#15.ラブコメ?
ご想像の通り?私にはレアンドラ様とアリエル様、リリア様以外に友達と呼べる人は殆ど居ません。所謂箱入り娘で、学園に入ってからも三人以外との付き合いは少ないですし社交界にも余り出て行かないので当然と言えば当然の結果です。
ただ、私達四人に何かしら用がある人は九割方私に声を掛けます。生徒教師、男女も問わず、私に関係のない用事であっても。
まあレアンドラ様に話し掛け難いというのは仕方がないでしょう。ラファエル様以上に神々しいオーラを纏った方ですから。それに、選民主義的で気の強いアリエル様に声を掛けられないのも赦せます。でも、ほんわかした雰囲気のリリア様に対して伝言を頼まれたりするのは何故なんでしょうね? 喋り方はおっとりしていますが話の通じない方ではありませんよ?
それとも、リリア様どうのこうのじゃなくて私が軽く見られているのでしょうか? ……そう考えたらそんな気がして来ました。
私がこんな思考に走っているのはまた雑用を押し付けられたからです。ってまあ、今年度に入ってから初めてですけどね。
書類棚と化した机の前に立った私は分類作業をしながら面倒を押し付けた人物に問い掛けます。
「毎回思うんですが、何故私なのでしょうか?」
「前にも言ったろう。お前が優秀だからだ」
奥の執務机から聞こえて来る声は最近話題の彼女のボーイフレンドの一人で、魔法実技の教師です。日本なら禁断の恋ですが、成人が15歳のこの国ではそれを理由に咎められることはありません。
「優秀な方なら他に幾らでもいるじゃありませんか」
それこそ貴方のガールフレンドは優秀だと聞いてますよ? 魔法だけでなく学科でも。たぶんゲーム開始前からパラ上げに勤しんでいたのだと思います。まだ試験前ですけどね。
「機密の問題もある。頼めるのは上位貴族の子女だけだ」
「彼女にも頼んだのでは?」
平民に頼んでおいでその言い訳はなしです。
「文句言ってないでやれ。夕飯に間に合わなくなるぞ」
質の悪い教師ですね。この書類の量からするに暫く書類整理をサボっていたようですし、サボっていた理由は間違いなく……。
「いいえ、時間になったらお暇します。これは先生の仕事ですから」
「……一年の時と比べて随分と言葉に遠慮が無くなったな」
「女生徒に現抜かしている教師を尊敬出来る程、私は高尚な人間ではありません」
ご自分の振る舞いがどんな評価を受けているかぐらいご存知ですよね?
「……マリアはどんな人間だ?」
は?
「どんな人間? それはオズワルド先生の方がご存知のことだと思います」
「客観的に見てどう思う?」
「客観的って……私は噂の類いでしかマリアさんのことを知りませんのでなんとも……」
そもそも私はマリアさんとまともに言葉を交わしたことがありません。
「噂通り欲の強い人間だと思うか?」
……先生は私に恋愛相談をしたいんですか?
「聞いた話だけで判断して良いならそうだと思います。ハイムルト様とアロイス様、オズワルド先生。最近ではラファエル殿下に近付いているようですので」
当たり前と言えば当たり前ですが、暗殺未遂イベントを終え、マリアさんは今ラファエル様攻略に夢中です。私が先生に呼び出された理由の一つでしょう。ただ、まだ私達と一緒に昼食をとっていますからラファエル様自身にそこまでマリアさんに惹かれている様子はありません。って、事件から十日しか経ってないんですから当然ですね。正直時間の問題でしょうし……。
「二人で居る時のマリアは、純粋で優しく、素直で明るい。それでいて美しい。これ以上無いほど理想的な女だ」
まさかのノロケ?
「だから彼女の噂が信じられない。本当に彼女は複数の男を誑かすふしだらな女なのか?」
……恋は盲目って良く言ったものですね。
「ここで私が「絶対にそう」と言ったところで、先生がご自分の意見を変えられないのなら意味のないことです。ご自身が冷静になって見極めるしかありません」
下手に否定も肯定もしたくありません。オズワルドは監禁系ヤンデレですから、何がどう作用するか予測が着きませんし。
あぁ、先生から情報収集しようなんて考えないで強引に逃げれば良かった。後悔先に立たずです。
「……伯爵家を継がなくて良いのならマリアがどんな女だろうと関係ないんだ。もっともっとのめり込めるんだが……」
そっちの悩みかい! ダメだこの人。
「継承放棄なさったら如何ですか?」
「それも考えたが、マリアはどうやら私に伯爵位を継いで貰いたいらしい。男として愛する者に楽をさせてやりたい気持ちもある。悩ましい限りだ」
もう良いです。適当な理由を付けて引き上げましょう。
「終わりました。良く考えてみたら先生、この部屋にマリアさんが来――――」
「そしたらこの辞典をそこの本棚に片付けてくれ」
喋りながらも続けていた作業を終えて辞去を述べようとしたんですが……人使いが荒いですね。
頭の中で文句を言いながらも先生の机の端に置かれた辞典を受け取った私は、示された本棚の前に立ちます。
「……どこでしょう?」
同じ種類の背表紙が見付からないんですが……。
「ん? ああ、もっと上だ」
上? あ、そこ――――
「きゃっ」
――ドン――
目一杯手を伸ばしても届かない高さの棚へと本を戻すため背伸びをした私。両足の爪先に全体重がかかった瞬間前に出していた左足が突如として横滑りし、踏ん張りが効かなくなった私は床へ横倒しになりました。
「痛っ」
「おい! 大丈夫か?」
……何が起こったの?
