混沌の前兆
「うッ、く…ッ…ぐぁっ!」
C型の一件が終わり、ボクは現場で手袋を外そうと
悪戦苦闘している。…この手袋、嵌めた時は簡単に
取り外しできたのに、今はまるで皮膚を剥がす
みたいにキツイ…!
はぁ…ッ、ダメだ!取れない…。無理にやると
腕の肉が抉れる…。仕方無い。取り敢えず帰ろう。
C型の死臭で頭も変になりそうだし…。
そう考えて地下鉄まで歩こうとすると、
どこからともなくガスマスク・滅菌用のスプレーを
持った滅菌隊が現れ、C型の処理を始めた。
「あ…お疲れ様です」
「…。」
軽く会釈をしても無視され、ボクの事など
見えていないようだ。ただ、C型の焼け焦げた
下半身をチェックした後、ボクの方をチラリと
何人かが見返した。なんとなくの雰囲気だが
あまり、好印象な視線ではない。早く視界から
消えた方が良さそうだ…!
『死体の様子はどうかな?』
「下半身が黒焦げです。上半身からも体液が随分
抜け出ていますね。申し訳無いですが…」
『折角の実験台を…ッ!』
「は?」
「いや何でもない残っている部分だけで良い
早急に運搬を頼むよ大切な仕事だからね」
「…了解しました」
-地下鉄-
NDS直通の地下鉄に揺られていると、今が
昼頃だという事を思い出した。今日は朝から
いつにも増して異常事態が多かった。
C型もそうだが、また戦闘員が一人減った。
残っているのはボクとカレンさんとアツシさん。
この先どうするのだろうか…。社内で流れている
なっている、ここ最近の異常事態に『根幹』が
あるという噂。それは恐らく、まだ済んでいないと
思う。が、遠からず来る気もする。それが果たして
ボク達だけで解決できるものなのか。それとも
『それ』が来た時、NDSは終わるのか…。
…ボクは何ができるのか?
-司令室-
NDSに帰還し、とりあえず司令室に向かった。
何となく長官や社員達の顔色を確認したかった
からだ。自分が行ったことが、とりあえず
無難な事だったと確信を持ちたい。
…しかし。
「長官も視報長官も外界へ行ったよ。なんだか
本格的に、踏み込んだ話をする雰囲気だったよ」
どうやら上部の2人は、時間的に言うと
ボクがC型を仕留めた辺りで会社を出たらしい。
こんな混沌とした現状で、中核の人間が不在で
良いのかと思ったが、あの人達がいなくても自分達が
やる事は変わらなかった。DUSTERが出れば狩る。
とにかく、それの繰り返し。そう決まっていた。
実際、経験上の話だが、モニター通信も視報官が
3人もいれば1日どうにかなる。
……あれ?だったら長官と視報長官は一日中
なぜ、モニターを監視しているんだろう?
-ハジメ・カレンの部屋-
カレンさんは相変わらず、ボクが入って来ても無視し
スマホを不器用な手付きで操ると、暫くページを
食い入るように見つめている。DUSTER殺し以外に
趣味の無さそうな彼女が何を真剣に調べているか
興味があるが聞いても答えてくれないだろう。
「長官と視報長官。今、ここにいないみたいです」
「…。」
当然、無視される。ボクと同レベルに長官達の事も
どうでも良いのだろう。だが、聞こえてはいるようで
一瞬、動きは止まった。だったら、気になった事を
言ってみよう。疲労もあって、今は少し
気晴らしがしたい。
「なんで、長官も視報長官も一日中、司令室に
いるんでしょうね。別にいなくてもDUSTERの
出現くらい視報官がやれるのに…」
「…。」
ボクの言葉の後は相変わらず沈黙が続く。しかし、
今回は少し違った。あれだけ熱心にスマホを
見ていたカレンさんの手が止まった。何かを
感じたように顔を上げ、唇を細かく動かしている。
「DUSTERが出すぎてるんだ…」
「え…?」
一言何か呟いた後、カレンさんは脇目も振らず
部屋から飛び出た。まるで、遅刻寸前のように。
もう間に合わないと、わかっていながら
何かに追い立てられてるかのように。
「カレンさんッ…!?」
ボクもその姿に異変を感じた。いつもの単純な敵意
ではない。今すぐ問い質さなければならない
必要性を感じた。だが、彼女は速かった。
曲がり角を一つ曲がった時点で、姿が見えない。
このまま、進めば結局は外。カレンさんは
部屋を出る時、DUSTERについて呟いていた。
…なら、外で違いないはず。何にしても
DUSTERは外にしかいないのだから。
-A1地区 ビル地下1階-
NDSから外に出るには地下鉄を使うか、いくつもある
隠し扉から抜けるか。いかに通路から外に出ても
出た先は、大体トンネルの側面だったりビルの
地下一階だったり。とにかく、目に付き難く
視界も悪い。カレンさんが仮に同じ扉から出たと
しても、数秒遅れれば、後ろ姿を見る事も無い。
「はぁ…はぁ……………。うッ…ぐ!?」
隠し扉から出た…。地上に出るために、
階段を登った。その半ば…。痛烈な吐き気で目が眩む。自分が階段を登って…いるのか…うッそれと…も…降って………オェ…ッ……あぁ…これは、こんなになのか…。DUSTERの死臭はッ!!
