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#18.隠しキャラ

 銀の長髪で真っ赤な瞳。長身中肉で長い手足。常に人好きのする笑みを浮かべた中性的な顔立ちの優しい紳士。いえ、優しげな似非紳士。儀式用ホールの舞台の中央に置かれた演台の左側、豪奢な椅子に腰掛けている男性です。


 その名はハロルド・ヒュート・レイダムス様。レイダム王国の第二王子です。


 演台の右側の椅子に腰掛けたラファエル様は金髪碧眼で笑み一つ溢さないクール一辺倒な方ですから丁度対称になっていますね。ただ、ゲームなら好対称な二人と言えますが、現実だとハロルド様の笑顔ばっかりが目立って、先程から少なくない女生徒達の目にハートが浮かんでいます。とは言いつつゲームの設定通りの性癖の持ち主だとしたら彼を見る目はあっという間に冷めたモノに変わると思いますけど。


「――――諸君らの行いが王国の評価に繋がることを努々忘れることのないよう心掛けて欲しい。私からは以上」

「それではハロルド殿下。ご挨拶をお願いします」


 聞き流していた校長先生の話が終わると、ハロルド様は無駄に優雅な歩みで演台に立ちます。そして、


「初めまして。僕はハロルド・ヒュート・レイダムス。レイダム王国の第二王子だ。堅苦しいのは苦手だから、気軽にハロルドとかハルとか呼んで欲しいな。あ、勿論淑女限定だよ。むさ苦しい男どもに馴れ馴れしくされるのはごめんだからね。

 それにしてもこの学園の男は羨ましいね。こんなにも美人が揃っているなんて毎日生きているのが楽しいだろう? ああ、見るべき容姿も持っていない君らだと中々相手をして貰えないか。気の毒にね。

 ところでそこの赤い髪のレディ。君は本当にそこに存在しているのかい? 貴女が僕の作った幻想だったなら、僕は死ぬまで君を追い続ける愚者となる。君に会わせてくれたことを神に感謝しないといけないな」


 先生、気持ち悪いのでお手洗いに行っていいですか?


 冗談は捨て置き、今ので瞳に浮かんだハートの八割が吹き飛んだのが何よりです。「色魔」と称されるようなゲス男に泣かされる同窓生は少ないに越したことはありませんからね。


「ハロルド殿下。彼女は私の婚約者です」


 壇上でレアンドラ様に対する賛辞を流し続けていたハロルド様にラファエル様が釘を刺しました。当たり前と言えば当たり前の行動ですが、半分は嫉妬ですよね?


「あら、意外と激情家なのねラファエル様」


 レアンドラ様……楽しんでます?


「これはこれは失礼致しましたラファエル様。まさか王太子殿下の婚約者とは思いもよらず。しかし、あれ程の美人の婚約者とは本当に羨ましい」


 レアンドラ様の声は壇上には届かなかったようで、ハロルド様はラファエル様に謝ります。ただその声色は挑発的で煽っているようにも聞こえました。もしかして本気でレアンドラを……?


「……挨拶はもう良いのでしょうかハロルド殿下」

「そうだね。じゃあ短い間だけど、皆で楽しく過ごそう。特に美女達には忘れられない夜の思い出を提供してあげるからね」


 ゲス!! せめて夜に限定するのは止めろ!


「酷いわね」

「ですねぇ」

「レイダムの王公貴族は未だ多妻が一般的よ。ハロルド様が特別というわけでもないわ」


 右隣に座るアリエル様が一言放つと、その向こう側のリリア様が同調し、左隣に座るレアンドラ様がそれを宥めました。四人が座っているのは中段辺りですから壇上まで声が響いたなんてことはないでしょう。


「それではハロルド殿下。ご退場下さい」


 司会の先生のその声でてっきり舞台袖に捌けて行くと思ったハロルド様ですが、と言うか、彼の二人の護衛のうち一人は袖に向かって歩き始めていましたが、壇から飛び降りた彼は真っ直ぐ此方へ上って来ました。此方へってまあ狙いがレアンドラ様なのは明らかですけど。何しろ、彼の視線はレアンドラ様のみに集中していますから。そして、


「貴女のような美しい女性は初めて拝見致しました。改めてご挨拶させて頂きます。レイダム王国第二王子、ハロルド・ヒュート・ルイダムスと申します。以後お見知り置きを」


 偶然にも通路脇に腰掛けたレアンドラ様の前で跪き挨拶をしたハロルド様は、さっきとは打って変わって顔も瞳も真剣そのものに見えます。真面目な顔になれば充分王子として通用しそうですね。……さっきまでが酷すぎるだけでしょうか?


