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#26.取り巻きその二手紙を出す

「そう言えば、手紙はちゃんと届けてくれた?」

「はい。ちゃんとラビエラ様にお渡ししましたからご安心下さい」


 間の抜けた話ですが、私は失念していたのです。レアンドラ様と直接会わなくてもゲームのことについてお話する方法があることを。


 二点程言い訳をするなら、一つは、余程親しい間柄でない限り、通常の方法で上位貴族の令嬢に手紙を出すと使用人の検閲にあってしまうという点。もう一つは、毎日会っている私とレアンドラ様が手紙のやり取りをするのはあまりに不自然だという点です。この二点を考慮すると、気付かれないように直接手紙を渡すか、お互い信頼出来る侍女同士に手紙のやり取りをして貰うぐらいしか方法がありません。

 そして、私が手紙を出したいのはレアンドラ様です。男女問わず少なくない視線を集めてしまう絶世の美女、常に他人の目に晒されている公爵令嬢と密かに手紙のやり取りをすることがどれ程インポッシブルなミッションか、想像に固くないでしょう。


 結果、私はレアンドラ様が最も信頼を寄せている、ように見える侍女、ラビエラ様に手紙を託すことにしたのです。ただ、私が直接他家の使用人であるラビエラ様に手紙を渡すのは不自然なので、リヴィを通して、ということになったわけです。

 ラビエラ様が何処まで信頼出来る方なのか外から見ているだけの私には判りませんからね。最初はかなり勇気が要りましたけど。


 何はともあれレアンドラ様とゲームのことについて相談出来るようになったのは収穫です。ただこのやり方、非常に大きな欠点があるんですけどね。


「こんなに近くに住んでいるのに一度出して帰って来るまで10日も掛かるんだよね。貴族令嬢って大変」


 隣の棟とは言え、特定の使用人同士が頻発に接触していたら何かしら裏があると思われてしまいます。一度で終わりなら問題はありませんが、継続してやり取りしたいのなら間を開けながら慎重にやらざるを得ないのです。事実、最初に出してから20日以上経つのに、手紙は二往復半しかしていません。


「伯爵邸での暮らしの方が余程大変でした。10年も肩身の狭い暮らしをしておいて今さら何を言っておられるのですか?」

「それはそうかもしれないけど……」


 お父様が死んで兄が爵位を継いでからは庭に出るタイミングにも気を遣いましたからね。自由がないという意味では確かに酷かったと思いますが、それとこれとは別のような……。


「だったら諦めて下さい。マリアさんが先王の落胤だなんて簡単に口に出せることじゃないんですから」

「そう考えれば説明が付くだけで、絶対にそうというわけじゃないわ」


 当たり前ですが、レアンドラ様に書いた手紙はこの話が中心です。

 最初のやり取りで、「攻略対象やその親達がマリア落胤説を知っている」と書いたら、レアンドラ様は返事は「想定の範囲内だから問題ない」という主旨でした。それから、「レオンハルトにもゲームの知識があって逆ハーエンドではレアンドラ様が死ぬ」とも書いたのですが、その答えは「わたくしは死なない」でした。表情まで分からないので推測でしかありませんが、レアンドラ様はこの答えに確信があるんだと思います。

 そして二度目のやり取りでは、「何故逆ハーエンドに拘るのか?」という質問を遠回しにしてみたのですが、「わたくしの望みを果たすため」という曖昧な答えしか返って来って来ませんでした。


 その望みってなんなんだぁ!


 と叫びたくなりましたが、レアンドラ様は一つだけヒントをくれたようです。手紙の中身が本題から外れ世間話に変わったところにこんな記述がありました。


 ――今のこの国の歪な権力構造は遅かれ早かれ破滅を招くわ。その時になって慌てても遅いのだから、女一人でも――


 歪な権力構造。前後の文も合わせて考えると、これは間違いなくレアンドラ様のお父様、ダン・グレンデス様が現国王ラルフェルト陛下を影で操っていることを指しています。現時点でもこれは大きな問題で、「破滅を招く」という表現もまったく大袈裟ではありません。一つ間違えれば内戦が起こる。そう考えている貴族も少なくありません。

