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#17.夏の舞踏会

 三度目の夏期休業もあと一日と数時間。明日の夕方には寮に戻ることになります。夏休み最後の日はやり残した宿題に大慌です。なんてことは全くありません。そもそも宿題がありませんから。


 宿題の心配の全くない今世では、毎年この日は王宮で舞踏会があります。社交界は苦手な私ですが、若手貴族の交流という名目のこの舞踏会は毎年出ています。一応婚活中ですし……。まあ本当の狙いは学園在学中の令息嬢の親同士の顔合わせで、私の長兄と義姉にも招待状が行ったようです。適当に理由を付けて断ったようですけど。


 大人気ない長兄のせいで一人で参加している私ですが、同じように家族と疎遠だというこの方は珍しくご両親と三人でお越しになりました。


「ごきげんようレアンドラ様」

「ごきげんようエリミア様。お父様お母様、こちらトーグ家のエリミア様ですわ」


 私がレアンドラ様に挨拶をした時は社交的な笑みを浮かべていたグレンデス公爵夫妻ですが、素性が判った途端にその目は蔑みに変わりました。私が兄から疎まれていることはご存知のようですね。


「グレンデス閣下、奥方様、お目にかかれて光栄です。エリミア・トーグと申します。レアンドラ様には大変お世話になっておりまして、一度ご挨拶をと思っておりました」

「ダン・グレンデスである」

「ルノア・グレンデスです。今後とも娘を宜しくお願い致しますわ」


 ダン様はそのぉ……一言で言えば「悪人顔」です。いえ、チンピラみたいな三流の悪党顔ではありません。慎重で執念深い知的な悪人の顔です。流石はレアンドラ様の父親と言った感じですね。それから、ルノア様はレアンドラ様がそのまま歳をとったような外見です。ただ雰囲気は似ても似つかなくて、他者を蔑み嗜虐的で欲の深いゲームのレアンドラにそっくりです。娘を宜しくとは言っていますが、此方を観察している様子がありません。私のことには一切興味が無さそうですね。


「こちらこそ、兄共々宜しく申し上げます」

「ふん。妾腹が兄を頼むか。滑稽だな」


 社交辞令なんですが……。


「お父様」

「娘を利用して私に近付こうとする者は無数にいる。そんなことをしても無駄だ」


 落ち着き払ったレアンドラ様が宥めようとするのを無視し、ダン様は不遜に言い放ちました。


「私そんな積もりは……」

「だったらどんな積もりだ?」


 ただの社交辞令です。とは言える筈もなく黙っていると、ルノア様も確信を持ったようで、


「グレンデスに取り入ろうとする浅はかな小娘など相手にするだけ時間の無駄ですわ。参りますわよ貴方」

「こういう輩は甘やかすとあとで面倒だ。初めに顕示しておく必要がある」


 グレンデス閣下は更に二、三言付け加えたあと去って行きました。ルノア様は黙ってそれに続き、レアンドラ様は、


「ごめんなさい」


 すれ違い様に小さくそう言ってご両親に付いて行きました。あの両親で良くレアンドラ様みたいな人格者が育ちましたね。






 必要な人に挨拶したあと、ちょいちょい来るダンスの誘いを断りながら壁の華になっていた私。なるべく目立たないようにと端の方にいたのが災いして大事なことに気付いていませんでした。会場が多少ざわついているとは思っていたのですが、その理由までは気にしてなかったのです。


「ラファエル様とマリアさんが?」


 その情報を私にもたらしたのは、両親と離れてわざわざ私の所に来たアリエル様とリリア様です。


「仲が良さそうでしたぁ」


 いつものおっとりした口調で話しているリリア様ですが顔は不服そうに歪んでいます。


「ラファエル様だけじゃなくて、グレイナーの嗣子とアロイス、オズワルド先生とまで踊ったのよあの小娘は」


 ……相変わらず凄いですね。マリアさんのヒロイン力。攻略対象者達には神がかり的な力が働いているんじゃないかと思うくらいです。

 ただ、何故かレオンハルトが例外になっていますし、私とレアンドラ様は勿論アリエル様の言動もゲームとはかけ離れています。超常的な力で強制的にゲームのシナリオを演じさせられるわけではないのです。


「あれ? 何故マリアさんがこの舞踏会に?」


 貴族ではない彼女が招待されている筈はないんですが……。


「知らないのエリミア。今年は学園の成績上位者も招待されたのよ」

「成績上位者……」


 ってことはもしかして、


「レオンハルト様もいらしているのですか?」


 レオンハルト様の学業成績は二学年のトップです。ゲームでそんな設定はありませんでしたから、マリアさんにとっては彼も相当なイレギュラーだと思います。


「はい。いらっしゃいますよぉ」


 なんでそんなに楽しそうなんですかリリア様。


「今日こそはエリミアを捕まえてくれないと、そう何度も協力出来ませんわよ?」


 え?


「簡単に言わないで下さい。彼女は伯爵令嬢。私は遠貴族とは言え平民です。交流を図るだけでも色々と準備がいるのですから」

「レオンハルト様!」


 アリエル様が私の頭上へと視線を投げると、後ろというより上から返って来た張りのある声。前世、幾つものゲーム、アニメで聞き慣れたモノと同じ声の主は、私の真後ろに立っていたのです。


「お元気そうでなによりですエリミア様。夏期休暇はどうお過ごしでしたか?」


 挨拶をしながら目の前で跪いたレオンハルト様は、慣れたような仕草で私の右手を取りその甲にキスを落としました。


「レオンハルト様、もごケンショウのこと、ととお見受け致しま、ます。このナっツは実家の方でのんびりと、と過ごさせて頂きましたぁ。レ、レオンハルト様は?」


 カミカミだぁ!