「はッ…はッ…はッ……う……はッ、はぁ…!」
もうすぐ外に…!!意識が無くなる……前に…ッ
とにかく…はッ……外にッ!!
-A1地区-
だらだら出る涙や鼻水を拭い、臭いの出所を探った。
初めてだった。出煙破臭剤無しでDUSTERの死臭を
感じるのは…。それに、まさか。
「は…ッ………」
その出所が…今、この白都の中で唯一の安全地帯と
思っていた…、自分がいた…NDSから轟々と
煙のように出ている。
「カレンさん!?…カレンさぁんッ!!」
無心に叫んだ、返事は無い。彼女のことだ、もう
早々に避難したのか…死臭の届かない場所で
自分と同じようにこの光景を見ているのか…。
それとも…。
『白都の諸君どうも始めましてNDS技術部門責任者
テラスです調子はいかがでしょうか?』
「Dr…!?うッ…」
突如、街にホログラムのようなテレビ画面が現れ
それにDr.の顔が映ると、にこやかに微笑む。
でも…画面の隅には泡を吹いて研究員達が
倒れている。まだ、体を動かしている人もいるけど
…逃げられないだろう。そもそも、この死臭は一体?
Dr.は何故、平気でいられるんだ…?
『突然ですがこの白都は今日で消滅します数年の
税金暮らしご苦労様』
この映像はどうやら、白都内のテレビも
ジャックしているらしく、其処彼処からDr.の声が
聞こえる。都民達もいきなりの事に戸惑い、道行く
人は足を止めて、Dr.の声に耳を傾けている。
『本来ならこのNDSを設立した残り2名にも言葉を
述べて貰いたいところだが残念ながら外出中でね
その代わりに私からちょっとした講義をしたいと
思うそしてその後とっておきの発表をすると
約束しよう暫く楽しんでほしい』
Dr.の言葉が切れると映像が切り替わり、事前に用意
したのだろう。録画した映像が流される。
…画面いっぱいに広がる無数の星々のような
細かな球体。だが、そんなロマンある話では無い。
予想だが、間違いない。この細かな球体は『元素』。
DUSTERの源。Du。
-研究室-
『さて君の闘志には感心せざる負えないねカレン君』
「…ハァ…ハァ…」
研究室のマイクを通して、薄汚い男の声が騒々しい。
もうここには私しかいない…。少なくとも、
生きている『人間』は…。鈍臭い所員も、指示待ち
ロボットのアツシも死んだようだ。まぁ、私も
すぐにそうなるか……。事が済んだらそれでいい。
ただ…すぐそこにいる、あの男も連れて行く。
ついでに、ここの、汚いゴミ共も…ッ!!
「グクボゥ…!」 「ギィジギィッ!」 「カカ…ッ」
まさか、視界にゴミしか入らない時が来るとはね。
胸糞悪くて逆に笑えてくる。随分な数だ…。
何十体も…コイツ等、どこから入って来た。
というよりなんで、ここに来た…?あの男が
呼び寄せた?餌でも作ったのか。…あの男がいる
研究室まで50m。ゴミ全体が、私を無視して
研究室を見ている。鮨詰めになって何を狙っている?
『何が君をそうまで突き動かすか
何を狙っているかはわからないが異常な精神だね
手持ち少ない酸素凝縮紙とSリングでどうにかなる
状態だと本気で思ってるわけじゃないだろう?
