寵愛
「どうぞ」
煌は自分の部屋の扉を開き霧を中へ招き入れた。
「顔、僕の……血がついてる、早く洗った方がいい、そこがバスルーム、間違っても流したとき口にいれないでね」
煌は蝶ネクタイを外しジャケットを脱ぎ捨てて、ベッドに腰かける。
「……」
霧は返事を返さないまま煌に近づくと懐から小型の銃を取り出した。
鋭く冷たい眼差しで見下ろし、銃を煌に向ける。
「お前が殺したいのは僕じゃない」
特に怯える様子もなく、銃に手を伸ばし、なぞるように触れた。
「朱鷺」
「っ……どうして」
「お前の眼や反応で、正直すぎる」
真っ直ぐに霧を見つめ、銃口をなぞりながら意地の悪い笑みを浮かべた。
「あの場で、お前は朱鷺を殺せなかった、絶対に」
「何を根拠に……」
「正直すぎるから、お前の殺意に気づいたのが僕だけだと思う?」
なぞる手を止め銃を掴むと自分の額へ銃口をつける。
「銃を構えようとした瞬間に死んでたよ」
「っ!!」
「でも今、引き鉄をひけば確実に僕を殺すことは出来る」
霧の指が引き鉄へとかかる手は震えていた。
煌は意地の悪い笑みを浮かべたまま銃から手を離す。
「……このぐらい確実じゃなきゃ、殺やる前に殺やられるよ?」
「っ、くそっ!!」
霧は撃つことが出来ず銃が床へと落ち転がった。
「おいで、霧」
煌は霧の手を軽くひきベッドの上に座らせる。
「……」
「……」
しばらくはどちらとも声を出さずにいた。
「私の……父は六年前、貴方の姉から寵愛を受けました」
煌は相づちもせず、ただ黙って霧の声に耳を傾ける。
「その日、父が母を……殺したんです」
怒りか、悲しみのせいか霧の声は震えていた。
「父は息子の私が恥ずかしくなるほど母を大切だ、愛してると、それなのに父さんは……っ」
「そう、今日、僕は誰も選ぶつもりなかった」
煌は一言だけ呟くと霧の肩に頭を乗せ寄りかかった。
霧に寄りかかりながら指の傷口をなぞる。
「でもね、霧はあの場にいた誰とも違ってて」
「それは……」
「朱鷺を殺そうとしてる、とかじゃなくて」
「?」
「僕になんて興味ないって感じ、あの場にいた奴らと霧の違い」
イタズラを思いついた子供みたいに楽しそうに煌は笑っていた。
「僕のこと何も知らないのに選ぶとか、選んでほしいとか気持ち悪いでしょ?、僕、一目惚れとか信じられないんだよね」
「意味がよく、わかりませんが……」
「そっか、んー」
煌は考えながらベッドに横になった。
「霧のことは気にいったけど、まだ好きとか大切じゃなくて……気になるっというか……沢山、話したり過ごしたりしたら変わるかもしれないって思った」
横になったまま煌は霧の服の裾を引っ張り、二人は並んでベッドに沈んだ。
「……なんとなくですが、理解しました」
「そっか」
煌は霧の上に乗って妖しく笑い見下ろした。
「あの………重いです」
「くく、やっぱり霧は他の奴とは違う、僕、今結構、霧のこと好きになったよ」
煌を見上げながら霧は眉をひそめる。
煌は人差し指で霧の眉間を押した。
「痛、やめ」
「んー、片思いってこんな感じ?」
「はぁ、何を言って」
「ぷっ、くく、面白い」
「……とりあえず重いので降りてください」
「えー、やだ~」
霧が呆れたように、ため息をつき、煌は足をばたつかせた。
「だから降りてくださ」
「嫌、ねぇ……霧」
こんなふうに誰かと過ごすなんて久しぶり、そんなことを思いながら煌は霧の体温の感じていた。
「?」
「僕も霧に好きになってもらいたいな」
「そう……ですか」
「かわい」
「なっ!?」
素っ気なく答えるものの頬が少し赤くなっている。
からかわれる顔が、ますます赤くなった。
「はは、でも好きになってほしいからって血、飲ませないから安心してよ」
煌は霧の唇を、チョンとつついた。
「っ、バスルーム借りますから降りてください」
霧は煌に焦りながらも無理に、どかそうとはしなかった。
「……しょうがないなぁ」
頬を膨らませて霧の上から降りる。
「今日は遅いし、霧の部屋は明日、用意させるね」
「え、部屋って……」
驚いた様子の霧を無視して煌は話を進めた。
「とりあえず今日は疲れたし僕、先に寝る」
ベッド、大きいし二人で寝れるよと言いながら眠たそうに目をこする。
「おやすみ、霧」
「あ、あの……はぁ」
煌はすぐに寝息をたて始めてしまったので、霧は諦めバスルームに向かった。