「私は王国騎士の行軍訓練に参加させて頂きました。騎士として充分な訓練は積んだつもりでしたが、実地となると学ぶことも多くございました」

「それは良いご経験でしたね。卒業後はやはり王国騎士に?」

「ええ、今のところその積もりです。他に興味のある分野もございませんので」


 最初に会った時は不慣れなのが隠せずに目も合わせられなかったのに、彼はこの一年半で随分と成長しましたね。今ではその辺の貴族より余程それっぽく見えます。


「レオンハルト様程の手練れの方が王国騎士団に入るとなればラファエル殿下も安心ですわね」


 慣れない社交辞令を連発していることは関係なしに、私の声はずっと上擦っています。何故なら、レオンハルト様は跪いて私の手を取ったまま話しているからです。アリエル様、リリア様の二人以外からも視線が集まっていますし、恥ずかしいので手を離して立って下さい。


「こんな若輩者には過ぎたお言葉ですエリミア様。しかし、今日はそんな慈悲深い貴女にお願いをせねばなりません」

「お願い?」

「私に貴女と踊る機会をお与え下さい」


 やだ。なんで? ドキドキする。


 跪いたままじっと私を見上げるレオンハルト。短く切った藤色の髪に黒い瞳。堀の深い男らしい顔。騎士のように引き締まった身体。ゲーム通りの外見。だけど、ゲーム通りの無口で無骨な人間では決してない。私は彼のことを知らない。


「……レオンハルト様。貴方は……」


 どんな人ですか、なんて訊けない。……どうしましょう。


「……どうしました?」


 心配そうに私を見上げる顔も格好いいです。やっぱりイケメンは特ですね。って、そんなこと考えている状況じゃない!


「私で良けれ――――」

「こんな所に居たのねレオンハルト!」


 返事をしようとした私の声を遮ったのは、溌剌としながらも可愛らしくもあるヒロインの声でした。


「マリアさん?」

「ちょっと、何を!」

「国王陛下が顔をお見せになったのよ。レオンハルトは王国騎士団に入るんでしょう? 挨拶しておかなきゃ」


 私から奪うようにレオンハルトの左手を掴んだマリアさんは、ぐいぐいと彼を引っ張ってホールの中央に戻ろうとしています。


「私は今エリミア様と……」

「顔を出しただけらしいから早く行かないと挨拶出来なくなっちゃうよ」


 若干の抵抗を見せながらもレオンハルトはマリアさんに引き摺られるように行ってしまいました。去り際に申し訳なさそうな顔をしていましたが引き離そうとすれば引き離せる筈ですし……。


「見た?」


 え? 何をですかアリエル様。


「エリミア様はレオンハルト様ばかり見ていたから気付いてないと思いますよぉ」


 ……そんなことは……。


「あの小娘の顔。あれで勝った積もりなのかしらね?」

「一応勝ちじゃないですかぁ。ダンスを阻止出来たわけですしぃ」

「だとしても、勝ち誇ったように笑うようなことだとは思えないわ。レオンハルトとダンスをしたわけでもないのに」


 ダンスをしたら勝ちなんですか?


「ダンスをしたら勝ちなの?」


 え?


「レアンドラ様!」

「レアンドラ様。ご両親は?」


 ……今日は後ろから声を掛けられる日のようです。


「先に帰ったわ。わたくしは寮に帰るから別々に来たの」


 やっぱりレアンドラ様は今年も殆ど実家に帰られていないようですね。


「レオンハルトが誰と踊ろうと気にすることはないわエリミア。わたくしだってラファエル様とだけ踊るわけではないのだから」


 レアンドラ様……。


「舞踏会は踊るから舞踏会ですものねぇ」

「でも、アロイスやグレイナーは兎も角、ラファエル様とマリアは夏期休暇の間に随分と親密になったのではなくて?」


 夏休み前は公然とダンスするような関係ではありませんでした。休暇中に大きな進展があったということでしょう。


「夏離宮から遠乗りに出掛けた時に山道で倒れていたマリアを介抱したと仰っていたわ。命の恩人を放っておくわけにはいかないものね」

「夏離宮ってダスロー地方でしたわよね? あの娘何故そんな遠くに?」

「前に暮らしていた孤児院があったところだそうよ」


 まったくもってゲームの通りですね。


 ラファエルはとある理由で孤独な幼少期を過ごしました。結局は勘違いだったその理由は兎も角、10歳を過ぎた頃のラファエル少年に近付いて来るのは唯一の王位継承権保持者に少しでも恩を売ろうとする者ばかり。元々孤独を感じていた彼は人間不信に陥ってしまったのです。加えて、打算と見栄で動く婚約者が周りをうろうろする。そんな状況を一変させたのが全く見返りを求めず無我夢中で自分を助けようとした少女です。ラファエルの心が揺れるのは当然のことでした。

 というのがラファエルルートの流れですから、襲撃事件以降進展が早いのは当然と言えば当然です。ただ、他は兎も角ラファエル様がレアンドラ様すら信用していないとも考え難いですし……。


「レアンドラ様は良いのですかぁ? ラファエル様とマリアが親しくしていてもぉ」

「構わないわ。側室の一人や二人、許容出来ないような底の浅い矜持は持ち合わせていないもの」


 レアンドラ様強すぎ。





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