#16.進む攻略
「今度はクロフォード様と一緒のところにグレイナー様がいらっしゃったそうですよ。またマリアさんとの喧嘩には成らなかったみたいですけど」
嫉妬イベントが乱発しているようですね。なんて、一部を除き細かい部分までは覚えていないので、イベントやそれに近いことが起きているのかどうかも判断が付かないんですけどね。
「ふーん」
「どうでも良いって感じですね」
「そんなことないけど」
実際、どうでも良いかなぁ、って気持ちも多少あります。と言うか、呆れているだけです。
ラブコメ?事件以降、攻略対象の誰かと逢瀬を楽しんでいるマリアさんに他の攻略対象者が接触するという事案が多発していました。普通に考えると愛想を尽かされそうな状況ですが、そんなことにはならずに男性同士が火花を散らすだけに終わっているようです。それどころか、マリアさんの好感度は寧ろ上がっているようで……。
直接見たわけではありませんが、マリアさんは神掛かったヒロイン力(愛され属性)の持ち主のようですね。
「大丈夫ですよ。レオンハルト様はマリアさんを避けていますから」
「……だからなんでいちいちレオンハルト様を話題にするのよ」
「どんなに胸が大きくても、不行状な女性には興味がないようですから」
「リヴィ!」
性格悪いわね貴女。
「お嬢様がハッキリしないのがいけないんですよ? お嬢様はお綺麗なんですから、少しでも積極的になればマリアさんに負けたりしません。「逆ハーレム」なんてぶっ壊せ!」
相当嫌いみたいですねマリアさんのこと。
「前に言ったでしょう。レアンドラ様がそれを望んでるって」
「それは解ってますけど、結果が分からないのでは協力も出来ません。ましてや、グレンデス家が断絶になるかもしれないのですよね? だったら尚のこと――――」
「それは私の見た夢の一つ、幾つかある未来の一つなの。たぶん、レアンドラ様はもっと沢山の予知夢を見ていて、沢山の未来を知ってるの。その中から選んだのが逆ハーレムで……」
私は逆ハーエンドを知りません。レアンドラ様がどんな結末を望んでいるのかが全くわからないのです。勿論その理由も。
一般的に考えて、逆ハーレムなんてモノは良い事がありません。
女主人の逆ハーレムならば大きな問題にはならないかもしれませんが、ブラーツ王国は男社会です。貴族家の当主に女が就くことは基本的に認められませんし、王位を継承出来るのは男性だけです。家を潰したくなければ婿や養子を取る必要があります。そんな国で中枢の権力者達が一人の女性に囲われるなんてことが起きたら……エンディング後の方がよっぽど大変なんじゃありませんかね?
だとしたらレアンドラ様は――――。
「お嬢様? どうしたんですかお話の途中で黙り込んで」
「ん? あ、そのぉ、リヴィは信じてくれる? 私のこと」
「まあ信じているわけじゃないですけど、お嬢様が小さい頃から王太子殿下やレアンドラ様に興味を持っていた理由は解りました。予知夢に出て来たからだったんですね」
え? あ、そっちの話になっちゃったんだ。
「うん。まあそういうこと。実際起きてから夢の方を思い出すこともあるし、予知夢はある程度本物なの」
「じゃあお嬢様が誰と結ばれるかも分かっているのですか?」
「ううん。私は殆ど出て来ないから」
エンディングでのエリミアの存在感は皆無でしたし、ゲーム中マリア以外の恋の話は殆どありませんでした。乙女ゲームでは普通のことですけど。
「じゃあお嬢様には無意味じゃないですか」
「そんなことはないわ。予知夢に出て来るのはラファエル様やレアンドラ様よ。自分の国の王妃様が誰になるかはとても大事なことじゃない」
「そうですか? 王妃様が誰になろうと国王に成られるのはラファエル様なんですからそんなに変わらないと思いますけど」
私も一応上位貴族なんだから、直接関わることもあるかもしれないんだけど……。
