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#19.第二王子歓迎舞踏会

「上位貴族でなければ余り意味がないのではなくて?」

「うん。だから姉上やエリミア嬢が第一候補だろうって」

「アリエル様は解りますが、私では政略が成立しないと思います。私と兄は……」


 長兄は私のことを捨て駒ぐらいにしか考えていませんから、レイダム王国との政略の札になんてなる筈がありません。


「友好の象徴に成れば問題ないんじゃない? 余り政略は気にしてないから下位貴族でも名のある家の娘なら良いんじゃないかって」

「第二王子とではなくてラファエル様とお話しただけなのでしょう?」

「うん。ラファエル様とレアンドラ様。三人でそんな話になっただけ」


 黄色い髪に薄茶色の瞳。小柄で華奢。ハキハキした明るい雰囲気。二人揃っているところを余り見たことがありませんが、この二人は姉弟ですね。顔も色彩もそっくりです。アリエル様は強気でアロイス様は人懐っこい性格ですけど。


「第一王子なら兎も角、わたくしをハロルド殿下に嫁がせてうちに利益があると思えないわ。しかも良くて第二婦人でしょう? 侮られたものね」

「そうじゃなくてもあんな好色者嫌ですよねぇ」

「あんなのを歓迎しなければならないなんて面倒なだけだわ」


 今現在全校生徒をあげて歓迎している最中ですけどね。舞踏会を開いて。


「政略結婚まで考えている方の行動としては軽率過ぎる気がしますけど」


 舞踏会開始直後からホールを所狭しと歩き回っているハロルド様は、次から次へと女の子に声を掛けダンスをしています。舞踏会開会の挨拶で校長先生が「くれぐれも殿下に失礼のないように」なんて余計な一言を言ってくれたお陰で断り難くなっているようですね。


「ラファエル様と比べてしまうから余計に酷く見えますねぇ」

「許可を得た者しか近付けない殿下と比べるのはちょっと可哀想だよ」


 ラファエル様はダンスする場所まで決められていますからね。確かに比べるべきではありませんが、関係なしにハロルド様は好色です。


「こんなところにいたのねアロイス。踊りましょう?」


 攻略対象一の好色者の話をしていたら学園一の好色者が来てしまいました。


「うん。じゃあ姉上。エリミア嬢、リリア嬢。また」


 ガッチリと腕を掴んだマリアさんに少年らしい邪気の無い微笑みを向けたアロイス様。グイグイと腕を引っ張るヒロインに直ぐ様応じる姿勢を見せた弟キャラは私達に対して辞去を述べました。


「はい。またお話出来ることを楽しみにしていますアロイス様」

「精々頑張るのね」


 え?


「うん」


 ……なんですか今の姉弟のやり取り?


「早く行きましょう。アロイスと踊れるのを楽しみにしていたのよ」

「だったら最初に来て欲しいなぁ」


 今に始まったことではありませんが、マリアさんは私達のことを居ないものとして扱っています。身分は関係なしに挨拶一つしようとしないのは人として問題ですよマリアさん。逆ハーに必要無いのでハロルド様のことすら適当にあしらったようですし……。

 それはそうと、応援するようなことを言った割には額に青筋を立てて怖い顔をしているのは何故ですかアリエル様。


「マリアさんのことは諦めたのですかぁ?」

「いちいち反対するのが面倒になっただけよ」


 諦めて応援することにした。と言うには随分と強い怒気が声に込もっているようなんですが……。


「倍率が高いですから応援するにしても大変ですねぇ」

「四分の一だもの。難しいわ」


 今少し笑いましたけどアリエル様、マリアさんの頭の中では五分の四だと思います。あ、まだレオンハルトを諦めたわけじゃないから五分の五ですか?


「四人ともモノにする気でいるようにもみえますよぉ」


 ブラーツで逆ハーレムなんて常識外も良いとこなのに鋭いですねリリア様。


「かもしれませんけど、マリアさんにそれは似合わないと思います。よっぽどレアンドラ様の方が――――」






 ハロルド殿下歓迎舞踏会も中盤の出し物を終えて終盤に差し掛かっています。


 隣国の色魔の影響でラファエル様の隣にずっと居ることになってしまったレアンドラ様――それでも一度ハロルド様とダンスしていた――は合流出来ませんでしたが、基本的に私達は三人で壁の華になってお喋りに勤しんでいました。ただ、アリエル様にもリリア様にも実家の都合という名の社交義務があります。四六時中一緒に居られるわけではないのです。


