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土地域

「最初からこうしてればいいんだよ、もったいつけやがって」


霧が男の手錠を外す。

手錠が外され安心したのか小さな声で悪態をついた。


「逃げていただけますか?」

「は、逃げる?」


手をさすりながら男が馬鹿にしたように霧を見ると腰につけていたホルスターから銃を取り出していた。


「脅そうしたって、ッ」

「脅そうとなどと……人聞きの悪い、さぁ、どうぞ、逃げてください」


銃口を向け安全装置外し男に微笑み、長い指がゆっくと引き金へかかる。

男の顔はひきつり、足がガクガクと震えていた。


「はぁ、逃げろと言っているのに弾を無駄にしたくないのですが、しょうがありません」


震え立ち尽くす男の足下に向かって引鉄をひく。

放たれた弾丸が雪を跳ねさせ銃声が鼓膜を震わせる。


「ひっ、うぁあぁあぁあぁッ!!」

「あまり叫ばない方がいい、体力がなくなってしまいますから」


男は叫び、もたつきながら走りだした。

ゆっくり、その後ろを霧は歩きだす。


「はぁ、っはぁ、んはぁ」


たいして走ってもいないのに息をきらし、男は後ろ振り返った。


「っは、助け……っん、助け……くふぅ」

「まだ三十秒も経ってませんよ」

「も、ぅ走れなっ」

「止まらないで、もっと早く走りなさい」

「ひっ、うぁあぁ」


急げと、また足下に向かい撃たれ叫び声を上げ走るが男の走る早さは変わらないどころか遅くなっていく。


「っん助け……はっ、助けて、下さ……煌さ、まぁ」


男は助けを求め瞳を動かすと、こちらを見ている煌に気づいた。

すがるような気持ちで名前を呼びなから近寄り手を伸ばす。


「ダメだよ、君のような人が煌様に近寄っては」

「!!」


千歳が霧と同じように男へ銃口を向けると足下に数発、撃つと男が飛び上がる。


「ほら、霧が待っている……走りなさい」

「ぅ、あぁ」


冷酷に見据えられて、また男が走りだす。


「遅いですね、逆に狙いづらい」


呟いた霧の横を男が懸命に走っていく。


「はぁんっ………は」

「しかし、煌様をお待たせできません」

「はっ……っ…っ」

男に向かって振り返り再び銃口を向け撃つ。

「はぁは………ぐっぁ!!」


一発の銃弾が男の太股を撃ち抜くと、勢いよく前へ倒れた。


「いっ、ぁあぁ………痛い痛い、ち、ち、血がッ…痛いいたぃ」


太股から流れ出した血が雪を溶かし赤く染めていく。


「ダメですね……膝を狙ったのに」

「霧!!」

煌が千歳に手を引かれて近寄った。

「……狙いが外れてしまいました」


千歳が拾ってきた手錠を受け取り霧は苦笑する。


「もう少し練習すれば大丈夫だよ」

「……頑張ります」


千歳が霧の肩を励ますように叩く。

霧は真剣な様子で頷き銃をホルスターへしまった。


「いッ、ぁうぅ」


男は痛みと死への恐怖で顔を歪ませ悶えている。

霧が手錠をかけようと近づくと男が怯えた。


「こ、殺さないで下さ」


その声を無視し霧は手錠をかけ鎖を持った。


「霧、もう……遊べる?」

「えぇ」


伺うように首を傾げる煌の姿は愛らしい。

優しげに笑い霧は煌に手を差し出した。


「二人とも雀が待っているから、おやつの時間には一度、帰ってくるんだよ」

「はーい」


二人の姿を微笑ましく思いながら千歳が微笑むと差し出された手を繋ぎ頷いた。


「……ついてきていただけますか?」


霧も頷き持っている鎖を強く引く。

手錠に繋がれた鎖を引かれ振動で痛みが走り男の顔がさらに歪んだ。


「つ、いてこいってぇ……出来るわけないだろぉ」


雪の上に倒れたまま、ぐずぐずと泣き始める。


「両腕と片足は動かせるでしょう」

「!!、ぐ、ぅうひっく」


冷たく見下ろされても涙を流したまま男は動こうとしなかった。


「……ねぇ……」


煌に話しかけられて男の涙が止まる。

心配されたと思ったのか痛みに堪えながら、ゆっくりと上半身を上げた。


「怖い?、痛い?、助けてほしい?」

「ぁ、煌さ…」

「あの子たちは……言わなかったの?」


首を傾げて男を見下ろした煌の姿は恐ろしく美しい。


「……怖い、痛い、助けて、お前に言わなかったのか」

「……煌様」


心配した様子の霧を安心させるように煌は繋いだ手に力を入れる。

怒気の孕んだ眼差しで霧は強く鎖を引いた。