「予知夢にはラファエル様だけじゃなくてハイムルト様やアロイス様達も出て来たわ。革新派と保守派が本格的に対立したりしたら大変じゃない」
「一平民を巡る男の戦いが国の問題になるとは思えないんですけど。と言うか、そんな問題を起こしてしまうような方々が中枢に居続けられるのですか?」
「だってラファエル様は次期国王じゃない。代わりはいないし……」
国王を首には出来ません。
「どちらにしても、そんな大きなことはお嬢様にどうにか出来ることじゃありません」
う~ん。マリアさんを上手いこと導ければ、「保守派と革新派が全面対決して果ては内戦」なんて事態は避けられるわけですし、って内戦エンドなんて無かったですね。いえ、でも何かのきっかけでそれもあり得るわけで、国のトップに顔が利くようになったマリアさんが下手に動いたら……。止めましょう。所詮ゲームはゲームですし、未来の話は意味がないです。
「ラファエル様はどうなのかな? 襲撃事件から頻繁に会ってるみたいだけど」
「ラファエル様のことは私よりお嬢様の方がご存知の筈ですけど?」
「あ、そうよね」
昨日の昼食の時、それとなく尋ねてみるとラファエル様はマリアさんを否定しませんでした。「色恋は個人の自由」という遠回しな表現ではありましたが、初めて肯定的な意見を仰ったのです。惹かれている、とまでは言えなくとも、攻略が進んでいるのは間違いなさそうです。
明日から三週間の夏期休暇に入りますし、その間に大きな進展があるかもしれませんね。
「レアンドラ様の話では、ラファエル様も「逆ハーレム」に入るのですよね?」
「うん」
レオンハルトならまだしも、ラファエルルートはメインのシナリオでした。入らないわけがありません。逆ハーエンドを完成させるにはマリアさんにラファエル様を攻略して貰うしかないのです。
「レアンドラ様はそれも承服されているということですか?」
不服そうだなぁリヴィ。
「だと思う」
と言うか、ラファエルルートを考えると、逆ハーエンドでグレンデス家が断絶されても不思議じゃないんです。レアンドラ様は「死なない」と仰っていましたが……。
まさか、お家と一緒に心中する気じゃありませんよね?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
四人の美姫を侍らせ、巨大なベッドで寛いでいる男がいる。
少し白み掛かった金の長髪に空色の瞳。高い鼻に絞まった顎のライン。均整のとれた堀の深い顔と、騎士のように筋肉を纏った身体。全身から異常なまでの威圧感を放つ男。その様は正しく獅子である。事実、彼のその姿を一目見ただけでひれ伏す者は少なくない。
絶対的な上位者の風格。この男にはそれがある。
だが、享楽の時であるにも関わらずその顔には一つの笑みも浮かんではいない。口は固く結ばれ、目の前の裸女の淫靡な肉体ですらその瞳には写らない。
「ステファノス様」
寝室の扉の向こうから声が聞こえて来ると、目だけで女達に出て行くよう促す男。
慌てたようにベッドから下り、殆ど裸のまま部屋から出て行く女達。その悲鳴に近い黄色い声が聞こえなくなると、執事服姿の男が寝室に入って来た。扉近くで立ち止まったその男はベッドに向かって最敬礼する。
「ステファノス様。アテナ様より報告が参りました」
「寄越せ」
男が短く答えると、部下はベッドの横まで音を立てずに歩き、跪いて持っていた手紙を差し出した。大業な仕草を無視し不作法にをそれを受け取った男は、力任せに封筒を破り即座に手紙を読み始める。先程まで無機質だったその表情だが、今は真剣そのものだ。
寝室には沈黙が満ちた。時より手紙を捲る音がするだけで。
そして、
「全て順調だ」
手紙を読み終えた男の喜色を孕んだ声が沈黙を破った。
「全て。でございますか?」
「ああ全てだ。全て俺のモノになる」
野心に満ちたその男の顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。