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#21.伝えるべき想い

「結婚?」


 跪いて私を見上げるレオンハルトは大きく首を縦に振りました。


「……本気なの?」

「本気」




 ・・・




 ダメだ。なんにも考えられない。


「嫌なら嫌とハッキリ言って欲しい」

「……嫌とは言わないけど……」


 そこで嬉しそうにしないでよ。まだ返事はしてないんだから。


「脈は有るってことだよな?」


 結婚を申し込んで置いて脈があるとか……。なに考えてるんだろう? 男の子って解らない。


「脈の在るなしも知らない相手に求婚っておかしくない? と言うか、何で結婚なの? 恋人とか友達になるのが先じゃないの?」


 どう考えても色々と手順を飛ばし過ぎです。確かに、貴族の結婚なら色々飛ばして「彼がお前の婚約者だ」と紹介されることがざらにありますが、彼は遠貴族で貴族ではありません。ましてや日本で高校生まで生きた記憶があるなら碌に知らない相手に求婚なんて考えられません。貴族の場合でも親が勝手に相手を決めてしまうわけですし、本人が突然求婚したりするのはこの世界でも常識はずれです。


「一度は言わないと気が済まないと思ったから。

 それに、前世に引き摺られてだらだら関係を続けるのは余り良くないと思って。くっつくならくっつく。離れるなら離れる。中途半端な関係を続けるよりその方がずっと良いだろ?」


 その論理はなんとなく解りますが……。


「貴方、本当に高校生で死んだの?」


 いったいどんな経験からそんな結論に至ったのでしょう?


「それが今の話とどう関係があんの?」

「……えっと……前世で何かあったの? 高校生だったにしては妙に達観してる気がして。あ、嫌だったら答えなくて良いよ。そこまで干渉する積もりはないから」


 全てをさらけ出す程私は彼を信用も信頼もしていません。だから彼にそれをされたら私が困ります。お互い誠実な関係を保つには適切な距離がありますからね。まだその距離を測る段階にすら至っていないと思いますけど。


「幼馴染にさ、言えなかったんだ。死ぬのが解ってたのに」


 ――さようならって――


 幼馴染にさよならが言えなかった? それって要するに、


「リア充か」


 あ! 声を出す積もりは無かったのに!


「ごめんなさい。妬みとかそんなんじゃなくてほら、私には縁がなかったから、って……」


 おもいっきり墓穴掘ってるしぃ! もうバレた。リア充じゃなかったことがバレた。それだけじゃなくて彼氏居ない歴=年齢がもうバレた。


「リア充なんかじゃない」


 ……目が怖いし表情も暗いよレオンハルト。気に触ることでも言った?


「リア充じゃない?」

「病気。高二の春から一年半、俺はずっと病院暮らしだった。暇潰しにゲームをして、やるもんが無くなって姉ちゃんのソフトも借りてやってた。リア充なんか程遠かった。二日に一回は来てくれてたのに、俺は幼馴染に何も言わないまま死んだ」


 重すぎるわ!


 二日に一回ってそれ絶対好きだったってことでしょう? 切ないなぁ。泣いたんだろうなぁ。でも、死んで泣いてくれる人が居るってことは幸せなことだよね。私が死んで泣いてくれたのは家族と友人だけだろうけど、それでも泣いてくれたと思えるだけで前世の私は幸せだったんだろうなぁ。


「怒ってるかな。あいつ」

「怒ると思うよ」


 レオンハルトは驚いたように私を見上げました。うん。やっぱり高校生だ。


「さよならなんて言われたら私は怒る」

「え!?」

「その子に言うべき言葉は、さよならじゃなくてありがとう。死んでしまうと分かっていてもお別れの言葉なんか聞きたくない。だってその子は、一分でも一秒でも長く貴方と一緒に居たかった筈だから」


 お別れより感謝。最期の時だからこそ、その人への想いを素直に言葉に出すべきだと思います。大した経験のない私では言葉に重みがないけど、その意味までは変わらないから赦してね。


「そうかもしれないな」


 私から目を逸らしたレオンハルトが小さく呟きました。


「仕切り直そう。もう一回な」

「え?」


 数瞬の沈黙のあと何を思ったか姿勢を正したレオンハルト。私を見上げるその瞳には今まで感じたことのない熱が込もっています。


「僕と結婚して下さいエリミア様」


 だからぁ、何で結婚?


「……恋人とかじゃダメなの? 幾らなんでも展開が早過ぎるし、何より私は貴方のことを余り知らないし」

「これから知れば良いんじゃない?」


 これからって、結婚してからってこと?


