#23.五人のお茶会
第二王子歓迎舞踏会から丸五日が経ちましたが、マリアさんは未だ発見されていません。一昨日からは王都シャハ以外にも捜索範囲が拡げられ、王国中で「白い髪の美少女探し」が行われているようですが、足取りが分からないどころか目撃情報一つないのだそうです。
学園内では「神隠し」だとか「透明魔法が開発された」だとか果ては「実は天使だった」とか、様々な憶測が飛び交う騒ぎになっていましたが、一昨日辺りからそれも収束傾向にあって、今日に至ってはマリアさんの安否すら話題にならなくなって来ました。王都では騒ぎが大きくなっていますが、学園はあと数日すれば元の平穏を取り戻すと思います。
いえ、マリアさんが“見付からなければ”元の平穏を取り戻すと思います。
だとしたら、見付かったらどうなるのか?
という質問には当然見付かり方が問題に成りますが、今まで水面下で行われていた「マリア争奪戦」が今回の一件で表沙汰になってしまいましたから、どんな発見のされ方でも生きてさえいれば攻略対象者達の争いは激化してしまうでしょう。本人達は勿論、それぞれの同士の集い(ファンクラブ)が正面から激突してしまうことは明らかです。攻略キャラ達が全く関与していなければ話は別ですが、マリアさんが見付かったら波乱は必至と言えるます。
ただ、今現在学園内の最大派閥はレアンドラ様を頂点とする勢力です。貴族令嬢を中心とした学年を問わないその派閥は、間違いなくマリア争奪戦には干渉しません。悪役令嬢の筈のレアンドラ様が中立克つ最大勢力のボス。という妙な状況になりそうなのです。
ゲームはいったい何処へ行ったのやら。
そんな状況はお構いなしに、今日私は久しぶりにレアンドラ様とアリエル様、リリア様の三人を寮の自分の棟に招いてお茶をすることになりました。いえ、お茶もお昼もほぼ毎日ご一緒してますよ。私のところに招待するのが久しぶりなだけです。
そして、私が何故そんなことをしたかと言いますと――――
「婚約していない? 婚約もしていない男性と……エリミア貴女、不作法が過ぎるわよ」
真実をお話する必要があるからです。ただ、一人でこの三人に説明するのは骨が折れるので、改めての挨拶も兼ねて彼にも来て貰いました。
「結婚を申し込んで、そのあとは話し込んでいただけです。後ろ暗いことは一切していません」
「あら、それは残念だわ。エリミアには色々と教えて貰おうと思っていたのに」
レアンドラ様……信じてくれたみたいですけど、楽しんでますね?
「本当ですかぁ?」
「本当です」
「ハロルド様がホールに戻って、二人きりになってから沢山時間があったのに、お話をしていただけなんですかぁ?」
……全部見てたんですかリリア様。
「エリミア様がハロルド殿下に連れ出されたと私に伝えてくれたのは貴女ではないですかリリア様。私がそんな真似をしないと思ったから送り出してくれたのではないのですか?」
リリア様が黒幕かい!
「私がレオンハルト様を送り出したのはハロルド様を止めるためですよぉ。二人きりでずっとテラスに居続けるなんて思いませんでしたぁ」
可愛く言ってますが、長い時間二人きりだった私達を放って置いたのもリリア様ですからね。
「何にしても、人に言えないようなことをしていないのは確かです。誤解しないで下さい」
「そうです。私のことはどうでも良いですから、エリミア様のことは信じて下さい。それとも、貴女方は友人の言うことすら信じられないのですか?」
……レオンハルト……。
「キス! ……も、してないの?」
突然大きな声を上げ吃りながら質問したアリエル様はもじもじして顔を赤らめています。こんなアリエル様初めて見ました。可愛いです。と言うか、興味があるのは結局そっちですか?
