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#27.伯爵邸での会合

 魔法学園は聖霊祭の当日から二週間の冬期休暇に入ります。短いので平民や地方貴族の子女だと寮に留まることも多いですし、去年は私も帰りませんでした。でも今年はきちんと済ませて置かなければならないことがありまして、伯爵邸に戻ったのは勿論のこと、長兄の執務室まで帰宅の挨拶をしに行きました。

 その時は「忙しいのにそんなことでわざわざ来るな」と追い出されましたけど……。冬期休暇期間中は行政府や立法議会といった国家機関も休みなのでそんな筈はないんですけどね。

 大人気ない長兄は兎も角、今日私はレオンハルトを伯爵邸に招きました。一週間前、冬期休暇三日目に私がケイムス家に挨拶に行きましたので、今日はその逆ということです。


 彼の来訪を聞いて直ぐ玄関まで出迎えに行くと、タキシードで正装したレオンハルトがガチガチに緊張した面持ちで玄関先に立っていました。“結婚を前提とした”挨拶に来たわけですから緊張するのは当然なのですが、肝心の長兄がまともに対応してくれるかは大いに疑問です。一応使用人にも報告して貰って手紙でも伝えましたが、まともな反応は返って来ませんでしたし……。


 レオンハルトを応接間まで案内し、下座のソファーに並んで腰を掛けて当主の来訪を待っていると、暫くして現れたのは、


「ホレス兄様?」


 次兄でした。貴族家において家族の結婚を決めるのは当主の役割です。決定権のない次兄がレオンハルトの挨拶を受けても然程意味はありません。短い時間でも長兄が会う必要がある筈なのですが、この状況で次兄が来たということは――――


「兄上は来れない」


 やっぱり。幾ら身分差があると言ってもこれは無礼過ぎますし、文句を言っても良いんですが……レオンハルトは気にしてないようですね。


「エリミア様と結婚を前提にお付き合いをさせて頂いておりますレオンハルト・ケイムスと申します。本日はご家族の方にご挨拶をと思いお邪魔させて頂きました。以後宜しくお願い致します」


 次兄の来訪と共に立ち上がったレオンハルト。畏まった口調の丁寧な挨拶は、勘違いをしているからでしょう。


「面倒な挨拶は良い。座れ。それから私は現トーグ伯爵の弟のホレスだ。兄には後日改めて挨拶しろ」

「……伯爵の弟?」

「そうだ。良いから座れ」


 兄が不躾にソファーへ腰を下ろすと、レオンハルトは困ったように私を見ます。その視線に無言で頷き腰を下ろすと、彼はそれを確認してから黙って座りました。


「あのぉ……マルコス兄様は?」

「忙しくて今日は来れない。私も忙しいのだ。さっさと終わらせるぞ」


 冬期休暇で帰ってから、「本館は妙に忙しないなぁ」とは思っていましたが……。もしかして帰宅の挨拶をした時も本当に忙しかったのでしょうか? 先入観でモノを見てはいけませんね。


「私は彼、レオンハルト・ケイムス様とお付き合いをしていて、いずれ結婚したいと思っています。どうか許可して下さい。お願いします」

「……エリミア様のことは絶対に幸せにします。どうか宜しくお願い致します」


 早すぎる展開に戸惑ったようですが、レオンハルトは私に続けて頭を下げました。


「解っていると思うが、私も兄上もお前のことはどうでも良いと思っている。政略に利用出来るのならするが、お前にはその価値すらない。騎士家なら毒にも薬にもならんし勝手にすれば良い」

「ケイムス家はグレンデス家とも繋がりのある家です。それでも許可頂けるのですね?」


 あとからダメだなんて言われたくありませんし確認は必要なのですが、このタイミングでこれを聞いたのは次兄に揺さぶりを掛けてみたかったからです。


「グレンデスとの繋がりと言ったとて大したことはない。トーグにまで影響が出ることは先ずないだろう。それに、もし影響が出るようであれば私達はお前を切り捨てれば良いだけだ」


 相変わらず酷い言い様ですね。


「失礼ですが」


 え?


「エリミアは「価値がない」モノでも「切り捨てれば良い」モノでもありません。貴方の妹です。ホレス様」


 待って。何を言い出してるのレオンハルト。


「貴様自分の立場を弁えているのか? 遠貴様、平民のお前がこの私にそんな口答えをして赦されると?」

「事実を申し上げただけです。彼女は貴方の妹です。腹違いであっても妾の子ではない、相続も爵位の継承も認められる後妻の子です。あなた方には彼女を見守る義務があります」


 結婚するには許可が必要なんだよ? 兄を怒らせたら許可なんか貰えないかもしれないんだよ? 私が罵られるのを我慢してれば済む話なんだよ? 解るでしょうレオンハルト。貴方が怒ることじゃないんだよ?


