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#11.悪役令嬢と取り巻きその二

「進展が早い?」


 対面に腰掛ける絶世の美女が私の言葉をおうむ返しにしました。お付きの者も下がらせて二人きりでお茶をするのは初めてなので緊張気味の私です。


「はい。とても早いと思います」


 なにしろ、入学式からまだ二ヶ月しか経っていませんから。


「早すぎると何か支障があるのかしら?」


 やっぱりゲーム通りことが進んで欲しいのですねレアンドラ様。


「なんとも言えないかと。ただ、逆ハーエンドは普通時間との戦いなので早いのは悪くないと思います」

「時間との戦い?」

「はい。ゲームは期間が決まっていますから、複数の男性と親密にならなければならない逆ハーエンドは時間制限に悩まされることになります」


 いざ現実となると可笑しな感覚ですね。制限時間って。


「ということは、寧ろこれは良い兆候なのではなくて?」

「悪くはないとは思いますが、落とした男性同士が喧嘩になったり、冷静になって想いが冷めてしまったり、良いことばかりとは限らないかと。そもそも、私のゲームの記憶は曖昧な部分も多くてこれまで起きたことすらゲーム通りか定かではありませんので……」


 いい加減でごめんなさい。


「三人が“落ちた”というのも曖昧なの?」

「飽くまでゲームはゲームですから……。でも三人がマリアさんに群がっているのは事実ですし、少なくともマリアさんが逆ハーエンドを狙っているのは間違いないです」


 そうです。マリアさんは入学から二ヶ月で三人を攻略してしまったのです。なんて、三人それぞれと親しげにしているところを人伝に確認しただけで、直接見たわけでも本人に話を聞いたわけでもありませんけどね。まあ、三年生で公爵嗣子のハイムルト様が一年生の教室にワザワザ訪ねて行ったり、オズワルド先生が変な時間に呼び出したりしているのは事実ですし、アロイス様がマリアさんになついているのは実の姉のアリエル様に聞いたことなので間違いありません。

 マリアさんが逆ハーエンドを狙っているのはほぼ確実と言えるでしょう。レオンハルト様にも積極的に声を掛けているようですしね。


「そうね。でも『逆ハーエンド』には殿下が必要なのでしょう?」

「それはそうですが……」


 良いんですかレアンドラ様。いえ、逆ハーエンドはレアンドラ様が言い出したことですし良いに決まっていますが、この二年、お二人はずっと親しげになさっていたではありませんか。いずれ決別する気だったのなら何故もっと距離を取らなかったのですか? 夢中とまでは言いませんが、ラファエル様がレアンドラ様に好意的なのは間違いありませんし、レアンドラ様もどちらかと言えば……。少なくとも私にはそう見えますよ?


「『逆ハーエンド』になってもわたくしはちゃんと生きていけるわ。エリミアは優しいわね。心配しなくても大丈夫よ」


 え? ……あ! そっちの心配に取られてしまいましたか。って、逆ハーエンドのレアンドラがどうなるかなんて私知らないし!


「ごめんなさいレアンドラ様。私逆ハーエンドがどんな内容なのか知らないんです」

「……そうなの……」


 レアンドラ様は少し目を見開いたあと小さく呟きました。どうやら驚かせてしまったようですね。


「ごめんなさい」

「謝ることではないわ。私が勝手に知っていると思い込んでいただけだから」

「えーと、そのぉ……ゲームと現実は別物ですから何が起きても不思議ではありません。事実、ゲームではこんなに早く三人も落とすのは不可能です。だから……」


 ……なんで言い訳?


「レアラもそう言っていたから解っているわエリミア。貴女が気にしなくても良いのよ」

「でも! ……レアンドラ様……私はレアンドラ様に幸せになって貰いたいんです。逆ハーエンドでレアンドラ様は幸せなのですか?」


 逆ハーエンドのレアンドラがラファエルルートと同じ結末を迎えるのだとしたら、なにがなんでも私はそれを阻止したいです。


「大丈夫よ。わたくしは死なない」


 あ……ダメだ。急激に込み上げて来た。


「ん、くっ。ほ、ん、と、ですか?」


 なに泣いてるんだろう?


 ……え!? 


「レ、アンドラさ、ま?」


 何故だか込み上げて来た涙を押さえられずに下を向いていると、席を立ったレアンドラ様が後ろに回り込み包み込むように私を抱き締めてくれました。レアンドラ様が男性だったら私の心臓は爆音を奏でているでしょう。今でも少し奏でている気もしますけど……。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「エリミアみたいな美人を抱くことが出来るなんて役得だわ」


 頭を起こしながら礼を言うと、腕の力を抜いていつものようにピンと背筋を伸ばしたレアンドラ様は穏やかな笑みを湛えています。

 こんなに穏やかなレアンドラ様の顔は初めて見ました。……顔が赤くなった気がします。


「役得と言うなら絶世の美女に抱き締めて貰えた私の方です」

「エリミアはもっと自分に自信を持つべきだわ。貴女は美人よ。それこそマリアやヒルデよりも。わたくしには及ばないけれどね」


 自信満々ですか?


