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#13.マリアの失態

 食堂の入り口から最も奥に位置する席に腰掛けた私達。その少し手前に佇む知的な雰囲気の公爵嗣子。どちらに向かってかは分かりませんが、純白の髪の少女は駆け足でこちらに向かって来ました。そして、


「あ! ラファエル!」


 あろうことかこの国の王太様を呼び捨てにしたのです。そんな暴挙を彼に仕えるエリート戦士達が許容する筈がありません。


「きゃっ!」


 先程まで視界の端に見切れていた近衛騎士の方が槍を差し出して、マリアさんの行く手を遮りました。


「無礼者! 王太子殿下を呼び捨てにするなど言語道断である!」

「本当に粗野で無粋な小娘だわ。おまけに不行状と来れば救いようがないわね」

「これだけで落第点ですよぉ」


 アリエル様は仕方がないとしてリリア様まで……。まあゲームのリリアもこんな感じでしたけど。


「えっと、あの~そのぉ……ごめんなさい」

「マリア。まったく仕方のないやつだな」


 マリアさんがしゅんと俯いて謝ると、近衛騎士の槍を払い除けたハイムルト様が彼女の頭を撫でました。横から見ているだけですが、先程まで黒い笑みを浮かべていたその知的な顔は今はだらしなく弛緩しています。

 ハイムルト様が“落ちている”という情報に間違いはないようですね。


「その程度の謝罪で赦されると思っているの? ラファエル様。不敬罪で処罰なされたら如何でしょうか?」


 私怨が混ざり過ぎですアリエル様。この程度で処罰していたらキリがありませんよ。


「それは過当よアリエル。一度の不敬で裁かれた例は過去に殆どないわ」

「……グレンデス様……」


 レアンドラ様が庇ってくれたのにマリアさんは何故か不服そうに顔を顰めました。ってまあ理由ははっきりしていますけど。


「でも……レアンドラ様。何故このような者を……」


 なんで弁護するんだ。と言わんばかりのアリエル様ですが、流石に分が悪いのでしょう。引き下がりました。


「この娘に私を侮辱する意図がない限り不敬罪には問えん」

「この者は殿下に駆け寄って来ました。狼藉を働こうとしたのかもしれませぬぞ」


 この近衛騎士さんは私達の話を聞いていてマリアさんに相当なマイナスイメージを持っているようですね。


「わたしそんな積もりは……」

「そうだ。マリアは純粋なだけだ。殿下が居ることに驚いてつい名前を呼んでしまっただけだろう?」

「はいそうですハイムルト様。王太子様には話し掛けることも出来ないからつい……」

「しかし私の目の前で他の男の名前を呼ぶとは、マリア、君は私を嫉妬に狂わせたいらしい」

「ああ。ごめんなさいハイムルト様」

「二度は勘弁してくれ」


 手を取り合って見つめ合う二人。甘くて優しい二人のだけの世界には誰も踏み込めはしない。しかし愛する二人の間には身分という大きな壁が。ああ、神よ。何故二人を別つのか。


 他所でやれ! マリアが他の男とも親しいことぐらい知ってるだろハイムルト!


 怒りを通り越し呆れ。食堂を満たしていた弛緩した空気を壊したのは、ブレのないこの方の一言でした。


「それで、グレイナーの嫡子様はその小娘と食堂に何をしに来たのかしら?」


 まだまだお怒りのようですねアリエル様。


「何をしに……」


 愚痴大会が長引いたせいで今日は私達が居ましたが、あと10分程で授業が始まりますから普段この時間この食堂は無人になります。そこで困ってしまうのは問題ですよハイムルト様。


「お食事に来ただけですよねハイムルト様」

「あ、ああ。他にあるわけないだろう?」


 しどろもどろもいいところです。なんか、ハイムルト様に対してどうこう言う気がなくなって来ました。知的イケメンが台無しです。


「そうだ! 皆さん一緒に食事にしませんか?」


 あ、それはダメですよマリアさん。


「マリア!」

「侮辱するのもいい加減になさい!」

「非常識も程だぞ小娘!」


 ブラーツ王国において、食事の席に同席を願うことは「貴方と私は対等だ」という意思表示が含まれます。お茶ならば問題ないのですが、目上の人を食事に誘うことは完全なる侮辱です。平民なら通用しない常識ですが、流石に不勉強が過ぎるでしょう。