「だからなんだ? 我々に義務があったとしてこの娘に価値がないことに何ら変わりはない。価値がないモノなら切り捨てようが放置してようが一緒だがな」

「本当に価値がないとお思いで? 貴方はエリミアの何を知っているのです?」

「何を? 知る価値もないな」


 兄達は私のことは何も知らない。興味が無いし、話さないから。たった三ヶ月だけど、昼休みとか放課後とか、または夕食の時間とか、レアンドラ様達に序でに一緒に居る時間の長いレオンハルトの方が私のことを知ってる。それは間違いないけど……。


「知らないのに価値が無いと判断するなんて、それは本当に愚か――――」

「お兄様! この話は次回に致しましょう。今日は挨拶だけで充分ですわ。お忙しいと仰っていたではありませんか。行かなくて良いのですか?」


 お願いだから引き下がって下さい。これ以上は本当に許可が下りなくなってしまいます。


「……流石だな。品性の欠片もない男を選ぶとは。まあお前にはその男ぐらいが丁度良いのかもしれんがな」


 少し考えた結果次兄は引き下がってくれたようで、話ながら立ち上がた彼は間髪入れず扉へと歩いて行きます。


「私もそう思います」

「……婚姻許可状の申請書はお前が作れ」


 返事をすると、少し躊躇したあとそっぽを向いたままぶっきらぼうに命令したホレス兄様は、そそくさと応接間から出て行きました。


「……婚姻許可状?」

「ホレス兄様は口は悪いけど悪い人じゃないの。私への態度はなんて言うか……引っ込みが付かなくなってるんだと思う。小さい頃からああだし、周りの兄姉達も同じだから今さら優しくは出来ないって感じかな」


 そうは言っても、私を疎んでいる長兄よりましというだけであまり私に興味が無いことに違いはありません。弁護してくれるわけではありませんしね。


「詰まり、俺の早とちり?」

「まあ……口が悪いのは間違いないから、勘違いしても仕方ないよ」

「そっか。なんかごめん」

「謝らなくても良いよ」


 結果的に許可が貰えたんですから問題はありません。本気で怒らせてしまったわけでもないでしょうし。まあギリギリだった気もしますが……。


「止めてくれなかったらヤバかったろ?」

「かもしれないけど……その……嬉しかったから」


 うわぁぁぁぁ。言っちゃった。


「嬉しかった?」

「……うん……えーと、あのね。私のことで怒ってくれて。庇ってくれたみたいで嬉しかったの。ありがとう」


 あー恥ずかしい。目なんか見られない。っていうかまた顔が真っ赤になってる気がする。


「エリミア」


 え? ええ!?


「俺の大事な人」


 大事? 大事だから守ってくれたってこと? いや、今はそんなことより何で頬に手を置いてるの?


「愛してるよ」


 愛してる!? 私も大好き。って何で身を乗り出したの? 何で肩を抱いたの? 何でどんどん顔が近付いて来るの? これってもしかしなくても――――


「お茶をお持ちしましたホレス様」


 リヴィ!!!!!


「あれ? ……ホレス様は? 顔が赤いですけど大丈夫ですかお嬢様」

「私は大丈夫よ。兄様はもう行ってしまったわ」


 キスする寸前に部屋に人が入って来て慌てて誤魔化すって……またラブコメみたいですね。


「行ってしまった? お話をしないでですか?」

「ううん。挨拶をして直ぐ出て行ってしまったの。婚姻許可の申請書は用意しろとだけ言い残して」

「本当ですか? おめでとうございます!」


 リヴィはホントに嬉しそうだなぁ。


「ありがとうリヴィ。正式に結婚するのはだいぶ先だろうけど、これで落ち着いて暮らせるわ」

「落ち着く前に片付けなきゃならないことがありそうだけどな」


 ……さっきキスしようとしてた時と雰囲気が全然違う。なんかズルい。


「お嬢様なら卒業試験なんか簡単でしょうし何かございましたか? もしかして官僚試験を受ける気になったとか?」

「ケイムス家に嫁ぐことが決まったようなモノなのに何で官僚試験?」

「ようなモノじゃなくて決まった。片付けなきゃならないのはグレンデスのことだよ」


 一応まだプロポーズの返事はしてないんだけど……。


「グレンデス……レアンドラ様のことでしょうか?」

「レアンドラ様もあるけど、重要なのはダン・グレンデス様じゃない?」

「あの男が片付かない限りこの国に平穏はないと思わない?」

「それは解りますけど、お嬢様達に何か出来ることがあるのでしょうか? トーグ家なら色々出来ることがあると思いますが、爵位を持たない人が何を言っても変わらないのでは?」


 この国の常識の話をしているだけですが、リヴィは相変わらず現実主義ですね。


「今のところ放って置けばグレンデスは潰れるから派手な動きは必要ない。トーグ家もそれに気付いているようだしね。俺達がやらなきゃならないのは、どちらかと言えばアフターフォローだよ」

「事後処理もレオンハルト様に出来ることだとは思えませんし、放って置けば潰れるというのはいったい……」

「事後処理の要は人材の確保。それは協力出来る。それから――――マリアはもう止まらない」


 マリアさんが止まらないということは、グレンデスを糾弾するラファエル様も止まらないということです。






 去年の聖霊祭、レオンハルト以外の攻略対象者四人がマリアさんの寮まで彼女を迎えに行ったのです。そして、ラファエル様がマリアさんをエスコートして会場に登場しました。これが何を意味するかは以前お話した通りです。加えて、夜会中盤過ぎ、レオンハルトと一緒にテラスに出た私が見たのは、


 マリアさんを抱き締めキスをするラファエル様の姿でした。




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