「貴女から誘いをかければマリアの誘惑からレオンハルトを守るのは簡単よ」


 え?


「レオンハルト様?」


 声が裏返っちゃった。


「ふふっ。素直な娘」


 イタズラが成功した時のような満足気な笑みを浮かべながら対面の椅子に戻ったレアンドラ様。レアンドラ様のこういうところも私は好きです。


「からかわないで下さいよぉ」

「卒業までに伴侶を見つけなければならないのでしょう? もう一年無いのよ?」


 ……そうですけどぉ。


「なんでレオンハルト様なんですか?」

「去年の入学式からパーティーで貴女が踊ったのはレオンハルトだけでしょう?」


 それはまあ……事実ですけど……。


「他の方に誘われてないだけです」

「断る貴女を何度見たか分からないわ。この前の舞踏会でも四人も断ったのでしょう? アリエルが話してくれたわ」


 それは先日クロフォード邸で開かれた舞踏会のことです。アリエル様に招かれて珍しく舞踏会に出席した私は、レアンドラ様が居なくなったホールで四人の男性に立て続けてダンスに誘われました。踊ること自体は別に構わなかったのですが、最初に誘いに来た騎士らしき青年がイケメンだった影響で、結果全員の誘いを断ることになってしまったのです。「疲れている」なんて言い訳は使うべきではありませんね。

 因みにレアンドラ様は、数人とダンスしただけでラファエル様と一緒に帰りました。一緒に来た人と一緒に帰るのは習慣的に行われていることですし、王家主催のパーティー以外での王族は早めに引き上げるが一般的です。でも、帰るのは学園寮ですから私達と一緒で良いわけですし、そもそもラファエル様の馬車に同席する必要がありません。レアンドラ様は余りパーティーが好きではないのでしょうか?


「たぶんあれは私と踊れた人が勝ちの賭でもなさっていたのです。そうでなかったらあんなに立て続けに誘われる筈がありません」

「そうかしらねぇ」

「そうに決まってます」


 その目はまだ疑ってますね? 間違いありませんよ。少なくとも四人中二、三人はそうでなかったら説明が付きません。


「何れにしても、貴女がレオンハルトを特別扱いしていることに違いはないわ」


 え? ……そんなことないもん……。


「あ! 逆ハーエンドにはレオンハルトが入るんじゃ……」


 入らないんですか?


「レオンハルト? ……入らない筈よ」

「そうなんですか?」


 もっと沢山攻略出来るのなら兎も角、五人しか居ないのに一人外れるのですか? 三角関係エンドとか、特殊な立場のキャラを除くとか、そういう逆ハーはあったけど、レオンハルトは普通のキャラだし……。


「わたくしのことは気にしないで貴女のことを考えなさいエリミア。ハゲブタ親父は嫌なのでしょう?」

「嫌ですけど流石に口が悪いですよレアンドラ様。アリエル様の真似はしないで下さい」


 似合わないですから。


「わたくしにはどうすることも出来ないけれど、貴女に嫌な想いはして欲しくないの。アリエルもリリアもそう思っているわ」

「はい。ありがとうございます。でも私よりレアンドラ様の方が大変です。もしマリアがラファエル様を選んだりしたら……」

「その時はその時よ。人は皆遅かれ早かれそうなる宿命を背負って生きているのだから」


 確かにそうですけど、


「早過ぎます」


 18歳なんて納得出来ません。


「長く生きていれば理不尽を強いられている場面に遭遇することは少なくないわ。残念ながら貴女にその全てを止める力は無い。それでも生きていかなければならないの。負けないでエリミア」


 貴女はお幾つなのですかレアンドラ様。精神的にはだいぶ歳上の筈なのに……。


「そのためにもいいひとを見付けなくてはね」

「……レアンドラ様もです」


 うぅ。また涙が出て来そうです。


「わたくしにはもう心に決めた人が居るから大丈夫よ」


 え?


「ラファエル様ですか?」


 口調から言って違うような気がするのですが……?


「さあ、どうかしらね」

「ラファエル様がレアンドラ様を好きなのは間違いないと思いますよ」

「ああ見えて殿下も政略は政略と割り切って考えていると思うわ。わたくしに興味が無くなればそれまででしょうね」


 殿下“も”って……二人きりでなかったらかなりの問題発言ですよレアンドラ様。


「そんなことを言ってしまって良いのですか?」

「言った筈よ。わたくしの望みは『逆ハーエンド』。ラファエル様にはマリアと幸せになって貰わなければ困るの」

「本気なんですね」


 それはとてもとてもリスクの高い選択。どんな見返りがあるのか私は知らない。


「ええ。本気よ」


 その後もゲームの話はしましたが、レアンドラ様が何故逆ハーエンドを望んでいるのか、肝心の部分ははぐらかされ、無理やり作った二人きりのお茶の時間は終わりを訃げてしまいました。ハッキリしたのは、逆ハーエンドでレアンドラ様が死なないということだけです。没落も、国外追放も、投獄も可能性は充分残っています。


 本当に良いのですか、レアンドラ様。







 翌日。私は長兄に呼び出されてこう言われました。


「二人で会うなど言語道断だ。次があったらロウメイヤーに嫁がせる」






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