#22.誘拐事件発生?
最初は行方不明と聞きましたが実際は誘拐の可能性が高いそうで、テラスに騎士さんが来た時にはホールを出入り禁止にして捜査が始まっていました。誘拐の根拠は曖昧ですが、あれだけ目立つ容姿の彼女は何処にいても誰かの目に止まりますからね。舞踏会の参加者から目撃者を探して彼女の今夜の行動を追っていたそうです。
そして、出入り口が目立たない為見逃されていた私達の居たテラス。犯行予想時刻前後にそのテラスに居た。そう証言した私達は当然のように容疑者になってしまいました。
「見ての通り出入り口が死角になっているし見張りの騎士も居なかった。人一人連れ出すぐらい簡単だ」
確かにあのテラスはホール中央から死角になる位置に出入り口が在りますから出入りした人間を見ている人は少ないと思います。でも、如何せんホールを通らないと出入り口まで行けません。マリアさんという有名人をあそこから外に連れ出すのは難しいでしょう。加えて、
「そもそも私達の居たテラスから庭には下りられませんが?」
このホール自体が盛り土した上に建てられていますから一階ではありますが高さが有ります。階段の付いていないテラスから庭に出るのは二階から跳び下りるのと変わりません。普通の方法では出入りが不可能です。
「拉致した彼女を庭に下ろすことぐらいは出来る。外に協力者が居れば犯行は可能だ」
革新派が疑われているとあってハイムルト様が捜査を先導する形になっています。まあ彼を意気盛んにさせているはこの方が疑われているからであって私は余り関係ありませんけど。
「先程から申し上げておりますが、犯人探しより彼女を探すことが優先ですわ。そもそも誘拐とは限らないのですから」
「犯人が見付かればマリアの居場所も分かるかもしれない。それに捜索は騎士がやっている。我々がやるべきなのは事件の捜査だ。それとも、グレンデス公爵家のお嬢様はもう自白をする気になられたのですか?」
ハイムルト様はレアンドラ様が主犯だと決めつけているようですね。
「言い過ぎだ。まだ事件と決まったわけではない」
「レアンドラ様が何故そんなことをしなければならないのよ。言い掛かりも甚だしいわ。グレイナー公爵家の嫡子様こそ、ライバルを出し抜く為にマリアを隔離したのではなくて?」
ラファエル様は冷静ですが、アリエル様はかなり感情的になっています。
それにしても、攻略対象と悪役令嬢、取り巻き三姉妹が全員集合するとイケメンと美女ばかりで逆に目に毒ですね。
「それを言うならクロフォードも同様だ。いや、マリアにとって三番手か四番手だった弟君の方が余程強い動機がある」
「アロイスは侯爵家の跡取りよ。キッシュ伯家を継ぐかどうかも分からない男より優先順位が低い筈がないわ」
「さっき話した通り、休憩室の前で言い争うレアンドラ嬢とマリアをこの目で直接見た。マリアが居なくなったのはその直後だ。レアンドラ嬢はラファエル様を奪われそうになっている。この中で一番強い動機を持つ彼女が最も有力な容疑者なのは間違いない」
「今夜レアンドラが私の傍を離れていたのは五分に満たない時間だった。マリアを拉致し引き渡す時間は無かった筈だ」
……擦り合いが一周回った……不毛ですね。
「共犯者が居たのでしょう?」
ハイムルト様。まだ私達を疑っているんですね。
「あのテラスに行くにはホールを通るしかありません。マリアさんを連れて行ったら誰かが気付くと思います」
「それにぃ、エリミア様がテラスに行ったのはハロルド殿下に無理矢理連れ出されたからですよぉ」
見てたんですねリリア様。
「……本当でしょうか?」
女性陣を中心とした冷めた視線に晒されたハロルド様は無言で首を縦に振りました。流石にばつが悪そうです。
「エリミアの容疑は張れたわよ。これで一番奸計に長けたが公爵家の嫡子様が第一容疑者ではなくて?」
アリエル様の闘志には火が点きっぱなしのようです。私やレアンドラ様が最初に疑われていましたから仕方ありませんけど。
「しかし僕は直ぐにホールに戻ったからその後何があったのかは分からない。ずっとテラスに居たというのは少しおかしいし、何かする時間は充分にあった筈だ」
……嫌がらせですかハロルド様。
「おかしくはありません。何故なら私は――――」
「待って! 皆の前で何を言おうとしてるの?」
あ、止めない方が良かったかも。
「幾らなんでもそれは不味いわよエリミア」
「レオンハルト様がそんなことをする人だとは思いませんでしたぁ」
「意外にやるんだ。レオンハルト」
「不埒な! なんてはしたない娘なんでしょう」
「お外でそんなことを?」
おもいっきり誤解されてる!
「結婚するまで愚直に貞操を守っている女なんて上位貴族の一部だけよ。今どきそれぐらいで恥ずかしがることはないわ」
レアンドラ様まで!
