Tukiyama:2015
肝試ししようなんて誰が最初に言い出したのか。
スローで落ちていく景色の中ぼんやりと考える。
学校は暗いから目の前に広がる空の星がいつもよりはっきり見えた。嗚呼、綺麗だな。
風切り音しか聞こえない。
屋上の壊れたフェンス越しにに誰かの影。
影は見覚えのある形だった。
聞こえないはずの声が聞こえた。
「じゃあね、バイバイ」
視界が暗転した。
「肝試し……ね」
夜遅くまで練習していた時、たまたま出た話だった。顧問が生徒から聞いたらしい。隣に立つ友人の山陰 光は意外と興味深げにそちらへ視線を向けていた。
「どこが面白いの、それ」
思わず言葉が口から漏れた。それを聞いた山陰は「ツッキーは興味ないの?」と聞いてきた。あるわけない。別にと一言だけ返して、盛り上がってる暑苦しいやつらを横目に黙々と道具を片付けた。早く帰りたかった。でも、話を聞いた他の部員は完全に乗り気なようで。バカは体力が底なしなんだろうか。
「月山も行くだろ?」
「行かない」
「はぁー?何でだよ、行こーぜ!」
「そうだよツッキー。こんな事あまり出来ないんだよ。ね、ツッキー!」
「山陰うるさい」
あまり…というかめんどくさくて行きたくはない。だが、先輩も行く気のようだ。揃いも揃ってバカばっか。行き場のない苛立ちを具現化するように、カゴへ入れたボールが勢い良く跳ねた。
胆試しと言ったものの、とくにコースは決まってないようでそれぞれがてきとーに回って校門前に集まるだけのようだ。まぁ即席ならそんなもんだろう。
「よし、じゃあ一時解散」
その声を合図に散り散りになった
キャプテンまで乗ってくるんだからどうしようもない。小さくついたため息は夜の黒に溶けた。
「ツッキーどこから行く?」
「ここで待ってる」
いってくれば?と言えば山陰は少し迷ってからじゃあ…と行った。山陰がそういうものに興味あるとは思わなかった。怖がりそうだけど。
見た目が茶髪にヘラヘラしてる割に、中身は石橋を叩いて叩いて壊す位慎重な奴、むしろ臆病だ。ギャップなんて言うのだろうか。部活にしてもコートの中では案外頼りになるし、アレのノーテンキな声で何回か救われている。そのお陰が、俺もアレも今は1軍入だ。
その時遠くでギャアアアアという声と笑い声が聞こえてきた。肝試しっつか、ドッキリじゃん。
勝手に帰ろうかと思った時、視界の隅で白色が動いた気がした。一瞬ドキリとしたが、誰かが驚かそうとしてるのかもしれない。思わず舌打ちが出た。何か言ってやろうとズカズカ近づく。
「何してるの」
「わー!!」
人影は思った以上に驚いた声をあげた。その声は知ってるような低い声じゃない。
「……誰」
「そ、それはコッチの台詞です!」
そこにいたのは女子だった。
恐らく部活帰りかなんかの。
「ここで何してるの」
「…….落し物して」
「あっそ」
沈黙。
女子はまたガサガサと茂みを漁り出した。それをジッと眺めていると居心地悪そうな瞳がこちらを見上げてきた。
「まだ、何か?」
「別に」
「…そうですか」
再びの沈黙。遠くでまた悲鳴っぽい声が上がった。どうせ驚かされたんだろう。
「何落としたの」
何と無く聞いてみた。気分で聞いただけだったが。
大切な、ものを。
ふーん。
貴方は何しに?
