土地域 月明かりの侵入者
時を忘れるほど煌は霧とのチェスを楽しんだ。
勝敗は五分五分、食後には千歳と雀を誘い四人で対戦してみると意外にも一番、強かったのは雀だった。
「止んでる……良かった」
自室に戻った煌が窓に近づき、闇色の空を見上げると雪は止み雲が流れ、星と蒼白い満月が雲の隙間から見えた。
「なにも被害が出ないといいけど」
雪は好きだけど、こういったところは厄介だなと思いながら視線を下へ向けた。
煌の部屋からは屋敷の庭と上流階級地区が見渡せる。
「!!」
庭に一瞬、人影が見えて窓を開け目を凝らした。
まさか霧達に危害を……嫌な考えが過り煌は白いマフラーだけを掴み走り出す。
そのまま屋敷の外へ出ると吐く息は白く冷気が身体に刺さり痛みを感じ、マフラーを首に巻いた。
一瞬だった……でも見間違いなんかじゃない、煌の瞳に殺意が宿る。
「……これは」
澄んだ空気の中に鉄錆びに似た匂いが混じっているのに気づき、今朝の罪人の血かと考えを巡らせた。
しかし、あれから大分経ち雪が降り積もっている、その考え消し進むと雲が去り青白い月光が庭を照らし出していく。
警戒しつつ地面を見渡す。
雪の上に真新しい血痕と走ったような足跡がある。
それを辿ると屋敷の裏手まで続いていた。
雲間の月明かりが徐々に照らし、最初に銀色の剣先が見える。
剣先に気取られていると雲が完全に晴れていき、大きなナイフが向けられているのに気づいた。
青白い月光の侵入者は大きな瞳と無造作に伸びた髪は漆黒、鬼の少女だった。
彼女は煌より少し背が高く年上にみえる。
ボロボロで汚れた恐らく白い色だったワンピースに素足で、ナイフを持たない片方の腕からは血が流れていた。
「……大丈夫?、おいで、手当てしよう」
手を差し出すと少女が後ろに一歩、下がる。
まるで猫が警戒心を露にしたような少女の反応は煌の思ったとおりだ。
「僕は君を傷つけない、ほら、ね」
鬼の少女が何故、上流階級地区にいるのか確かめなければならない、そして彼女をここで離すのは得策じゃない……煌はナイフの刃を掴んだ。
「痛い」
痛みというよりも自分の血が流れ出る感覚に煌は眉を細めた。
「……当たり前」
「君の方が重傷、僕より痛そう」
煌の行動で少なからず動揺したのか、少女のナイフを掴んだ手が緩む。
「早く血を止めた方がいい、これ……あげるよ、代わりに、こっちを貰おうかな」
そっと近づき巻いていたマフラーを差し出し、ナイフを引き寄せる。
「なぜ」
「だって血を止めなきゃ」
「違う、なぜ……よこす、なぜ、捕まえない」
戸惑った様子で見つめる黒い瞳に煌は微笑んだ。
「ほら……腕、伸ばして」
「……」
「ありがとう」
「!!」
「僕の血が付かないようにするから、そっち、引っ張って」
「?、わかった……っ」
止血の為、強く腕に巻いた白いマフラーが赤く濡れていく。
「深いみたいだ、ちゃんと手当てしないとね」
少女は、また自分に微笑む煌から目を反らした。
「別に……いい」
「良くないの、ほら、行こう」
煌は少女に顔を近づけて言い聞かせる。
少女の返事も聞かず、そっと手を引いた。
「おい!!、見つかっ」
「バカやろ!!、声、でけぇよっ!!」
煌が少女の手を引き屋敷の扉へ向かう途中、焦った様子の声が聞こえてきた。
「っ」
少女の身体が強張ったのが煌の手に伝わる。
「静かにしろ、ここ、煌様の屋敷だぞ!!」
「……」
煌は少女に振り返ると自分の唇に人差し指を立てた。
「ぁ……そ、そうか、ごめんって、お前の方が声でけぇよ!!」
「くっ、まさか煌様の屋敷の中に……」
物陰に隠れながら声の主に目を凝らすと使用人風の男が二人いるのが見える。
「っ、もう嫌だ…………見つからなかったら俺達、志郎様に殺され」
「や、やめてくれよ、しゃれになんねぇよ」
「!!」
男の一人が青い顔でうずくまった、その時、煌の屋敷の扉が勢いよく開く。
「ぁ、霧」
「……」
屋敷の中から現れたのは霧、その姿を見た煌は小さく呟き嬉しそうに微笑んだのに少女は気づいた。
「や、やべぇ、行くぞ」
突然、現れた霧に男達は逃げるように走り出す。
「っ、待て!!」
霧が静止しながら、ホルスターから銃を抜き構え安全装置を外した。
「……止まれ」
殺気に満ちた声、男達の背を見据える。
「っ」
「止まらなければ撃つ」
「ひっ!!」
男は走りながら振り向く。
鋭い眼差しと向けられた銃口に男は悲鳴を漏らす。
その恐怖を打ち消すように前をむき走るスピードをあげた。
「霧」
「!!」
「……撃たなくていい」
煌の声が聞こえ霧は追いかけようとした足を止め、銃をホルスターへとしまう。
煌の声に気づかず、男達は走り去る。
「……ぁ、き……ら様」
「僕はここにいるよ」
物陰から出た煌を霧が呆然と見つめると呼ぶ声は震えていた。
少女の手を引いたまま霧に近づき、ナイフを持っている傷ついた手を背に隠す。
「っ、部屋にいらっしゃらないので……なにかあったのかと」
「ごめんね、庭に人影を見て……この子がいたんだ」
「っ」
霧は煌のことで頭がいっぱいになっていたのか、霧の紫と黒の瞳が初めて少女に向いた。
「何故、ここに」
「腕を怪我しているんだ」
「霧!!、なにが」
もう一度、屋敷の扉が開き千歳の姿が見える。
千歳の後ろには心配そうな雀の姿もあった。
「とりあえず、寒いし中に入ろう……雀ちゃん、彼女の手当てをしてあげて」
煌は屋敷の中に入ると少女から手を離し雀に声をかけた。
「た、たいへん」
雀が気づかい近づくと少女は煌の背に隠れる。
「なっ!?」
霧が声を上げ眼鏡をかけ直した。
「……大丈夫だよ」
煌が少女の頭を撫でようと手を伸ばす。
すると少女がギュッと目を閉じ身体を縮めた。
「っ……」
「ぁ、そうだ」
頭に触れようとした手を止め煌が声をかける。
「君、名前は?」
そっと目を開けると少女の瞳に綺麗な微笑みを浮かべる煌の顔が映った。
「っ……白雪」
「へぇ、綺麗な名前だね」
「!!」
白雪の瞳が大きく開く。
「僕は煌、手当ては雀ちゃんがしてくれる」
止めていた手を白雪の頭に伸ばし優しく撫でた。
「雀ちゃんは、とっても優しいから」
「……」
「さ、白雪ちゃん……こっちに」
優しげな眼差し、こちらに差し出す雀の手を白雪は掴んだ。