「……皆様誤解のないように。私は彼女に結婚を申し込んでいただけで不行状なことは一切していません」
真実を話しているレオンハルトですが、顔は引きつり目は泳いでいます。その言葉を真実と捉える人は数少ないでしょう。事実、生暖かい視線が私とレオンハルトに向けられています。
「本当です! 信じて下さい!」
一部の方がレオンハルトに「見苦しいぞ」という視線を向け、アロイス様が「まあまあ」と肩を叩きます。止めたりして本当にごめんなさい。
私に向けられた視線は同情半分蔑み半分でしょうか? いえ、レアンドラ様の言うことも事実だと思いますが建前上結婚まで貞淑に勤めるのが貴族令嬢です。九割が蔑みでしょうね。いずれにしても、真っ赤に染まっているであろう顔を見せたくはありませんから全員の顔を確認することは出来ませんけど。
ただ、不幸中の幸いと言いましょうか私達の容疑は張れたようで、
「テラスでないとしたら何処から出て行ったんだ?」
ハイムルト様が話を元に戻しました。
「やはりマリアさんを探すのが先決ですわ。今も何処かで助けを待っているかもしれませんもの」
「しかし私達に何が出来る? それこそ此処であったことを整理する方が先ではないか?」
「マリアさんの白い髪はとても目立ちます。ホールに居る方々からこれ以上の目撃証言は期待出来ませんわ。今此処で出来ることは殆ど終わっているのではありませんか?」
目撃していながら黙っている人が居たとしてもその方は犯人の一味でしょう。証言してくれる可能性は極めて低いです。そもそも、本当に誘拐だとしたら人目につくようなやり方を選ぶ筈がありませんし……。
「それはそうだが、このまま騎士に任せて自分は何もしないというのも……」
「わたくし達は上位貴族の子女。ラファエル様は王太子。出来ることは幾らでもございますわ」
「一平民の捜索にそう多くの王国騎士を割くことも出来なければ、各貴族の騎士は主の領地以外で捜査権を持たない。事実、我々に出来ることは限られている」
「貴族の屋敷には今余剰戦力が無数にございます。殿下には彼らに一時的な捜索権限をお与え頂き、わたくし達は父兄に捜索をお願いすれば良いのではありませんか?」
保守派と革新派が一触即発の状況にある昨今、王都の各貴族屋敷にはいざという時の戦力が常備された状態にあります。日に日に増すその過剰な戦力は王都の人口を過飽和状態にしていて、貧民街では餓死者が急増している程だそうです。
「……早急に手配しよう」
ラファエル様がレアンドラ様の提案に同意すると、攻略対象者達は私の想像を遥かに上回る早さで動き出しあっという間にホールから姿を消しました。早いですね。勿論レオンハルトはこの場に残りましたけど。
「面白いから僕も手伝うよ」
あ、この人も攻略対象者でしたね。何故か私に向かってそう言ったハロルド様はゆっくりとした歩調でこちらへ歩いて来ました。
「お一人でですか?」
「まさか。学園には二人しか入れられないから護衛が余ってるんだ。彼らには暇潰しになるし丁度良いだろう?」
「許可なく捜索なんかしたら逮捕されますよ」
レオンハルト……ハロルド様を警戒するのは解るけど、肩を抱き寄せたりしたらホントにテラスでなんかしたと思われちゃうよ?
「君はホントに? ……まあ良いや。許可は貰うよ。王太子様に」
「下りるでしょうか?」
「下りるんじゃないかな。ラファエル殿下。なんか焦ってる感じだったしね」
焦ってる? ラファエル様が?
「そうは思えませんが……」
「想い人と言っても平民。小娘一人に対してこの騒ぎは異常さ。彼の評判からするにいつもはもっと冷静なんじゃないかな? 少なくとも、ホールを封鎖して参加者全員から目撃者を募ったりはしないんじゃないかい?」
言われてみれば確かに。……あのラファエル様が焦っていたのでしょうか?
と言うか、ハロルド様が思った以上に鋭いです。端から見れば優しげな笑顔を浮かべて軽い口調で話す彼が真剣な話をしているようには見えないでしょう。しかし、実際はかなり真面目な話をしていますし、その指摘は的を射ています。ギャップです。萌えはしませんが。
「ラファエル様の焦りと捜索の許可は別の話だと思いますが?」
「ま、下りなきゃ下りないで良いしね。楽しみが少し減るだけさ」
「いい加減ですね」
そんな喧嘩腰で……。レオンハルトはハロルド様を敵視してる?
「余所者は余所者らしくしないとね。それじゃあエリミアちゃん。またねぇ」
そう言うなら余所者らしく慎みを持って下さい。それから、まは出来る限り遠慮させて下さい。
私達の前から貴賓席の方へと歩き出したハロルド様。その向こうからこちらへと歩いて来たレアンドラ様。目が合っただろう二人は、挨拶するでもなく擦れ違ったのですが、
何ですか? 今の意味ありげな視線の交わし方は……?