土地域 恋慕
「どうして、お父様、煌様は……どうして私を見てくださらないの……あんなっ」
「ふ、二葉」
「私の方が煌様を昔から、それなのに悍ましい鬼ばかり目をかけて……」
父の志郎の前で二葉が泣き崩れた。
二葉の泣き崩れた原因は数時間前の煌の屋敷に遡る。
「いらっしゃいませ」
煌が志郎の屋敷に出向いた数日後、招きに従って二葉と雨音は煌の屋敷へ訪れていた。
二人は霧に客間へ通され緊張した様子で腰かける。
「今、煌様を呼んで参りますので、お待ち下さい」
霧がお茶を用意し退室すると、二人は緊張を解いた。
「……あの人のお母様って鬼なのよね?」
「……あぁ、それに父親が朱鷺様の寵愛を受けてる」
「親子で……っ、それにしても雨音、貴方……この頃、様子が変だけれど何かあったの?」
雨音の表情は暗く二葉は気づかうような眼差しで、その横顔を見つめる。
二人の関係は姉弟、兄妹の家族というよりかは話が合う友達というような関係だった。
「せっかく煌様のお屋敷に呼ばれたのに」
「君はやっぱり……何も志郎様から聞いてないんだね」
さらに雨音の表情が曇ったとき、ノックとともに扉が開いた。
「煌様……ッ!?」
「……」
煌が現れ雨音と二葉は立ち上がり、会釈した。
煌の後ろに霧と千歳、雀、最後に白雪の姿を見つけると二葉の顔が強張る。
「来てくれて嬉しいよ」
「……あの……」
「二人とも霧以外とは初対面だよね」
強張ったままの表情で頷くと煌が順に紹介していく。
「この子が、あの時に話した子、白雪だよ、こっちにおいで」
「!!」
「っ」
白雪は、こちらを見つめる二葉と雨音に一瞥すると煌に近寄った。
「この二人は雨音と二葉、昔からの知り合いなんだ」
「よ、よろしくお願いします……白雪さん」
煌の横に立った白雪に二葉は、ぎこじなく微笑む。
「……煌様」
「っ」
「なっ」
すると白雪が煌の腕をひき耳元に口を寄せ何か呟く。
「ふふっ、あぁ……そうだよ、よくわかったね」
こんなに楽しそうに笑う煌の表情を二葉と雨音は見たことがなかった。
白雪の行動に驚きつつも煌の表情に、二人は見入る。
「……煌様」
「ん?……あぁ、こっちにおいで、霧」
寂しげに自分を呼んだ霧を煌は手招きした。
煌は傍に寄った霧の腕を掴み屈ませ耳元に口を寄せ呟く。
「白雪が、あの女が志郎の娘かって聞くから、大丈夫……お前を仲間はずれになんてしないよ」
二葉と雨音には煌の口が動くのは見えるが声は聞こえてこない。
煌は優しげに笑い口を離すと屈んだままの霧の頬に口づけた。
「ずるいぞ、霧」
「うるさいです、白雪」
白雪が見上げ、霧は見下ろし二人は睨み合う。
二葉と雨音は悲しげに目を反らした。
「ケンカしたら僕が悲しくなるからダメだよ?、二人とも」
煌は白雪の頬にも口付けし、二人の頭を撫でる。
「なんて可愛らしいのかしら、ねぇ、千歳様」
「そうだね……雀、でも」
「?、あぁ、せっかく入らしたのに、お可哀想」
「やれやれ、煌様は霧と白雪のことになると……」
千歳と雀が気遣わしげに雨音と二葉を見下ろす。
その声と視線に気づいた二人は羞恥に頬を染めた。
「煌様、お二人が待ってますよー」
「あ、ごめんね……二葉、雨音、二人が可愛くて」
千歳に声をかけられ煌は苦笑しながら雨音と二葉に視線を向ける。
首を振り、見返した煌の表情は白雪達を見る眼とは違っていて二葉と雨音は顔を伏せ唇を噛む。
「今日はね、霧と白雪の宴で着る衣装を一緒に選んでほしいんだ」
