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#10.オープニングイベント

 扇形の広々とした舞台から放射状に階段が伸び、何段にも並ぶ椅子には全校生徒が悠々と腰掛けられる大きなホール。ダンスホール、舞踏会館とは別に造られたその立派なホールの大扉が開き、直後にその声が響きました。


「ごめんなさい」


 まったくもって場違いなその謝罪に反応し周りの同級生達と同じように大扉へと視線を向けると、


「あれが……」


 後ろから私にだけ聞こえる小さな声が聞こえて来ました。その声に誘われるように振り向くと、そこに在ったのは隣に腰掛けたレアンドラ様の確認するような瞳です。そして、彼女の唇が「ヒロイン」と音無く動きます。


「はい」


 小声で返事をするとレアンドラ様が小さく首を縦に振り、私は再び大扉へと視線を向けます。

 ざわめき始めたホールの入口で困ったように立ち尽くしている彼女は、立ち絵やスチルで見たままの美少女です。やっぱりヒロインですね。ただ立っているだけでもキラキラしたエフェクトが透けて見えます。


「レアラの言っていた通りだわ」


 レアラ……ゲームの記憶があるって言っていたレアンドラ様のお祖母様の侍女の名前ですか? って、名前なんてどうでも良いですね。今大事なのはヒロインです。


 ゲームのシナリオ通り現れたヒロインですが、それにしてもタイミングが悪いです。

 謝りながらも溌剌としたその高い声が響いたのは、式典開始直前の独特の緊張感ある沈黙の最中でした。つい数秒前までは潜めながらも話す声が沢山あってそれなりにガヤガヤしていたのに……。ああでも、私ならこんなに目立つのは御免被りたいですが彼女が嫌がるとは限りませんよね。ゲームの知識が有るとしたら狙い通りかもしれませんし。


「何かしらあの子?」

「白い髪なんて珍しいですねぇ」

「そんなことより、遅刻したならしたで慎ましく忍んで入って来るべきだわ。それとも目立ちたくて遅れて来たのかしら?」


 集まった在校生と新入生の殆どがアリエル様やリリア様と同じように疑問や不快感を露にし、先程の沈黙が嘘のようにホール全体が騒然とし始めます。


「それよりぃ、なんで制服なんでしょうかぁ?」

「遠貴族でもない、普通の平民なのではなくて?」

「養子ではないということですかぁ?」


 遠貴族でもない、詰まり貴族の縁戚でもない平民が魔法の才能を見出だされて学園に入学する場合、入学前に何処かしらの貴族の養子になっていることが殆どなのです。リリア様が疑問に思うのも無理はありません。


「去年の秋の終わり頃、平民で戦術級魔法を使える女の子が見付かったとか話題になっていましたよね? その方ではないでしょうか?」


 戦術級魔法と言っても、範囲治療魔法のことですけどね。

 去年の秋、爆発事故に遭遇したマリアはその場に居た怪我人全員を同時に治療しました。それで才能を認められた彼女は、派閥の衝突を避けるために平民のまま魔法学園に入学する運びとなりました。というのがゲームの設定で、現実もほぼ変わらなかったようですね。


「そう言えばそんなこともあったわね。でも平民がそんな魔法を使ったなんて本当なのかしら?」


 ブラーツ王国には魔法の才能のある者に爵位を与えて来た歴史がありますから、平民で魔法が使えること自体が稀です。加えて、範囲治療魔法の使い手は一つの時代に一人居るか居ないかの希少な人材です。それが平民から出たと言われても信じられないのは仕方ありません。


「戦術級魔法を使えるのが事実なら、落胤と考えるのが自然ね。上位の貴族や王族の――――」


 アリエル様の疑問に答えたレアンドラ様の声を遮ったのは、


「身の程を弁えなさい! わたくしを誰だと思ってるの!」


 THE・悪役令嬢な台詞でした。

 ホール全体に響いたそのヒステリックなその声の主は舞台近くまで下りていたヒロインと対峙しています。私達からは距離がありますから最初の声以外は聞こえませんが、言い争い、いえ、ヒロインが一方的に罵られているようです。オープニングのシナリオ通りのようですね。

 それにしても……赤いドレスに茶色の髪の縦ロール。外見も見事に悪役令嬢です。隣に座ろうとしたヒロインの言葉遣いに腹を立てた彼女の名は、フランカ・ミューラー。ビミョーな名前のその伯爵令嬢は、ハイムルト様の婚約者で悪役令嬢その二です。ただ、ハイムルトルートには妹ヒルデというお邪魔キャラが居るので完全に脇役でしたけど。