君の脚力なら偶然ここから逃げられた
ハジメ君より更に早く脱出できたはずだろう?』
「…。」
考え事をしている時に、当然な事をよく喋る。
『ここから逃げなければ命が危うい』
そう叫んだ体の危険信号は無理矢理無視したさ。
今、保身なんて出来るわけが無い…!ようやく
カラクリに気付いたんだ…。お前の今からやる悪事や
ここにいるDUSTERは今更どうだっていい!
(カレン…)(もう、大丈夫よ)
決意は固めて来た。…だが、気を抜くと
声が聞こえる。今はもういない、あの人の記憶が
延々と巻き戻されてく。…そうだ、あの人の
願いは…叶うはずだったんだ…!!
-1年前-
あの人…ヨシノさんは優しい人だった。
私の実の母では無い。実の親の顔はもう忘れた。
私は白都の外で産まれた。でも…何故か産まれて
すぐから暴力を受けた。…私を産んだ親から。
体に出来た火傷や切傷は仕事の時に出来たのか。
それとも、その時だったのか?見分けはつかない。
数年前、私は捨てられた。寝てる時だった。
気が付けば、テープで口を塞がれ、シートで
包まれて汚臭のするDUSTERと一緒に白都にいた。
やっと死ねると思ってホッとしたけど…なんでか
妙に切なくなって死にたく無いとも思った。
でも、その時、拾ってくれたのがヨシノさんだった。
傷だらけの体の私を抱き上げて、所内の重役を
黙らせて、NDSの仕事と両立し、育ててくれた。
「はッ!!」
「ゲゥ!ウゥアアァアッ!」
思い出は頭の中をノイズ混じりに流れて行く。
それに、負けないように私は手を動かす。手始めに
最前列のDUSTERを燃やす。燃えたDUSTERは
暴れ狂い、周りのDUSTERも巻き添えにして
死んでくれる。廊下は狭いしゴミ共は自分達の死臭で
鼻が効かない。私には気付かない。
-7ヶ月前-
『ねぇ、カレン?お母さんの仕事が一段落したら
何をしてみたい?』
『えー?じゃあ……白都から出て、色んなものを
見てみたい!優しい町とか、綺麗な海とか!』
あの頃の私は笑っていた気がする。人間らしく。
今も、人の心が残っているのは、あの頃に
いい思い出の貯蓄を作っておいたからだろう。
いつ、風に吹かれて煙のように消えていくかは
わからないけど…。
「しァッ!」
「ゴッ、ゴッゴゴゴゴ…ギョッ!?」
炎に燃えて道を開けてくれ。一直線に、炎の道を。
一体一体は面倒になってきた。それに、体はこんな
状況でも冷えていく。体を温めるには、ゴミ共を薪に
して暖をとるしかない。…あの時みたいに。
-5ヶ月前-
「ヨシノさんッ!!」
「あはは…ごめん、カレン。もう少し
イケルと思ってたんだけど………ゴメンね…」
ヨシノさんは私を助けた時、DUSTERに傷を
つけられていた。こうなればどうなるか。
…思い出したくもない。
私はヨシノさんが前線に立たなくなったと聞いた時、
戦闘員になった。元から訓練はしていた。所内でも
実力は認めていた。ただ、ヨシノさんだけは
それこそ死ぬまで反対された。挙句、最後は
愛想を尽かされて…。
「ここに来たなら、負けないようにしなさい。
お母さんの事は…もう忘れて良いよ。自分の事を
真剣に考えて頑張りなさい」
声は優しかった。でも私には、
『お前はこれから1人で生きろ』そう聞こえたよ。
…でも、もう一踏ん張りだと思ったから
DUSTERが現れなくなるまで。…そうでしょう?
だって、ほんの最近までDUSTERなんて
“ほとんど現れなかった…!”
「ゴッ…オ…オ…ッ……」
「はぁ…」
視界に入るDUSTERを焼く。
眼に映るDUSTERを燃やす。
見えるDUSTERに炎を点ける。
もう立っているDUSTERはいない。私の足元で
炭になって転がっている。…あの男も炭するか。
「はァッ!!」
面と向かって焼こうとは思わない…!どうせ中は
アイツの陣地。何があるか分かったものじゃない。
扉ごと、焼き尽くしてやるッ!
「ふゥゥ…ッ!」
流石に扉周りは硬くしているか…!
「くッ…!ふゥゥ…ゥッ!」
そろそろ焼け落ちるはず…。そうでなくても
室内にいられないくらい酸素を焼いてやる!
