土地域 二年後
太陽の光が射す窓、並ぶ本棚、机の上には書類が重ねられている。
ここは煌の屋敷にある執務室だが本来の主たる煌の姿はない。
銀色のフレームの眼鏡をかけた霧が一人、書類に目を通している。
「……」
そして時折、真剣な表情で何か書き込んでいく。
「きーりー」
窓の外から煌の声が聞こえ霧の顔が綻ぶ。
二人が出会って二年の月日が経っていた。
煌は少し背が伸びたが変わらず愛らしく美しい中性的な容姿をしている。
霧は眼鏡をかけ知的な印象で凛々しさが増していた。
「っ、煌様、風邪をひいてしまいます!!、コートを着て下さい!!」
霧は急いで窓を開け煌を見つめる。
「手袋と、あ……帽子!!」
季節は冬、新年を迎えたばかりで暖かくなるにはまだ早く雪が積もっていた。
「でも……動きづらい」
「煌様?」
しかし煌は白いマフラーをしているものの、シャツとカーディガンといった薄着だ。
怒りを滲ませた視線と声に煌の身体が跳ねた。
「まぁまぁ、霧、どうぞ、煌様」
「ありがと」
煌のコートを持った千歳が姿を見せる。
コートに袖をとうすと千歳がボタンをとめた。
「千歳さん、煌様が外にお出になる前にすることでしょう」
「いやぁ……それは追いつけなくて」
千歳が申し訳なさそうに、うなだれた。
「まったく、本日の課題は終わったので採点してください」
ため息まじりに書類の束を窓から千歳に渡す。
「わかったよ、今日は早いね」
それを微笑みながら受け取った。
この二年、今も変わらず志郎が土地域を治めているし朱鷺もまだ生きている。
しかし霧は身体を鍛え、千影の補佐をしていた千歳に教えを乞うていた。
「じゃあ、今日はもう遊べる?」
「……射撃の訓練が」
煌は期待に満ちた眼差しを向けたが申しわけなさそうに霧が目を逸らした。
「そっか」
「っ」
沈んだ声、伏せる瞳が悲しげに揺れる。
「じゃ、見ててもい?」
上目遣いで、こちらを見る煌に霧の頬が染まった。
「……はい」
「良かったですね、煌様」
「うんっ!!」
千歳が声をかけると満面の笑みで頷く。
「では用意して来ますので中で……」
「霧が来るまで遊んでるからっ」
「ぁ、煌様、まっ!!」
そう言って霧の静止を聞かず煌は庭の奥へと走り出してしまった。
「千歳さん、早く追いかけてください!!」
「屋敷の庭だし危険はないから大丈……夫」
霧の絶対零度の睨みが千歳の体温を下げていく。
「じゃないねっ!!……煌様ぁ、お待ち下さい!!、ほら、 これ全部正解!!」
焦りながら千歳は煌の背を追いかけていった。
それを見届けた後、霧はコートを着て訓練に必要な物を用意する。
「煌様の手袋と帽子……あとマスクが必要だ」
この二年、霧は煌に対し周りが心配するほど過保護になっていた。
雪が積もり白く染まった広い庭が太陽の光を反射して煌めいている。
「冷たい」
煌は雪の上へ横になった。
楽しげに笑って空に向かって手を伸ばす。
「煌様ぁー」
「ここー」
千歳の呼ぶ声に伸ばした手を振った。
「はぁ、良かった、しかし、雪の上に横になっては」
「千歳ちゃんもしよー」
どうしようかと考えていると後ろから近づく複数の足音が聞こえる。
煌が嬉しそうに立ち上がった。
「霧だ!!」
「……お待たせしました」
霧は優しげに微笑むと煌に付いた雪をはらい頭に帽子を被せる。
「煌様、手を」
「ん」
手を差し出すと手袋を嵌めた。
「煌様、マスクを」
「いらない」
「風邪を」
「それ嫌い」
そっと霧はコートのポケットにマスクをしまった。
「下がっていいですよ」
霧の後ろには三人の男、一人は使用人だが後の二人には手錠がかけられている。
その手錠からは鎖が伸びていて使用人が持っていた。
「失礼致します」
使用人は霧に鎖を渡し下がる。
「ぼ、僕は僕は何もしておりません、誤解です」
「……」
鎖に繋がれた二人の男の容貌は正反対、声、身体を震わせ目を泳がせる身なりのいい細身の男と目を閉じ黙る小汚い屈強な男だった。
「罪状は窃盗と」
冷ややかな霧の声が響き細身の男の身体が跳ねる。
「間違いありません、自分の担当する、運搬車から肉を盗みました、申し訳ありません」
「煌様っ、私は貴族ですよ、こんな男とは違う……この私が盗みなど」
細身の男が屈強な男を蔑むように見る。
「往生際の悪い」
霧が呟き笑うと細身の男が顔を赤くして睨んだ。
「僕の父さんは志郎様の側近の一人だぞ!!」
「で?」
霧が眼鏡をかけ直しながら睨み返す。
「霧、かっこい」
「確かに!!」
「……」
煌が霧に抱きつき、千歳がものすごく頷いて霧は恥ずかしそうに頬を染めた。
「と、ともかく」
もう一度、眼鏡をかけ直すと表情をかえる。
「貴方が裁かれるのは決まったことです」
「っ、だから僕は何も、してないって……」
霧に抱きついたまま、こちらを見ている煌に気づき顔を赤くして言い淀んだ。
「被害者は貧困層地区に住む十歳前後の少年や少女」
「!!」
霧が煌を背に隠しながら男を射殺しそうに睨む。
屈強な男にも睨まれて怯え目を泳がせる。
「ぼ、僕は悪くない……アイツらが誘ってきたんだ!!」
「それは、それは申し訳ありませんが、貴方の罪は確定しております」
霧は淡々と話し屈強な男の手錠を外した。
「あの霧様……」
手錠の外された男が不思議そうに霧を見た。
「今回は罪に問わないと煌様が」
「え!?」
土地域は今も間違いなく志郎の力が強い。
しかし罪人を裁く権限を事実、煌は持つようになっていた。
「赤ちゃん、生まれるんでしょう」
「っ、煌様」
霧の背から煌が顔を出す。
「貧困層地区での暮らし、仕事が僕には、どんなものなのか想像しか出来ない」
金と銀が混じり合う瞳が男を見つめる。
「君たちに土地域は支えられている…もし何かあったら相談してほしい」
煌の言葉に男が息を呑んだ。
「僕に言いづらいことなら霧や千歳ちゃん、雀ちゃんにでもいいから」
「っ……は、はい」
「ほら、もう行くといい、奥さんを心配させちゃいけない」
千歳が促すと深く頭を下げて走り出した。
男の姿が見えなくなると煌は霧を見上げ微笑んだ。
「さぁ、霧、射撃の訓練をして早く遊ぼ」
「はい、煌様」




