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土地域 拒絶

「遊びに来たのは本当なんだけど……それだけじゃないんだ」


足を組み楽しげに笑みながら煌は二葉と雨音、志郎の顔を順に見ていく。


「実はね、宴を開こうと思っていて志郎に相談に来たんだよ」

「あ、あの……やっぱり、煌様はお父様を必要とされて下さっているのですね!!」


「え?……ふっ、くく」


二葉が瞳を輝かせ誇らしげに父、志郎を見上げると煌は笑いをこらえるように黒革の手袋をした手で口を覆い隠した。


「え、あの私、何か」


煌が自分を笑っているのが気恥ずかしく誇らしげに見上げていた二葉の瞳が困惑に変わっていく。


「あぁ、ごめんね……二葉はお父様を慕っているんだね、志郎、よかったじゃないか」


口を隠していた手をどけ、煌は頬杖をつくと志郎を見据える。

志郎は、すがるように見上げる娘に気づかず自分を見据える煌から目を反らせずにいた。


「二葉、昨日は志郎が主催した宴があったようだけれど君も参加したの?」


「……え」

「!?」

「っ」


首を傾げる二葉とは違い、志郎と雨音の表情が強ばったのを煌は見過ごさなかった。


「き、煌様……なにかの間違いでは私は」

「あれ、昨日じゃなかったのかなぁ……ねぇ、雨音は参加したことがあるのかい?」


「!!……ぁ、僕は」


頬杖をついて志郎を見ていた煌の瞳が雨音へと移る。

見つめ問われた雨音は頬を染め、狼狽えた様子で煌の瞳を見返した。


「……どうした、雨音、僕の問いに答えられないのか?」


不機嫌そうな煌の声音に、その場が凍りつく。


「き、煌様……私は昨夜、宴など催しておりません……ですから雨音も答えられないのでしょう」

「それは悪かった、許してくれ、雨音」


昨夜ね……煌は雨音に向かって微笑んだ。


「おかしいなぁ……実は志郎、お前の宴に出た女の子と昨日、知り合ったんだ」

「っ、煌様……それは」

「霧と同じように美しい眼をしていてね、その子と霧の為に宴を催したいと思っている」


不機嫌そうだった煌の声音が優しげなものにかわり、凍りついた雰囲気が柔らかいものに変わっていく。


「煌様が、そんなに……お褒めになるなんて随分と、お美しい方なのでしょうね」

「……僕も、ぜひ、お会いしてみたいです」

「あぁ、二葉と雨音も気に入ると思うよ、その子は人見知りでね、それで相談なんだけど」


悲しげに瞳は揺れ、二葉と雨音の発せられた声と言葉に羨望と妬みが混じる。


「屋敷に来て遊び相手になってほしい、霧よりも僕たちと歳が近いようだし仲良くしてくれないか?」


煌は先程と同じように二葉と雨音に視線を送り、志郎を見据えた。


「志郎、二人を借りてもいいだろう?」

「……もちろんです、煌様」


目を反らしつつ、志郎は頷き用意されていた紅茶で渇いた喉を潤す。


「あぁ、よかった……志郎も了承してくれたし、二人もいい?」


二葉と雨音も頷き、煌は微笑んだ。


「そうだ、久しぶりに、二葉……君の演奏が聞きたいな、出会ったばかりの頃、よく聞かせてくれただろう?」

「ぁ、はい」

「ゆっくり用意しておいで、二人と宴の話をしているからね」


悲しげに揺れていた二葉の瞳の揺らぎは消え、口元を綻ばせ席を立った。


「二葉は、お前の遊びを知らないらしいな、志郎」


煌は意地の悪い笑みを浮かべ、首を傾げる。


「水地域から積み荷が増えた……その荷はお前の玩具か、答えろ、志郎」

「……」


「答えられないか、では雨音、志郎の趣味の悪い遊びに混ざっているのか?」

「僕は、違っ、違います……煌様、誤解しないでくだ」


泣きそうな顔で雨音は席を立つと煌に近寄り、へたり込んだ。


「煌様、本当です、僕は」

「五月蝿い」


へたり込んだ雨音を煌は冷たい眼差しで黙れと一瞥しジャケットの下に持っていた、鞘に収められたナイフを取り出した。


「見覚えがあるだろ」


鞘を引き抜き、志郎と雨音に見せる。

その大きなナイフは白雪が持っていたものだった。


「っ、やはり、あの鬼は煌様の屋敷に……煌様、申し訳ありません、実は妹に捕らえた鬼の処理を」

「処理ね……まぁいい、お前らの性癖に口を出すつもりはない、そのお陰で白雪に会えた」

「!!」


「志郎、宴の話は本当だ」


煌はテーブルの上に、ナイフを投げる。

ナイフが当たり紅茶のカップや皿が割れ倒れて、テーブルの上を濡らす。


「宴は霧と白雪の為に催す、土地域上流階級地区(ここ)の貴族は全て呼ぶ、この意味がわかるか」


煌は見せつけるように黒革の手袋の中指の先を噛み、ゆっくりと引き抜く、その仕草は艶めかしく、その場の誰をも魅了している。


露になった手には包帯が巻かれ掌を覆っている部分には血が滲んでいた。


「まさか、煌様、おの鬼に寵愛を」

「う、そだ」


血が滲んだ掌を呆然と見つめる志郎と目を反らし俯き雨音が呟く。


「……はっきり言ってやろう、僕は二葉を選ばない、雨音、お前もだ」

「っ、煌様!!」

「ぁ」


志郎は立ち上がり雨音と同じように煌に近寄ると膝をついた。

俯いた雨音の瞳から雫が溢れ床に落ちる。


「二葉は貴方と初めて会った日から、貴方をお慕いして娘は……とても良い子です、煌様の役にきっと!!」

「そ、んな……どうして、煌様、僕は雷音と同じ顔なのに僕の方が煌様を……」


すがり付くように二葉と志郎が組んだ煌の足に手を伸ばす。


「触るな」


伸ばされた二人の手が煌に触れる間際で止まる。


「雨音、兄と両親を手にかけるほど僕に選ばれたかったか、志郎……どう言って雨音を誑かした?」


二人は見上げると煌の冷たく身震いする瞳が見下ろしていた。

その瞳から感じた強い殺意に雨音と志郎は息を呑む。


「な、なんのことでしょう、煌様」

「そう言うとおもったよ」


煌は表情が和らげ、立ち上がった。


「あの、煌様……」

「志郎」


煌は膝をついたままの志郎に顔を近づけ見下ろす。


「お前の部下は戻ってこないよ、僕の屋敷に忍び込ませるなんてバカだね」

「っ」

「そろそろ、片付いているはずだろうし帰るよ……二葉の演奏に興味もないから」


近づけた顔を離すと、手袋を嵌め煌は二人に背を向け使用人から、コートを受け取り羽織る。


「あぁ、宴にはちゃんと参加しろ」


背を向けたまま顔だけ振り返ると一瞥し、志郎の屋敷を後にした。

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