 もし逆ハーエンドを目指す理由がここにあるとしたら、レアンドラ様の「望み」というのは――――


「レイダムの王子様がそう仰っていたのでは?」

「ハロルド殿下は確信を持っていたみたいだけど、それが正しいとは限らないでしょう?」


 あの二日後に帰国してしまったハロルド様がわざわざご自分で真偽を確かめていた理由が良く解りませんし、ハロルド様がどうやってマリア落胤説の情報を手に入れたのか? それも疑問です。逆ハーに関係ないハロルド様にレアンドラ様もマリアさんも話す理由が見付かりませんし……。


「確信なしに上位貴族達がここまで動くでしょうか? 私は本当だと思いますよ。それこそ「逆ハーレム」もこれで理解出来ますし」

「疑惑だけでも動く理由にはなるよ。今王位継承権を持っているのはラファエル様だけだし、本当に落胤だったら血族に王位が転がり込んで来るかもしれないんだから?」

「どっちにしても、私達にどうこう出来る話じゃありません。今お嬢様に大事なことは、レオンハルト様の心をがっちり掴んでおくことです」

「……まあそうだけど……」


 いきなり現実に戻さなくても。


「良し! 出来ました。如何ですか?」


 自信ありげにキビキビ動くリヴィが私の目の前に姿見を置きました。いつもは軽く巻いて下ろすだけの橙色の髪が今日は夜会用に大人っぽく結い上げられています。


「うん。完璧ですね。赤いドレスも良くお似合いです。まあ私が選んだんですけど」

「自画自賛?」

「ご不満ですか?」

「……ありがとう。リヴィには本当に感謝しているわ」


 改めて言うと凄く照れますね。


「どういたしましてエリミアお嬢様。これからも宜しくお願い致します」


 リヴィは平気みたいですけど。


 ――コンコン――


「お嬢様。レオンハルト様がお越しになりました」


 リヴィが私を“盛っていた”寝室の扉がノックされ、別の侍女の声が恋人の来訪を告げました。


「時間びったりですね。流石レオンハルト様と私」

「また自画自賛?」

「はい!」

「断言しなくても」


 冗談を連発する侍女に笑い掛けると、今世の幼馴染も朗らかに笑っていました。


「貴女が傍に居てくれて本当に良かった」






 今日リヴィが私を着飾っていたのはレオンハルトとの晩餐の為、なんてことがある筈がなく、彼は迎えに来ただけです。当たり前ですが、迎えに来るだけの理由があります。私が二度の人生通じて最高に仕上げられた理由は、今夜が「聖霊祭」だからです。


 聖霊祭。聖霊ではなく精霊だとか、厳密に言えば神霊だとか諸説ありますが、要は建国のお祭りです。実際は普通と何処が違うのか分からない只の夜会ですけど。まあ、学園の外ではちゃんと……。その辺りの話は面倒なので割愛するとして、重要なのはゲームでこの聖霊祭がルート決定イベントだということです。


 攻略対象に寮まで迎えに来て貰えればルートが確定。そのキャラとキスが出来たらハッピーエンドに三歩前進。他のキャラを攻略していた筈なのにフラグが立っていないキャラが迎えに来た。なんてこともあって、プレーヤーにとっては正に分岐点、ドキドキワクワクで迎える最重要固定イベントが「聖霊祭」でした。

 そして大事な逆ハーに関してですが、全員の好感度が必要な値を満たしている場合のみ五人が寮まで迎えに来てくれて、そこでラファエル様を選ぶと初めて逆ハールートが確定するそうです。但し「そのまま夜会中にキスまでしないと逆ハーエンドは無理」というのがレオンハルトの見解でした。


 そんなイベントが現実に起ころうとしているんですから私の緊張は並みじゃありません。私は兎も角、レアンドラ様の未来は此処で殆ど決まってしまうと言って良いんですから。

なんてまあ、ここは現実ですから全てがゲーム通りに行くとは思えませんが、誰がマリアさんの寮まで迎えに行ったのか、誰がエスコートしてホールに入って来るのか、とても大事なことです。そして勿論――――。






 その夜、レアンドラ様が会場に姿を現すことはありませんでした。







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