表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/50

#20.もう一人の転生者

「誰だお前」


 男性向けだと急に言葉遣いが悪くなるんですね。


「レオンハルト・ケイムスと申します。ハロルド殿下」

「レオンハルト?」


 当たり前ですが、とっっっても気まずいです。でも今は彼に縋り付きたい状況ですし……。


「はい。この学園に在学中の生徒です」

「何の用だ? ブラーツでは人の恋路を邪魔するような無粋なことをしても赦されるのか?」

「レイダムでは嫌がる女性に無理矢理キスをしてもその父親から殴られることはないのですか?」


 良かったぁぁぁ。変な誤解をしてなくて。


「嫌がる女性? なんのことだ?」


 惚けるんかい!


「戯れはお止め下さい。最初からそう申し上げている筈ですハロルド様」

「戯れなどではないよ。僕は本気さ子猫ちゃん」

「本気ならもっと止めて下さい」


 ……この状況で未だに両手壁ドンしたままというのはある意味尊敬に値します。ただ、人間とは恐ろしいモノでいつの間にか私は壁ドンに慣れ、頭は冷静に回るようになって来ました。舐め回すように見られるのは慣れませんけど。


「怒った顔も素敵だよ。もっと色んな顔を僕に見せて欲しいな」


 囁きながら、ハロルド様の右手が私の頬をそっと撫でます。


「ヒッ」


 悪寒です。今悪寒が背筋を走りました。知識はありましたが実体験したのは初めてで、想像以上に身体が反応するモノなんですね。


「彼女はレアンドラ・グレンデス様と懇意にしています。彼女に何かあったらレアンドラ様が黙っていないと思いますが?」


 私が妙に冷静な分析をしていると、レオンハルトが援護射撃をしてくれました。


「レアンドラ……チッ」


 露骨に舌打ちをしたハロルド様は漸く私を壁ドンから解放してくれました。


「本当だろうな」

「彼女達が親しいということぐらい学園中が知っています」


 レアンドラ様は色んな意味で有名人ですからね。私達が良く一緒に居ることは皆が知っています。


「……お前名前は?」


 お前?


「エリミア・トーグです」

「エリミアだな。覚えておく」


 落とせないと判った途端に扱いが雑になりましたね。まあ丁寧に扱って欲しくもありませんけど。


 ハロルド様が足早にホールへ戻ると、テラスに残ったのは恥ずかしいやら気まずいやらで目を合わせられない二人だけです。微妙な距離を置いて対峙した二人はどちらも声を掛けることかま出来ず、テラスに響くのはカーテンの向こうから漏れ聞こえるダンスの曲だけです。


 どうしよう。あんなの聞かされたら彼だって意識しちゃうだろうし、今更無かったことになんか出来ないよね。


 なんとも言い難い空気の暫しの沈黙を破ったのは、私が予想だにしていなかった質問でした。


「エリミア様。貴女は「日本」をご存知ですか?」

「日本!?」


 恥ずかしいぃぃぃぃぃ!


 てっきり「お慕いしている人」発言に触れられるとばっかり思ってた。と言うか、レオンハルトも私のことを意識してくれてると思ってた。だって彼はマリアさんの強引な誘いもはね除けて、一緒に舞踏会に出る度にダンスに誘ってくれて……。

 でもそうだよね。そんなことより転生者かどうか確認する方が大事だもんね。


「……ゲームのことも知っていると思ったんだけど違うのか?」


 口調が変わりましたね。これがレオンハルトの素なのでしょうか?


「真実を暴き復讐を~~」

「やっぱり! 知ってたんだな!」


 やだ。反則だよもぉ。


 目を見開き声をあげ、嬉しそうに笑うレオンハルト。純粋な喜びに満ちたその笑顔は私の警戒心を溶かしてしまいました。


「うん。レオンハルトも知ってたんだね」

「ああ。前世の名前は鈴村春斗。東京に住んでた」


 スズムラハルト……知らないなぁ。知人じゃなくても気兼ねなく前世の話が出来るのは嬉しいですけど。


「工藤絵美里。私も東京」


 同じ出身地は偶然ですか? まあ一番人口が多いのが東京なんだから、それほど不思議なことじゃないですよね。


「微妙に名前が似てるんだ」

「あなたもね。私は大学生で記憶が止まってて、どうして死んだのか覚えていないんだけど、あなたは?」

「俺は高校三年。正確な死因は分からないけど想像はつくよ。最後の記憶は病院だから」

「病院……」


 私の最後の記憶は自宅ですから、死因と転生は関係なさそうです。って、それが判ったところで何が出来るわけでもありませんね。分析するだけ無駄でしょう。

 それにしても、高校三年生。お互い早すぎる一生だったんですね。偶然なのか必然なのか二生目がありましたけど。


「ゲームのことは? 全部覚えてる?」

「だいたい覚えてるよ。台詞までは覚えてないけど、どのルートのイベントかぐらいは分かる」


 やった!