「ひぅッ!!」

「ついてこい」


慌てて男は這いずるように両腕と足を動かす。


「行きましょう、煌様」

「霧?」

「では千歳さん、行ってきます」

「あぁ、いってらしゃい」


鎖は強く引きながら煌の手を優しく引き霧は歩き出した。

二人の後を這いずる男の血が白い地面に歪な線を描き出していく。

庭から上流階級地区の街へと出てからも、それは続いていた。


「ッ」

「あれは……」


街中を歩いていた人々が這いずる男の姿を見て息を呑む。


「煌様!!」


騒ぎを聞きつけ志郎が姿を現し煌の名を呼んだ。


「何故、このような……」

「審問中に逃げようとされたので私が」


志郎の前に霧が出て持っていた鎖を渡し微笑む。


「し、しかし罪人は……貧困層地区の」

「あぁ、それ誤解だったみたい」


わざとらしく煌が声を出すと、志郎を見上げた。


「……そんなはず」


「煌様が嘘を言っているというのですか、志郎殿といえど許せませんね」


手錠の鍵を渡しながら霧は志郎を睨んだ。


「け、決して、そのようなわけでは……」


目を逸らしながら鎖と鍵を受け取り苦笑した。


「分かってるよ、志郎……他に罪人は?」

「い、いえ、おりません」

「そっか」


見上げる煌の瞳も逸らしながら志郎は答える。


「お仕事、終わりだね……霧、行こう」

「はい、煌様」


呆然と立つ、志郎に背を向けた。


「煌様、申し訳ありません……お待ち下さい」


霧が顔だけ振り返り黒い瞳で志郎を見据える。


「一つ、志郎殿に…お聞きしたいことがあるのです」

「何でしょうか?」


聞き返す声は落ち着いていたが霧を見る眼差しに不機嫌さが混じっていた。


「……水地域(みずえりあ)からの運搬車が増えたようですが何かありましたか?」


水地域は国の水源地であり運搬車で運ぶのは、そこで取れる魚ぐらいだ。


「ッ……何故、それを」


土地域(ここ)は煌様のもの、それぐらい把握していなくては可笑しいでしょう」


「霧様……そんなことは全て私に任せて頂ければ良いのです、貴方がお気になさる必要はありません」


「志郎、今は霧と千歳ちゃんがいる……お前、一人では負担も多かっただろう」


霧と同じように顔だけ煌が振り向く。


「すまなかったね」


伏せた瞳、憂いの表情は儚げでいて美しかった。


二葉(ふたば)にも悪いことをしてしまった……志郎に甘えたかったろうに」


大人びた表情の煌に志郎や周囲の人々は釘付けになっている。


「この霧、煌様の寵愛を受けたものとして若輩ではありますが精一杯、つとめさせていただきます」

「っ!!」


光を射していた太陽が雲に隠れ陰り始めた。


「煌様、雲行きが怪しくなってきましたから屋敷で過ごすことにしましょう」

「……うん」


残念そうに頷く煌に霧は微笑んだ。


「あ、あの……」


二人を呼び止めた志郎の顔色は青いように見える。


「志郎」

「っ、はい」

「この人、死にそうだよ」


煌の視線の先にいたのは血を失い寒さで体力を奪われたのか、辛うじて息をしている状態の薄汚れた男だ。


「罪人とはいえ……志郎殿の親しい方のご子息とか、心配されているのではありませんか?」


「!!」


雲の流れが早いのか薄暗さは増し風も出てきた。


「本当に寒くなってきましたね、煌様が風邪をひてしまわれたら大変です」

「霧もだよ、早く帰ろ」


煌が霧の手を引くと二人は歩き出す。


「志郎、またね」

「失礼いたします」

「くっ!!」


志郎は悔しそうに踵を返した。

ここから志郎の屋敷は近く使用人が現れ男が運ばれていく。


「霧……屋敷の警備を強くして、それに外に出ないようにしてほしい」

「わかりました……煌様、千歳さんと雀さんにも伝えます」


何故か心配そうにしている霧を煌は歩きながら見上げた。


「霧」

「はい」


煌が名を呼ぶと優しげに返事を返して笑う。


「……なんでもない、呼びたくなったの」

「嬉しいです、煌様」


優しげな笑みから頬を染め嬉しそうな笑みへと表情が変わった。


「銃の扱いになれたみたいだね、さっきの霧……かっこよかったよ」


さらに霧は頬と耳が赤く、照れたのを誤魔化すように眼鏡を上げる。


「でも……今は可愛い」


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