足元へと視線を向けると、そこにあったのは端が折れ曲がった一枚の書類です。あれに体重が掛かって滑ったようですね。
「大丈夫か?」
床に倒れたまま無駄な痛みの元となった元凶を恨みがましく見ていると、モデル体型の優男が視界に入りました。いえ、どちらかと言えば元凶はこの人ですね。
「怪我はないか? ……なんだよ」
「大丈夫です。先生に呼ばれなければこんなことにはならなかったなと思いまして」
「……足元の注意が散漫なお前にも問題があると思うぞ」
喧嘩腰の私を往なすように言葉を返しながら、オズワルド先生は右手を差し出しました。
「整理を怠った先生のせいです」
素直にその手を取って立ち上がろうとした私ですが、
「きゃっ」
右足に力を入れた瞬間足首に激痛が走り先生に向かって倒れ込んでしまいました。
女の私を抱き止める程度の力はあった先生は、右手は繋いだまま左腕を私の腰に回して私の体重を支えています。横から見たら私が先生の胸に飛び込んでいるように見えるでしょうね。
「このまま椅子に座れ」
「はい」
椅子の位置を確認する為に顔を横に向けた私の視界に入って来たのは、
「レポートを持って来ましたオズワルド先生」
「今度一緒に遠乗りに行きませんか?」
ノックをせずに扉を開けた体格の良い少年と、その少年に纏わり付くように話す純白の髪の美少女でした。
「マリア?」
「先生?」
「エリミア様?」
「レオンハルト様……」
なんですか? このラブコメみたいなシチュエーションは。
「それでどうなさったのですか?」
「どうもしないわ。放置よ」
夕食後のお茶を楽しみながら今日の出来事について話していると、幼馴染兼侍女の顔は不服そうに歪んでいました。
「何でですか。レオンハルト様にはきちんと説明しなくてはダメじゃないですか」
……リヴィまでそんなこと。
「どう説明するのよ恋人でもない相手に」
「事の経緯を全て説明すれば良いだけです。足を怪我していたと」
「話す理由がないじゃない。私とレオンハルト様には縁戚という繋がりしかないのよ」
社交でダンスをするだけの相手にそんな話をする意味が解りません。
「いい加減素直になって下さいお嬢様」
「素直って……」
好きってはっきり言える程好きじゃないもん。
「まったく根性無しですね。レオンハルト様はそのあとどうなさったのですか?」
「レオンハルト様? レポート置いて直ぐに出て行ったけど……それが普通じゃない?」
敢えて言えばノックをしなかったことですが、基本的に問題なのはあとの三人でレオンハルト様は余り関係ありません。
「どこが普通なんですか。……まったく鈍いのも程々にして……」
「え? 何?」
聞こえなかったんだけど?
「なんでもありません。じゃあオズワルド様とマリアさんは?」
「マリアさんが私に「泥棒猫」とか言い出して、ひたすら無罪を主張してたら今度は先生がマリアさんに対して怒りだした。「レオンハルトと何処に行く積もりだったんだ」って。そしたらマリアさんが「あなたがこの女を誘ったんでしょう!」って先生に逆ギレして……」
それでも最後は「ごめんなさい」、「俺が悪かった」に落ち着いたんですから、マリアさんのヒロイン力たるや、ゲームのマリア以上のモノを感じます。足をくじいて動けないから見ているしか無かった私が放置されていたのは当然のこと、二人きりだったら何が始まっていたのやら……。
「じゃあマリアさんの「逆ハーレム」からオズワルド様が外れたということですか?」
「ううん。それはないわ。先生は元々マリアの噂ぐらい知ってるし、マリアは先生を手放す理由がないから」
と言うか、オズワルドの嫉妬イベントに似たようなのがあったような……。雨降って地固まる系のイベントだった筈です。ああでも、オズワルドのイベントにエリミアが出て来たとは思えませんし、リアルハプニングだったんでしょうかね? まあ全ての出来事がリアルなんですけど。
「……お嬢様は「逆ハーレム」でも良いのですか?」
そんなに気に食わない?
「レアンドラ様がそれを望んでいるの」
良い機会だら、全部話してしまいましょう。あ、でも前世は流石に説得力がありませんね。……レアンドラ様と同じ「先見の巫女姫」でも利用してみましょう。