「レアンドラ・グレンデスですわ。先程殿下が仰っていた通り、わたくしはラファエル様の婚約者。ハロルド様とは知人以上の関係を築くわけには参りませんの」

「貴女のような方にお会い出来たことだけでも、いえ、名前を伺えただけでも光栄なこと。私には一生の宝となるでしょう」


 ひきつりそうになる顔の筋肉との真剣勝負はいつまで続くのでしょうか? よりによって隣の席で……。


「お上手ですのね。でもブラーツではレイダムと違って複数の女性と同時にお付き合いする男性は嫌われてしまいますのよ? その辺りのことはご理解頂けないと、レイダムの評判を落としてしまうかもしれませんわ」

「そうなのですか。しかし私は貴女のためなら――――」

「彼女は私の婚約者だと言ったのをもうお忘れですかハロルド殿下。それとも、ロンダルク陛下に女が欲しいから戦争してくれとお頼みになられる積もりでも?」


 ラファエル様に直接止められたハロルド様がびっくりしているのは当然ですが……凄い睨み方ですね。誰を睨んでいるかは知りませんがマリアさん、睨まれる理由は有っても、睨む理由はないと思いますよ?

 婚約者を口説こうとする人を止めるなんて当たり前のことだと思いますが……彼女の心理は、と言うより倫理観は、私の理解の範疇を越えている気がします。ましてや、貴女が睨んでいるのはラファエル様じゃなくてレアンドラ様じゃありませんか? あなたはラファエル様の何なのですか?






 ラファエル様によってレアンドラ様から引き剥がされたハロルド様が護衛に引き摺られるようにホールから出て行くと、座席に残ったままの生徒達からは隣国の王子に対する罵声が飛び交いました。主に男子生徒達によって。

 なんてまあ、女生徒だって少なからず不快な思いをしてますから私の友人達はこんな話を始めていましたけど。


「レイダムは何故あんなクズ男を寄越したのかしら?」


 口が悪くなってますよアリエル様。気持ちは解りますけど。


「王族なら他にもいましたよねぇ」

「ハロルド様の従兄弟なら沢山いた筈です。第一王子が第二王子派の収奪を狙っているのでしょうか?」

「殿下は飾りだもの。彼自身がレイダムに居なくとも第二王子派は機能するわ」


 随分ときっぱり仰いましたねレアンドラ様。少しだけハロルド様に同情してしまいました。


「名目通りブラーツとの友好の為なんてことはありませんわよね?」

「第二王子派は、第一王子派とブラーツに挟撃されることを警戒しているわ。案外本気で友好を結びに来たのかもしれないわね」


 ブラーツの革新派とレイダムの第一王子派は表向き和平路線を採っていますから友好目的の滞在とあれば反対は出来ません。第二王子派は交戦を主張しているわけですが、矛盾しているこの留学も、親善を主張すれば実現は可能なわけです。ただ、当然ハロルド様は少しでも粗を見付けようとする第一王子派の監視に囲まれている状態でしょうけど。


「だとしたら最初から失敗ですわね。友誼どころか敵意を持ったブラーツの男が此処に沢山いますわ」

「此処に居るのは所詮学生よ。彼らが国を動かしているわけではないわ。第二王子派の主張は友好ではなく対立なのだし、狙い通りかもしれないわね」


 “今は”友好的に接しておいて、“後に”対決するためですか? それは考え過ぎのような……単純に殿下が好色なだけと考える方が無難な気がするんですが……。


「そんなに頭の良い方には見えませんでしたよぉ」

「それに、あの小娘みたいな色好みだとしたら黙って置けませんわ。女は男より失うモノが多いのだから」


 まだ何も起きていませんから動けませんが、起きてからじゃ遅いのが問題ですね。と言うか……あれ? なんでアリエル様の「小娘」発言を久しぶりに聞いたなんて思ったんでしょう?


「相手は一国の王子よ。軽率な行動は慎んでねアリエル。それからハロルド様のことを甘く見ない方が良いわ」

「第二王子は傀儡で実際に取り仕切っているのはブライソン公爵。有名な話ですわ。臣下に派閥を乗っ取られているような王子が優秀な方とは思えませんわ」

「ハロルド様は相当な野心家よ。本気でレイダム国王の座を狙っているわ。まだ若い彼には人脈も実績もないから爪を隠しているだけよ」


 能ある鷹はなんとやらですか?

 ハロルドルートを「やらなきゃ良かった」と言っていたオタク友達はいましたけど、王位継承したなんて話は無かったような……。レアンドラ様の買い被りではありませんか?

 と言うか、ハロルド様について変に詳しくありませんか? 妙に確信めいている気もしますし……。


「本当ですかぁ?」

「だったら面白いと思わない?」


 冗談かよ!


 オチを付けたレアンドラ様は私達に向けて微笑んだあと舞台の方へと顔を向けました。何かを見据えて光る眼光。僅かに上がったように見えた口角。


 私がその横顔にあった真意を理解出来たのは、全てが終わったあとのことです。






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