「していません」
「頬に触れられたり、頭を撫でられたりはぁ?」
「それもないです」
「……じゃあホントにお話だけぇ?」
「そうです」
リリア様はツマンナイと言いたげに唇を尖らせましたが、次の瞬間にはいつものふんわりした笑顔に戻っていました。リリア様のその笑顔にはほんわかとした癒しの空気があります。ゲームのリリアも癒し系なのに悪役令嬢の取り巻きその三という立ち位置のキャラでした。不思議な役回りですよね。
「……レオンハルト様の求婚に貴女はなんと答えたのエリミア」
そう言えばまだその話の途中でした。脱線し過ぎです。
「お付き合いをお受けしました」
「お付き合い?」
「恋人ということ?」
「なんか中途半端ですねぇ」
いえ、色々すっ飛ばして婚約に至る貴族の方が異常です。結果、恋愛を楽しむ為に夫婦両方が愛人を囲っている。なんてことも珍しくはないんですから、恋愛結婚の方が絶対に健全です。因みに、レイダム王国だと愛人が認められるのは男だけで女が不倫をすると犯罪です。なんて国だ。
「友人や知人から恋人。それから婚約。平民ならこれが普通です。会ったことのない相手と突然婚約させられるより良いと思います」
「結婚を申し込んだのではないの?」
じっとレオンハルトを見るレアンドラ様の黒い瞳は何かを探っているようです。
「申し込みました。遅くともエリミア様の卒業までには一度告げなければならない言葉ですから」
にらみ合うでも見つめ合うでもなく視線を交わす二人。お互いの本心を探るような交錯で、和やかなお茶の時間に一時の沈黙が訪れます。
やがて、
「……おめでとう。幸せにねお二人共」
何がきっかけかは分かりませんが、柔らかく微笑んだレアンドラ様は祝辞を述べてくれました。
「これでハゲブタ親父に嫁がなくて済むわね」
「ありがとうございます。まだ兄には報告していませんから何を言われるか分かりませんが」
遠貴族でもケイムス家は由緒ある家柄なので反対する理由は余りないとは思います。
「レオンハルトはいずれ必す爵位を受ける身よ。反対する理由はないわ。それにしてもこれだけ美人のエリミアと並んでも遜色ない殿方が現れるとは思っていなかったわ」
「美男美女ですぅ。マリアさんの話題が無ければ今頃学園中で噂になっていましたよねぇ」
もしマリアさんが直ぐに発見されていたら、尾びれに背びれに胸びれまで付いた私達の噂話が学園を飛び交っていたでしょう。そうでなくても少なからず噂になっているのですが、マリアさんが未だに発見されていないことが不幸中の幸いと言えます。
「そのマリアの噂はもう王都中に飛び交っているようですよ」
照れ臭かったのかな? 話の切り替えに無理があるよレオンハルト。
「大勢の騎士達が王都中駆けずり回って探していましたからね」
勿論私も照れ臭いので便乗はしますけど。
「うちの騎士迄あの小娘を探していると考えるとなんだか腹が立つわ」
「そう言えばぁ、グレンデス家も騎士を動かしたと聞きましたよぉ?」
相変わらず事情通ですねリリア様。
「ええ、動いている筈よ。そう仕向けたから」
「仕向けた?」
「グレイナーの嗣子がグレンデスを咎めようとした。保守派はマリア探しに躍起に成っている。ラファエル様も協力を求めている。そう手紙に書いたの。あの父を動かすのは難しいことではないわ」
レアンドラ様のお父様、ダン・グレンデス様は国王陛下を傀儡にしていると言われている方ですよ? それを操るレアンドラ様って……。
「何故レアンドラ様がマリアを?」
「今回のことでラファエル様が積極的に動いていることは皆が知っていることよ。グレイナーやクロフォードといった大貴族が協力しているのに、王太子の婚約者の実家が協力していないとなれば貴族達はこの件をどう見るかしら? マリアが見付かろうと見付からなかろうと、ラファエル様の婚約者として体裁は整えて置く必要があるわ」
レアンドラ様の目標を考えればマリアさんが居なくなったら困るのは間違いありません。しかし、もう相当数の騎士が捜索に動員されています。何が起こっているのかすら分からない状況ですから、人員を増やしたところで大きな効果は期待出来ません。そもそも、逆ハーエンドを目指すなら婚約者としての体裁は必要ないと思いますし……何か他に狙いがあるのでしょうか?
「ホント、面倒な小娘だわ」
アリエル様がため息を吐くように愚痴を言ってから暫くして放課後のお茶会は解散に成りました。ただ、レオンハルトは「二人で話したいことがある」とサロンに残ったのです。レアンドラ様には温かい、リリア様には生暖かい、アリエル様には胡乱な視線を向けられてしまいました。
そして、私を晒し者にしたレオンハルトがしたのはこんな話です。
「記憶を整理してみたけど、やっぱりこれはイベントじゃない」
「そうなんだ。オズワルドのバッドエンドとも違うの?」
オズワルドルートのバッドエンドとは監禁○○エンドです。簿かされていましたが、間違いなく18禁展開でした。
「覚えてない? スチルはマリアが死んでるシーンだけど、オズワルドが後追う描写で終わるんだよ。だから、現時点でオズワルドが生きていることがあのエンドじゃない証拠だと思う」
「……監禁してから死ぬまでに時間があったっていうことはないの?」
「あり得るけど、イベント通りだとしたらオズワルドは頻繁にマリアに会いに行っている筈。事件が起きてから彼だけはそれとなく監視してたけどそんな様子は無かった」
最後にマリアさんを見たと証言したのはオズワルド先生とレアンドラ様です。二人は密かに監視対象になっているでしょうから、頻繁に何処かへ行っていたら怪しまれてしまうでしょう。
「結局何にも分からないってことだね」
「そりゃまあ……不謹慎だけど、マリアが居ない方が楽なんじゃないか?」
「え? うん。まあ……そうかな?」
このままマリアさんが見付からなければ、確かにレアンドラ様が連座されるようなことはないかもしれません。でも、あのレアンドラ様が望むならそれなりに大きな理由があると思います。それがなんだか分かりませんが、邪魔をしたくもありません。
「なんかあるの? マリアに生きてて欲しい理由が」
「……そういうわけでもないんだけど……」
考えの纏まっていない私には、話すことが出来ませんでした。