「な、なんでそんなに怒るんですか? 私皆でお食事したいと思っただけなのに……」


 涙目になりながら慌てて言い訳をしているマリアさんですが、その全てが演技にしか見えません。私がそういう目で見てしまっているだけかもしれませんが……。


「今のはまずいんだマリア。食事に誘うのは――――」

「これまでは平民だと大目に見ていましたがマリアさん、貴女のしたことは全ての貴族に対する侮辱だわ」


 いつもより数段迫力のある声がハイムルト様の話を遮りました。そして、怒気を孕んだままレアンドラ様は続けます。


「ましてや貴女はラファエル様を侮辱した。この国の王太子を辱しめたのよ。魔法の才能に溺れて自分だけが特別だと思っているのかしら? どんな無礼をしても才能ある自分を咎められる者はいないと? だとしたら貴女は今すぐ貧民街の孤児院に帰るべきよ」


 一瞬ですが、マリアさんの口角が上がったように見えたのは私の気のせいではないと思います。狙い通りレアンドラ様が“釣れた”ということでしょうかね? でもそうだとしたらそれは逆ハーエンドを目指すレアンドラ様の狙い通りなわけで……。腹の中が知れたら男性陣は皆女性不信になりそうですね。


「それとも、貴女のボーイフレンドが代わりに罰を受けてくれるのかしら?」


 レアンドラ様は何故かハイムルト様に矛先を向けたようで、その漆黒の瞳の鋭い眼光は宰相の子息を射抜いています。


「マリアのしたことは確かに侮辱に当たる。だが知らなかっただけだ。平民なら仕方がないだろう」

「ここが王族と上位貴族専用の食堂ということはご存知のことと存じます。最低限のマナーすら知らない者をここに立ち入らせた責任は、ハイムルト・グレイナー様、貴方にありますわ」

「それは……」


 ハイムルト様の完敗ですね。


「しかしレアンドラ。ここは学園だ。身分は適応されない」

「それが建前であることぐらい殿下もご存知ではありませんか。罰を科すことまでは出来なくとも、侮辱されたことに変わりはありません。放置していては王国の名誉に関わりますわ。相応の処置を取って叱るべきではございませんこと?」

「……相応の処置と言うと?」


 殿下も負けてしまいましたね。


「殿下への接近禁止が妥当ではありませんか?」


 レアンドラ様! そんな寂しげな声でそんなことを言ったら殿下がレアンドラ様に落ちちゃいますよ!


「甘くありませんこと? 学園から追放すべきですわ」

「二度目の処置ならば兎も角、一度目は忠告で充分ではないかしら?」

「レアンドラ様はお優しいですねぇ」


 ……リリア様はマリアさんにどんな恨みが?


「……マリア。そなたに王族への接近禁止令を科す。話し掛けるかけることも同様だ。これを破った場合退学処分とする」


 接近禁止令って……距離は? 前例を聞いたことがないのでその辺は殿下のさじ加減なんでしょうね。


「えーと、そのぉ……」

「返事は? そんなことすら出来ないの貴女は」


 まだお怒りモードですねアリエル様。


「は、はい。分かりました」

「……それでは失礼させて頂きます殿下」


 ぴしっと気を付けをして返事したマリアさんは、辞去を申し出たあと慰めるように肩を抱いたハイムルト様に導かれて食堂を出て行きました。


 あれ? あ、これ!


 隣に腰掛けている絶世の美女を見た私。それに応じて私の方へと顔を向けた彼女は、他の同席者にバレないように小さくウィンクしました。


 やっぱり。


 ここまで来て漸く思い出しました。先程のやり取りはラファエルのイベントと殆ど同じです。このイベントでラファエルに距離を置かれ、次のイベントでは急接近フラグが立つんですよねぇ。今頃ハイムルト様から次のイベントのフラグを立てて貰っている頃でしょう。マリアも内心高笑いでしょうね。ただそれ以上に、お見事ですレアンドラ様。


 因みに次のイベントのフラグとは一緒に食堂に行った攻略キャラ(ハイムルトじゃなくてもイベントが起こる)のこんな台詞です。


「マリア(君)が二心なきことが示せれば接近禁止は解除される筈だ(よ)」

「二心なきこと? どうやって?」

「そうだな(そうだねぇ)、例えば命懸けで殿下を守ったり――――」




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