土地域
「……」
煌は自室に戻ると服を脱ぎ捨てバスルームへる。
熱めのシャワーを浴び、ろくに拭かずにバスローブを羽織った。
「ぁ」
そのまま出て窓を何気なく見ると、ふわふわと雪が舞っている。
窓を開け、無意識に仄暗い空へ手を伸ばした。
「きれい」
雪が手のひらに落ち雫になるのを煌は笑うと窓を開けたままベットに腰かけた。
ふよふよと部屋の中へ雪が入ってくる。
その様子を見ながら煌は横になり身体を縮こませると目を閉じた。
「はぁ」
温まったはずの身体が冷たくなっていき吐息は白く指先から感覚が無くなっていく。
「……」
その時、霧は煌の部屋の前にいた。
扉を叩こうと上げた手を止めては下げる、それを繰り返している。
「そこで何をされているのですか?」
声をかけられ視線をやると煌の指示を聞いたあと中心に動いていたメイドが立っていた。
「私はメイド長を任されているんですよ……それに煌様に誰も近づけるなと命を受けています」
メイドの挑戦的な物言いと勝ち誇ったかのような眼差しに霧は眉を細めた。
「私はね、長く煌様に、お仕えしているの、貴方よりも煌様をわかっている」
「貴女は確か……あの時の」
露骨な態度に霧は、以前にメイドと話したことがあるのを思い出した。
「いつも私に微笑んでくださるの、とても優しげに見つめて美しい微笑みを」
変わると決めた、霧は目を閉じ息をはくと扉に向かって手を上げる。
「っ、ちょっと……煌様の命なのよ?」
二人の視線は鋭くなり睨み合う。
「忘れたんですか貴女に教えられたんですよ?、煌様は使用人を必要とされない」
「っ」
「貴女は煌様にとって大勢の中の一人で……ただの使用人でしょう」
「なんですって」
霧は勝ち誇ったように見下ろし、扉をノックすると部屋へと入った。
「煌様、失礼します……っ」
霧が部屋の中へ入ると窓は開き雪が舞い冷気が漂っている。
「なっ!!」
窓を閉めようと霧が近づくとベットの上に横になった煌に気づいた。
急ぎ窓を閉め、青白くなった頬に触れるとあまりの冷たさに息を呑む。
「煌様、煌様!!」
「……?」
「!!」
名を呼ぶと、ぼんやりとした様子で霧を見上げる。
煌を抱き、立ち上がるとバスルームへと向かう。
勢いよく、シャワーと浴槽のノズルを回すと湯気が充満した。
シャワーを浴槽に向け煌を抱きしめたまま、服が濡れるのを気にせず入る。
いつしか煌の肩が浸かるほど、お湯が溜まっていた。霧は濡れて張り付いた煌の前髪を退かし見つめると、ゆっくりと目を開いた。
「霧?、どうし、て」
「聞きたいのは……っ、何故、こんな……私が来なかったら貴方は」
「雪を……見てて、少し寝ちゃっただけ、大丈夫」
「信じ……られません、本当のことを教えて下さい、私は貴方のことを」
霧が苛立たしげに煌の両肩を掴んだ。
「理解したい」
肩を掴んだ手に力が強くなったのを煌は感じた。
暖まり血色の良くなった頬が、さらに赤くなる。
「ぁ、顔がこんなに赤く……のぼせてしまったのでは」
霧は心配した様子で掴んでいた手を離すと煌が俯く。
「………」
「あの……顔をあげて」
顔色を確かめようと声をかけるが俯いたまま動こうとしない。
「煌様?」
霧が覗き込もうとすると、煌は片手で顔を隠した。
「………」
「………」
それを何回か繰り返し痺れをきらした霧は煌の顔へ手を伸ばす。
「失礼します」
「っ!!」
「ぁ……すみません」
煌が、その手を拒み弾くと、お湯が大きく跳ねる。
霧は傷ついた顔で手を下ろした。
「き、り」
「……出過ぎた真似をしました、申し訳ありません」
霧は弱々しく笑むと浴槽から立ち上がる。
「っ」
「きちんと身体を拭いて暖かくしてお休みください」
「まっ」
出て行こうとした霧の足に煌がしがみつく。
「待って、行かないで」
煌の声は震えている。
「嬉しかったから嬉しくて、なんて言っていいか分からなくて」
「煌様」
必至に伝えようとする煌に霧は、ほっとした様子で微笑んだ。
「な、何、笑ってるの!!」
「私も嬉しいからでしょうか」
「!!」
煌がまた俯き頬を染める。
「しかし、煌様」
霧は煌の顎を掴み上を向かせた。
「きちんと答えていただきますよ、何故、あのように寝ていらしたのか」
煌を見下ろす霧の瞳は怒気を孕んでいる。
「それは、さっき……答えたよ」
「信じないと、お答えしました」
視線を逸らしながら答えた煌の顎から霧は手を離し壁際に追い込んだ。
また、お湯が大きく跳ねる。
「目を逸らさないで」
壁に手をつき視線を合わせる。
「それは……あの…」
話すまで許さないと怒気の孕み続ける瞳に煌は言いよどみながらも話し出した。
「死にたいとか思ったわけじゃないよ、ただ雪みたいに消えたいって思って」
ギュっと濡れた重くなったバスローブの胸元を掴む。
「雪は白くて冷たくて触れたら消えて……綺麗だから」
弱々しく呟いた煌の言葉に霧の瞳が悲痛に揺れた。
「どうして、消えたいとお思いに?」
「霧に嫌な思いさせた」
「貴方は、とても不思議な人です」
愛らしく微笑むと思えば妖艶に笑む。
切なげに瞳が揺れたと思えば鋭く見据えてくる。
「危うくて底知れない、全てが煌様なのでしょうね」
「霧…」
煌は霧の肩へ頭を乗せた。
「さむい」
「ぇ、あの」
「さむい!!」
煌は耳を赤くして抱きつく。
「……はい、煌様」
霧は煌に悟られないように笑い抱きしめた。