「何でそんなに結婚を焦る必要があるの? 貴族の女なら兎も角、男なら30過ぎての結婚も珍しくないでしょう?」


 貴族女性は二十歳で恋人もいないとなれば行き遅れみたいに言われてしまいますけど……。


「余り言いたくはないけどハゲブタ親父は嫌なんでしょう? 焦らなくちゃいけないのは俺じゃないよ」


 私のため?


「卒業までに婚約さえすれば無理に結婚させられることはないもん。婚約まで行かなくても、結婚を前提にお付き合いしている人が居れば大丈夫かもしれないし」

「結局半年以内に求婚するしかないじゃん」


 確かに……。


「で、答えは?」

「……婚約はまだ出来ませんが、お付き合いならお受けします」

「有り難き幸せにございますエリミア様」


 今出来る精一杯の答えを返した私に再び満面の笑みを向けたレオンハルトは、両手で掲げるように私の右手を持つとその甲に唇を落としました。

 長めのキスを終えて私の右手を解放した彼は再三の笑顔を私に向けます。


 ……この顔やっぱりズルい。何も言えなくなっちゃう。


「その顔他の奴に見せるなよ。スゲー可愛いから」


 可愛い!? 今可愛いって言った?


「そう言われても、意識してやってるわけじゃないから無理だよ。その……嬉しくてなっちゃうだけだから」


 うわぁ~。恥ずかしいぃ。


「そっか、なら良いや。……あ」


 立ち上がろうとしたレオンハルトですが、何故か途中で止めてしまいました。


「カッコ悪」

「どうしたの?」

「足痺れた」


 ずっと跪いたままでしたからね。


「ごめんなさい気付かなくて。――――え?」

「恋人なんだから良いだろ?」


 痺れた足を気遣いながらのっそりと立ち上がったレオンハルト。横に並んだかと思うと、彼は私の腰に腕を回してがっしりと支えました。普通のエスコートにはだいぶ慣れていますがこの形のエスコートは初めてです。正直……ドキドキします。


「ちょっと気が早いような……」


 腕太いなぁ。ガッチリ抱えられてて頼り甲斐があるし、どこか安心する感じ。嫌じゃないけど、なんとなく負けた気がするのが……。レオンハルトは転生者なのにイケメンスキルが高いなぁ。

 何気に嬉しいのがちょっと悔しいという微妙な心理状態の私をテラスの端に置かれたベンチへと導いたレオンハルト。優雅に見えて実は緊張していたのか、妙に力が込もっていた気がします。貴族みたいに振る舞うのはもしかして照れ隠しなのでしょうか?


「寒い? ホールの方が良かった?」

「大丈夫。今夜は風もないし、月が綺麗だから外の方が良い」

「夏は暑くないし冬は寒くないし、東京より過ごし易いよなぁ」

「東京の熱帯夜は異常だったと思う」

「だよなぁ。冬はまだしも夏は――――」






 主に前世の話で盛り上がっていた私達の初めての逢瀬?を終わらせたのは、テラスに現れた王国騎士でした。


「そこに居るのは誰っ。失礼致しましたエリミア様」


 突然テラスに出てきた騎士さんは、私の顔を見た途端に謝りました。

 薄暗いテラスに居続けたのは事実ですが、ただお喋りをしていただけで後ろめたいことは一切ありません。当然謝る必要はありません。まあ若干二人の距離が近いのですが、それはご愛敬ということで流して欲しいです。

 因みに学園の王国騎士は皆在学中の上位貴族令息嬢の顔をご存知です。


「慌てていらしたようですが、どうかなさいましたか?」

「あ、えーと、マリア嬢をご覧になられましたか?」


 隣のレオンハルトを見ると、彼も私を見ていて小さく首を左右に振りました。


「マリアさんと言うとあの?」

「はい。白い髪でラファエル様や……小柄な女生徒です」


 余計なことを言うところでしたね騎士さん。

 マリアさんは学園の有名人です。当然悪い方で。ラファエル様やハイムルト様と言った将来の閣僚が相手じゃなければ間違いなく虐めを受けていたでしょう。まあ今でも攻略対象者達に気付かれない程度の嫌がらせは受けていると思いますが、表立って虐めをしている人はいません。そんなことを実行可能なのはレアンドラ様だけです。絶対にやるとは思えませんけど。


「私達が来てから此処には誰も来ていません」

「左様でございますが。エリミア様達が此処へ来られたのはいつ頃のことでしょうか?」


 いつ頃? 何でそんな質問を?


「出し物、芸人さん達が引き上げてから三曲目が終わった頃だったかと。マリアさんがどうかなされたのですか?」


 もしかしてイベントですか? ハロルドの歓迎舞踏会で……記憶にありませんね。


「行方不明なのです。丁度貴女方が此処へ来られた頃から」






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