 ですから、この方が私に声を描けたのは様々な理由で私が一人きりになった時でした。


「こんな隅の方にこんなにも美しい華があるなんて思いもよりませんでした。ご機嫌如何ですかお嬢さん」


 わわわわわわわわわっ。さ、さぶ。


「ハロルド殿下。……舞踏会はお楽しみ頂けているでしょうか?」

「ああ、存分に楽しんでいるよ。でももっと楽しむには君とのダンスが必要だ。壁の華には過ぎたる佳人よ、僕と踊ってくれないかい? 可憐で清楚な白百合もこのような薄暗い場所に居たら枯れてしまう。一緒に日の当たる所に戻ろうじゃないか」


 軽く腰を折りながら恭しく手を差し出され、無意識に二、三歩後退してしまった私に罪はないと思います。ただ、ハロルド様は極自然な動きで付いて来ました。慣れてますね。

 壁際に追い込まれた私にはもう逃げ道がありません。ダンスに誘う手を取るか、振り払うか、この二択になってしまいました。


「私ダンスは得意じゃなくて。人前に出るのも苦手ですし」

「僕がリードするから大丈夫だよ。それに、踊っている時は他のことなんて目に入らないさ。最初に僕の顔を見てくれさえすればね」


 自信過剰だよ!


「でも私王子様となんて……もし粗相をしてしまったら」

「どんな失敗をしても怒ったりしないよ。女性には優しくするのが僕の主義だからね」

「でも……」


 煮え切らない私を見てか、ハロルド様は意を決したように差し出した手を引っ込めました。


 良かった。踊らなくて済む。


 そう思ってしまった隙が命取りになりました。第二王子はなんと私の前で跪いてもう一度手を差し出したのです。

 彼はこの会場の注目の的です。少なくない視線が集まっているこの状況で王子を跪かせた私がダンスを受けないわけにいきません。もうその手を取る以外に選択肢はないのですが、予想外の事態が更に私を追い込みました。


「ダンスがダメならせめてお名前を」


 え!?


 名前を教えて欲しい。そう言われただけでも充分に驚きましたがそれ以上に驚いたのはその瞳と顔の真剣さでした。

 不覚にも格好いいと思ってしまった真剣な顔。浮わついた心が微塵も見えない真っ赤な瞳。思いも寄らなかった不意討ちを受けた私は視線を逸らすことが出来ずに、


「ご一緒させて頂きますわ」


 差し出された手を取って誘いを受けてしまいました。


「ありがとう。君は優しいね」


 ……どうしようもなかったですよね? 問題になるようなこともしていませんし。






 ダンス前のやり取りに問題になるようなことはありませんでしたし、ダンス中変な緊張から大きなミスをするようなこともありませんでした。でも、ダンス後には問題が発生してしまったのです。

 躍りながら変な方向にリードされているとは思っていましたが、まさかこんな暴挙に出るとは。


「戯れはお止め下さい」


 ダンス終了直後ハロルド様にエスコートされるままホールの端まで歩いて来ると、好色な第二王子はそのまま私をテラスに引き出したのです。柱とカーテンで出来た死角を上手く利用したようですね。いつ見つけたのやら……。

 そして、気付いた時には今の体勢になっていました。壁を背にした私の顔の横にはハロルド様の両手。詰まり、


 両手壁ドンです。


 前世通じて初めてのことなのに、このトキメキの無さは悲しくなります。


「君は嘘つきだ。ダンスはとても上手だった」

「それは……」


 断るための口実ですし。


「それに君は僕に見惚れていた」

「見惚れてた?」

「ダンスを受ける前さ。君はじっと僕のことを見ていた」


 確かに見ていたけど、それは不意の真剣な顔に驚いただけで見惚れてなんかいない。夏の舞踏会の時のドキドキした感じなんか全く無かった。今だって……。


「殿下の勘違いですわ」

「そう?」


 自信満々で首を傾げたハロルド様は、さっきまで伸ばしていた手を折り曲げ更に顔を近づけました。キスするような勢いのそれを避けるため、顔を逸らし両手を目の前の男の顔と肩に置いた私ですが、体格差も大きく然程意味を成しません。


「可愛いなぁ。経験がないのかな? 大丈夫。全部僕に任せてくれれば良いから」

「……確かに男性とお付き合いしたことはありませんが、私にはお慕いしている方がいます」

「ふーん。名前は? どんな男?」


 疑いを持って探りを入れているようですね。これも経験済みなのでしょうか?


「言えないんだ。嘘ってことだね」

「嘘ではありません」

「嘘だね。君には想いを寄せる男なんていない。違うと言うなら誰を慕っているのかハッキリ言ってごらん?」


 お慕いしているってだけなら誰でも良い筈ですよね?


「嘘じゃありません。私がお慕いしているのはラ、レオンハルト様です」


 ……ラファエル様って言おうと思ったのに何でレオンハルトって言っちゃたの私?


「本当?」


 え?


 驚きを孕んだその声の主は、藤色の髪の騎士でした。





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