「じゃあ逆ハーは? どういう結末?」

「逆ハー? 俺を攻略してないんだから逆ハーエンドになるわけないじゃん」


 え?


「逆ハーエンドにレオンハルトは必要無いんじゃ……」

「何言ってんの? 逆ハーに必要ないのはハロルドで、レオンハルトは必要だよ。クリアしてないの?」


 ……どういうことですかレアンドラ様。


「うん。逆ハーとハロルドはクリアしてない。私の聞いていたことが間違いだったのかも」


 ルートが決定するイベントは、12月25日の「聖霊祭」というイベントです。今日は10月2日ですから、逆ハーエンドにレオンハルトも必要だとしたらもう時間切れかもしれません。どうするんですかレアンドラ様。


「いったい誰がそんなデマ流したんだ? 逆ハールートでレオンハルトが要らないとか只のクソゲーにしかならないし」

「クソゲー? なんで?」

「レオンハルトが居ないと好感度が簡単に上がるから簡単過ぎてクソゲーだよ。

 逆ハーのレオンハルトは超くせ者でさ、嫉妬イベントじゃ好感度が上がらないから「聖霊祭」に間に合わないことが多くて大変なんだよ。初めてやった時は一人だけ好感度マイナスで、「聖霊祭」でゲームオーバーだったなぁ。ヤンデレバッドエンド」


 ……今正にその状態なんじゃ……。


「つっても、もうゲームとは掛け離れてるし、アロイス様やオズワルド先生に殺されるなんてこともないと思うけど」

「ゲームと掛け離れてるの?」


 大筋は合ってる気がするけど……。


「逆ハーからは掛け離れてるよ。夏休みに攻略対象とマリアの六人で過ごさないと逆ハーは無理だし、ハロルドも出て来ない。どっちかと言えばラファエルルートに近いけど、レアンドラが動いてないからそれも難しいんじゃないかな?」


 ラファエルルートに近いというのは大問題ですが、レアンドラ様が断罪される条件が整っているとも考え難いですし……。ただ、


「レアンドラ様が裁かれるのはマリアに対する虐めだけじゃないでしょう? 連座される方が問題じゃない」

「ああ、それで逆ハーを気にしてたわけか。でも、それはどうにもならないだろ? 何しろ過去のことなんだし」


 八年も前のことですからね。確かにどうにもなりませんが……。


「って、ちょっと待って。逆ハーでもレアンドラ様は連座されるの?」

「ん? ああ、そうだけど……随分レアンドラのこと気にしてるな」


 レアンドラ様……本当にどういうことですか? 死なないって言ったのは嘘なんですか?


「友達だもん」

「友達……大丈夫だよ。ゲームはゲーム。現実は現実だろ? 現実のレアンドラはゲームとは全然違うし、ラファエル様もレアンドラ様を嫌ったりしてない。個別ルートでも逆ハーでもグレンデスを追及してたのはラファエル様だし、死ぬようなことは無いって」


 それでも、国外追放になったり、投獄されたり、少なからず罪は背負わなくちゃいけない。


「ああ、あのさ。助命嘆願ってやつをすれば良いんじゃないか? ゲームだったら絶対やる奴が居なかっただろうけど、レアンドラ様にはファンクラブまで在るじゃん。ちょっと呼び掛けただけでけっこう署名が集まると思うぞ」


 ……なんか必死。


「ふふっ」

「なっ。……笑うことじゃなくね?」


 確かに笑っちゃ失礼ですね。


「レオンハルト」

「ん?」

「ありがとう」


 いつの間にか近くなっていた二人の距離。その距離を半歩だけ縮めて彼の目を見てお礼を言うと、その整った顔は見る見るうちに赤く染まっていきました。

 男らしい顔なのにこういう時は可愛く見えるんですよねぇ。


「エリミア・トーグ様」


 少しの沈黙を破りピシッと背筋を伸ばしたレオンハルトが何故か畏まって私を呼びました。


「……なんでしょうか?」


 折り目正しい彼に応じるように、私も姿勢を正して正対します。そして、目が合った途端に優美な所作で跪いたレオンハルトは、


「僕と結婚して下さい」


 爆弾を投下しました。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