友達待ってる
それだけ話すとまた無言。
再び声をかけようとした時、ツッキーと声が聞こえた。振り返れば山陰らしきが手を降っている。もう帰ってきたのか。
「お友達来ましたね」
お気をつけてお帰りください。と言った。
「君もね」
暗くてあまり顔が見えないけれど、彼女は笑ったように見えた。そして、背を向けて山陰のところに向かった。途中振り返ったけどもう居なかった。もしかしたら自転車でも取りにいったのかもしれない。
「ツッキーどこいってたの?」
「そこらへん」
適当に切り上げて歩き出す。何故だか、先程の女子が頭の中にチラついて離れなかった。コンビニで先輩がアイス奢ってくれるって!と横を1年が通り過ぎる。そのあとを追うように何人かが通り過ぎた。
「ほら月山」
「…ありがとうございます」
けれど、キンキンに冷えたアイスを一口かじる頃にはさっきの女子のことは忘れていた。
「「おつかれっしたぁ!」」
今日も何事もなく部活が終わり、変わらず帰る予定だった。
「あ、ツッキー。今日用事あるから先帰ってていいよ」
「へぇ珍しいね」
この頃そう言ったことの多くなった山陰に多少の疑問は持ちながらも分かったと返す。恐らく山陰なりに思うところがあるのだろう。まだ部活着から着替えない山陰を残して体育館を出る。
バラバラと先に帰り出す人を横目にのんびり歩いて帰ろうとした。その時、視界の隅で何か動いた気がした。
「君、また探してるの?」
「ゎきゃ!!」
後ろから声をかけたせいか、変な悲鳴をあげてその子は振り返った。やっぱり昨日の子だった。
「結局、昨日見つからなかったんだね」
「あ、はい。まぁ…」
言い淀んでから目を逸らし、沈黙に耐えられなくて彼女は再びガサガサ漁りだした。なんだかそれが小動物のようで笑ってしまう。
「で、どんなもの落としたの?」
僕が座りその辺をガサガサしだせば彼女は驚いてこっちを向く。ここまで来て気がついたが肌の白い意外と可愛い子だと思った
「そ、そんな!ご迷惑おかけしますから」
「こっちとしてはこんな時間まで君がいる方が困る。帰るとき気になるから」
「で、でも…」
今だに決めあぐねてる様だが早く教えてとキツめに言うと渋々と口を開いた。
「キーホルダーなんです。黒い鳥の…丸い」
「鍵とかでもついてるの?」
「いえ、ただのキーホルダーです」
それだけ言うと再びガサガサと探し出す。彼女はそれ以上言う気がないのか口を噤んだままだ。内容をしって興味はほぼなくなった。が、聞いてしまった手前帰るわけにも行かず探すのを手伝うことにした。
「見つからない」
結構探し回ったけれど辺りにそれらしいものは見つからなかった。汗のせいでメガネがズレる。それを肩で上げると、視界の隅で彼女も半ば諦め顔で汚れた手を見つめていた。
「見つからないならもうしょうがないですよ。私も、諦めます」
諦められないと顔で書いてあるのに頼りなさげに笑った。それが儚くてドキリとする。まるで今にも消えてしまいそうだ。
「もしかしたら、誰かが拾ってくれたのかもしれませんし。手伝ってくれてありがとうございました」
「…別に」
「もしまたお会い出来たら、声かけてくださいね」
「…気づいたら」
「じゃあ、さよなら。月山くん」
彼女は笑った。自分も帰ろうと背を向ける。校門を出ようとした時後ろを振り返ったが白い姿は無かった。まるで本当の幽霊のようにふわふわとして捉えどころのない人だった。坂を音楽を聴きながら降りる、そこでふと何か違和感を感じた。形の違うパズルを無理矢理くっ付けたような違和感。何だろうと考えても結局思い当たらなくて首を振った。疲れていてそんな気がするんだろう。今日は早く寝ようと家路に着いた。
明くる日の昼休み、弁当を食べようと屋上へ向かった。その日は比較的涼しくて過ごしやすい日だった。屋上にきたのはそれだけじゃなくて、生徒の喧騒も聞こえないからという理由もある。ドアを開ければやっぱり人の姿はなく、静かに過ごせそうだった。どうせなら風通しの良いところへ座ろうとフェンスの側に寄る。その時、何かを蹴った。
「何コレ」
フワフワとするソレを拾い上げてみると黒い鳥のキーホルダーだった。まんまるのそれは髪と思しきものが頭に乗り、メガネをかけている。メガネしか無いのになんか目つきの悪い奴だとおもった。
「ごめんツッキー!購買思ったより混んでて…どうしたの?」
「別に」
「あれ…それ何?落し物?」
山陰は俺の持っているキーホルダーを見つめた、それから何か考え込む素振りを見せてハッとした。
「なんかこれ、ツッキーに似てるね」
「はぁ何ソレ」
「えー似てるよ」
「…似てない」
そのままポケットに突っ込む。その後は似てる、似てないの応酬だったが結局どっちでもいいで片付いた。それきりそのキーホルダーの事は忘れてしまった。
「よし、じゃあ解散!」
「「おつかれっしたー」」
例のごとく山陰は用事があると帰り、片付けを終えてから一人また帰路につく。ふと、あの子は居るだろうかと思った。少し脇道に逸れてあの場所へ行くとやっぱり居た。
「諦めるんじゃなかったの」
「っ!……月山くんか」