「アロイス? お節介な子ね。平民の子なんて放って置けば良いのに」


 15歳の男子としてはやや小柄で細身の美少年がヒロインとフランカ様の間に入り、まあまあとフランカ様を宥めようとしている様子が見て取れます。


「アロイス様はお優しい方ですから」


 五番目に登場する攻略対象者アロイス・クロフォードは、優しいと言うより人懐っこい依存症キャラでしたけど。


「弟君は相変わらず美少年ですねぇ」


 乙女ゲームの攻略対象者ですからね。美形なのは当然です。弟属性で人懐っこいキャラはマリア関係なしに好きに成れませんけど。

 因みに私は、無口で女の子の扱いに慣れてない男性が不器用に優しく振る舞う様が大好きです。ただ、大抵そういうキャラは筋肉質で男らしい顔立ちなので、クールスマートな顔が好みの私にどストライクのキャラはなかなかいません。


「あら? リリアはあの子が好みなの?」

「アロイス様の明るい笑顔はとでも素敵だけれどぉ、私はレアンドラ様のような凛々しくて美しい方が好きですぅ」


 リリア様。その発言はアウトでは?


「レアンドラ様って……殿方の話よ?」

「私にはレアンドラ様が一番ですわぁ」


 アウト!


「リリアの趣向は兎も角、アリエルの弟は平民の娘が好みのようよ」


 ゲームのオープニング通りフランカ様を宥めたアロイス様は、ヒロインを手を引いて椅子に座らせ自分もその横に座りました。二人はそのまま顔を向かい合わせてお喋りを始めたようです。


「……知り合いだったのかしら?」

「侯爵家の嫡子が平民と? 難しいのではなくて?」

「随分と親しいように見えますわ。肩に手を置いたりして馴れ馴れしい。身分の違いが解っていないのかしら?」


 私、エリミアはレアンドラ様のおまけのようなキャラでしたが、アリエルはヒロインが(アロイス)に近付く度に言い掛かりを付けて邪魔をするキャラでした。レアンドラ程陰湿ではありませんが、邪魔くさいアリエルにイラッとしたのは良く覚えています。今の言葉を聞く限り、現実のアリエル様にも同じ傾向があるようですね。とは言うものの、全く人間性の異なるレアンドラ様の影響なのかアリエル様の言動はゲーム程極端ではありませんけど。


 それにしても……あざといですね。


 肩や膝に手を置く。上目遣いで見詰める。ニッコリ笑い掛る。アロイス様に対してしてそんな仕草を繰り返す彼女は、女性に嫌われる女性の典型、“男に媚びを売る女”のようです。

 いえ、オタクだった私にとっては苦手なタイプであって嫌いなタイプではありませんでしたね。“ターゲット”に対して同性の友達が居ることアピールする為に利用された覚えはありますが、基本的に地味な私達には近付いて来ないので嫌いになる程では無かったと思います。まあ利用された時は腹を立てましたが、それに文句を言う方が馬鹿馬鹿しいと言うか……。


「……なんなのあの子? アロイスの身体にベタベタ触れたりして娼婦じゃないのだから」

「そうね。不適切だわ。学園の生徒の大半が貴族や遠貴族ということも知らないのかしら?」


 レアンドラ様がアリエル様を煽った?


「まだ平民かどうかは判りませんよぉ」

「貴族だとしたら余計に問題よ。お家での指導をお願いしなくてはならなくなるわ」


 レアンドラ様はいつも諭すように話すのに……もしかして、逆ハーエンドへ向けて動き出したということですか?


「謹慎になりますの? 侯爵家の嫡子がそんな子と交流していたなんて知れたら大変だわ。アロイスには近付かないよう言っておかないと」


 アリエル様が近日中の目標を口にしたのとほぼ同時に、アロイス様との会話が途切れたのか彼女は周りを見渡し始めました。ゆっくりと視線を巡らすその姿は、好奇心で周囲が気になっているわけではなく、誰かを探しているような素振りに見えます。そんな姿も可愛らしく見えるのはヒロイン補整ではありませんよね?


 あ、目が合った。


 と思ったら逸らされました。睨んではいなかったと思いますが……。ゲームの知識があるとしたら私達が居るか居ないか確認したいのは当然ですけど、そういうことでしょうか?


 どちらにしても、“攻略”が始まっているのは間違い無さそうです。



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