そして衝立が用意され、使用人たちが様々なドレスやスーツを運び始める。
「んー、やっぱり黒かな?」
「赤も素敵でしたよ」
「私は青がいいと思うんだけどなぁ」
「次はどれに……」
何着か着たところで、既に霧と白雪はうんざりとした表情をしていた。
煌と千歳、雀は沢山並んだ衣装を真剣に選んでいる。
「どうぞ」
霧は白雪、二葉と雨音の分の紅茶を入れ、テーブルの上に置いた。
「霧、お菓子は?」
「服が汚れます、今はこれで我慢なさい……私も食べたいですけどね」
「わかった」
霧は自分と白雪の紅茶に蜂蜜を入れる。
「退屈でしょう?」
「え、いぇ……」
「……気になさらないでください」
霧に目線を合わせず、二葉と雨音は答えた。
「私が煌様に……お伝えしますからお帰りになられてもいいですよ」
「……そんなこと」
「僕たちは煌様の招かれていますから……そんな失礼な真似」
「白雪と霧が言ったら煌様は怒らない」
「そうです、ご安心下さい、私達は煌様の寵愛を受けていますから咎めを受けることはございません」
「私達って……」
思わず二葉は霧と白雪の顔を呆然と交互に見つめる。
「お父上と雨音さんから聞いていませんでしたか?……煌様からは先日、お伝えになったと聞いておりましたが」
「……本当なの、雨音?」
「……志郎様が言わないなら僕からいうことじゃない、そうだろう?、二葉」
「っ」
その時、雨音の様子がおかしかった原因に気づく。
友達のように仲が良くなったわけ、想いを寄せた人が同じ、それがきっかけで話をするようになった。
二人の会話が盛り上がるのは煌の話題で幼い頃も今も自分達が、寵愛と話し望んでいたのだ。
「白雪が教えてやる」
「何を……」
「霧と白雪は選ばれた」
真っ赤な熟れた林檎のようなドレスを着た白雪が二葉の前に立ち笑う。
「煌様は言っていたぞ、お前ら親子のことが大嫌い」
「っ、嘘」
「嘘じゃない、昨夜、一緒に寝るとき言っていた……霧も聞いていたぞ」
「白雪、その方は信じたくないだけなんですよ」
白雪の隣に夜明けのような群青色のタキシードを着た霧が立ち雨音を見ながら笑った。
「そうか、でもお前の父親のように白雪は……煌様に嘘をつかない」
「何を……」
「お二人はご存じですか?、煌様は嘘つきが大嫌いなんです」
「……」
白雪と二葉、霧と雨音が睨み合う。
「アンタ達より……煌様のことは幼い頃から知ってる」
「そうよ、今日だって私たちをお呼びになって……鬼が物珍しいから煌様は……」
二人の物言いはまるで負け惜しみだった。
「それは私達が煌様に、あなた方を呼んで頂くよう頼んだからですよ」
「な、どうして」
「お前の父親が、煌様にお前達を選んでほしいって、つきまとうから」
「あなた方に解らせて差し上げようと思いまして」
「煌様は絶対に、お前らを選ばない」
霧と白雪は勝ち誇ったかのように笑う。
「霧、白雪……次はコレ、着てー」
霧と白雪の衣装合わせが再開された。
その後、霧か白雪がいったのか、二人は千歳に声をかけられ煌の屋敷を出て現在に至る。
「あれから煌様は一度も私たちを見ては下さらなかったっ」
「あぁ、二葉、そんなに目を擦っては……」
「煌様、煌様……私は」
泣き崩れる愛娘を志郎は抱き締めた。
「二葉、安心しなさい、煌様はお前を選ぶ」
「ほんとう?」
「本当だ、お父様が二葉に嘘をついたことがあるか」
二葉は瞳から涙を溢れされ首を振った。