一瞬身体を強張らせた彼女は振り向くと安堵の表情を浮かべた。それから少し非難めいた目をしながら見上げてくる。しかしすぐフニャと笑った。
「諦めようと思ったんだけど…今日もう一回だけ探しに来たの」
「…」
「でもやっぱりダメみたい」
彼女は笑った。けれど、なんだか泣いているみたいで心臓が跳ねた。消えそうに見えて思わず腕を掴もうとした。
「月山くん」
その声に手が止まる。微妙に上げられた手は行き場を無くして彷徨った。
「今日までありがとう、探してくれて嬉しかった」
それはなんだか遠くに行ってしまう人の言葉だった。焦燥感が心を支配する。声をかけようと思っても喉に詰まる。
「じゃあ…バイバイ」
彼女は手を振った。
消える、そう思った。このまま光になって存在が消えてしまうように感じた。
「屋上!」
「…え?」
「屋上に、あるかもしれない」
行かないで、消えないで。
言葉が出る前に咄嗟にそれが出てきた。何故そう思ったのか分からなかった。咄嗟に出てきた。でも何となくそこにある気がして。彼女は一瞬瞳に黒い何かを写したが「そうだね、探してなかった」と薄く笑う。
「屋上、行ってくる」
「俺も行く」
間髪を入れずに言えば彼女はまた笑った。嬉しそうに、少し寂しさを含んで。学校の階段を上がっていく。隣の彼女は清々しさを感じさせながら軽やかに上がっていく。僕はそれを見ていた。屋上は鍵が開いていた。青い月が照らす。幻想的な場所に踏み込めないで佇んでいるとすっと彼女は僕の横をすり抜けた。
「…やっぱり無いよ、月山くん」
くるりと一回転して彼女はこっちをみた。そこで初めて気づいた。彼女の制服がうちのものではない事に。そして同時に今までの違和感に気づく。ぞわりと鳥肌がたった。
「なんで、おれの…なまえ」
「今更、何言ってるの」
彼女が笑った気がした。
月の光で彼女の顔は見えない。
それが恐ろしく感じた。
「今度こそお別れだね」
彼女は少しずつ遠ざかっていく。フェンスに向かって、こちらを見ながら。そして緑のフェンスをすり抜けてコンクリートの淵に立った。
「きみ、は…」
「私?うーん、おばけ?」
遠目に見える彼女は困ったように笑った。そしてこの身体を支配する恐ろしさの名前に気づく。瞬間飛び跳ねるように走り出した。
「私ね、この学校の人じゃないんだ」
知っている
「多分貴方と生きていた世界も違う」
……。
「私ね、ここじゃない世界で死んで。気がついたらここにいたの」
何で?
「肝試しを学校でしてたら、屋上から落ちちゃってさ。バカでしょ?」
うん
「落ちるとき、大切にしてたキーホルダーが飛んで行っちゃって。それだけが心残りだった」
行かないで
「でも、もう時間だから。今日は消える前に君に会いたいって思ってここに来たの」
どうして?
「君が好きだったから」
笑った。月光を受けて、心の底から幸せそうな笑みを浮かべて。
「生きる世界も、次元も違う君に恋をしたの」
手を伸ばす。なのに届かない。
俺と彼女の間に果てしない道があるように。俺の時だけ止められたかのように。
「キーホルダーは無いけど、私もう大丈夫だよ」
待って、行かないで。
「あ…る!俺が、持って…!」
ポケットからそれを出した。そして彼女に渡そうと腕を伸ばす。走って、走って、走っているのに。彼女との隙間は埋まらない。届かない。
「なら、君にあげる」
フェンスを掴む。それ越しに彼女は俺の手を握った。見つめ合う時間が永遠に思えた。
「君は私を忘れる。だって、私はここに居ないから」
「そんなこと」
「忘れるよ。夢だもの」
その手は温かくて、冷たかった。絡める指は微かに震えていた。
「月の出る晩だけ見ていた、夢」
影が重なる。離れると彼女は瞳から宝石を落として笑った。青い宝石は頬を伝って地面で壊れた。
「夢をくれて、ありがとう」
言葉が詰まって出ない。青い宝石は俺にまで流れていた。足元がグラつき、座り込んだ。暗くなっていく視界で彼女は言った。
「おやすみなさい」
「ツッキー!俺購買行ってくるから上で待ってて」
そう言うや否や彼は走り去った。いつも通り階段を上がる。扉をあけると昨日まで降っていた雨で出来ている水溜りがあった。それを避けてフェンスのそばに腰掛ける。
嗚呼、まただ。何か忘れているようなぽっかり穴の空いた気分。それは忘れ物をしたからでもなく、用事を忘れていたでもない。ただ、胸を締め付ける焦燥感。一週間、それは消えなかった。部活をしてても山陰と話していても、勉強していてもそれは消えない。
ふと立ち上がってフェンス越しに遠くをみる。青々とした木々が見えただけだった。その時、ちりんと何か落ちたような音がした。足元には黒いキーホルダー。何コレと思いつつそれを拾いあげる。
「………ぁ」
それはあの時拾った、俺と似ているキーホルダー。ずっとポケットに入れっぱなしだった。
「何が忘れるだよ。覚えてるんだけど」
一人ごちたらスルリと涙が落ちた。それは地面で壊れて消える。忘れ物は見つかった。
「ツッキー!ごめん!購買めっちゃ混んでた!」
「遅い」
あの時の彼女の宝石のように、空は青く澄み渡っていた、
=fin…=