを阻止致します」
あれ?
「レアンドラ。残念ながらそれは不可能だ」
あ! これまたイベントだ。
「不可能?」
ラファエルルートのエンディング二個前。もう殆どエンドが決まってる頃に起こるレアンドラざまぁイベントの一つ。だってこのあと――――
「グレンデス公爵は近いうちにその地位を失う。先王陛下を暗殺した国家転覆罪で」
驚愕の事実を告げられたレアンドラ様は、ただただ呆然と立ち尽くしていました。