「…ッ」
『気は済んだかな当然だけど君の力じゃ私には
届かない逆に力を大方使ってくれてありがとう
さてどうする?DUSTERも焼いたところだし
そろそろNDSから出るかい?それとも』
「…。」
「やぁカレン面と向かって会ってくれるとは
光栄だね何やら怖い顔だけど」
違和感がある。室内も死臭がする。しかも、
廊下よりも強烈な臭い。酸素凝縮紙を噛んでても
嗚咽が出そうだ…。それなのに、どうしてコイツは
平然としている?ガスマスクをしてるわけでも
おかしな発明品を使ってるような感じでもない…。
「息が詰まりそうな顔だね確かにDUSTERの死臭は 人の身では耐え難いものだろうねぇ」
さて、ここからどうするか…。両手両足折って
動けなくしてから連行するか…。だけど、外に
連れ出したら知りたい事を聞く前に、国の連中に
引き渡すことになるか…?それなら、ここで
聞き出したいが、クソッ…死臭が強くて
口も開かない。………やめた。やっぱり
『運びやすくして』外へ引き摺り出す。
「その視線を推察すると私を連行したいみたいだね
なるほど最適解かもしれないね」
最適解?違うだろ。これは唯一解。お前を目の前で
生かしておくのが胸糞悪いけどなッ!
「ストップここまで来た君の為に聞きたいであろう
質問2つを答えてあげよう」
「…ッ!?」
「命乞いをしてるわけじゃないよ明確に君の
心はわかってる1つ目にヨシノ君の働きをなぜ
無下にしたのか2つ目に私がなぜこんな状況下で
平気な顔をしているのか」
「…。」
「よろしい死臭でつらいだろうから簡潔に答えよう
私は座りながら喋らせてもらうよ君も腰を下ろして
構わないからね」
短時間で答えろよ、心の底からそう思う…。
あんまりオチャラけて話すと全て聞く前に
顔を、焼いてしまいそうだからな…………!
「君が知っているかどうかは知らないがDUSTERは
この白都の外で起こっている事が原因で
発生しているモノだ
非常に厄介なモノだが発生率は最近まで“減少傾向にあった”このNDSがここまでテキトーなシステムで
存在する組織なのも実際のところDUSTERが
それほど脅威ではないと外界が判断しているからだ」
NDS上部の人間が何を言っているんだか。
その通りだ。この会社はシステムが稚拙だ。
街を見回して、見つけたら向かって倒す。
その繰り返しの作業。
‘事前にDUSTERを発生させない’だとか、
‘人員を改善する’という考えが全く見えない。
「今でこそ言えるが1年ほど前から所員もNDSの
解体を噂していたし規模も縮小した。
あのままならヨシノ君の言う通りDUSTERの発生は
幕を下ろし平和が訪れていたに違いないだろう。
…で…も……………………………ソれ…じゃあ………………………………困るんだよ」
「ッ!?」
なんだ…?今、何かが決定的に変わった…。
空気が、いつの間にか違う!…そうだ。
〝部屋の中に化物がいた〟私の前にいるのは何だ…?
コイツは…今、何になろうとしている…!?
「君の2つの質問を続けて答えよ…ゥ。」
私の目の前の、おそらく『元・人間』はゆっくりと
椅子から立ち上がる。この男は今から私の質問に
答えるらしいが2つ目の答え予想がついた。
その予想を正しいと信じるなら、私はすぐに
この場を去らなければならない。相手が身に余る
力を持っている恐れがあるからだ。…………だが、
1つ目の答えはわからない。それを聞くまで
足は動かさない。私の脳は、そんなバカな考えを
一瞬で導き、身体は生き残る可能性を上げるべく
力を入れ、戦闘態勢に入った。
「私は神になり…たイと願……った
その為に外界と自…ら取引しソトからDUSTERを白都に入れ………た…その後は実験、実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験………………そさはて手に入れへた!DUSTERの、力!カカカカッ!!」
目の前の生き物の口が、笑みだか興奮だかで
引き攣っている。……〈じゃあ〉
体の関節や指先などは興奮と並行して変色している。
…………………………〈こういうことか?〉
ようやくわかったことだが、死臭はコイツから
出ているようだ。………〈くだらない実験で…〉
「ッ!!」
炎を…一吹き浴びせる。数秒、死臭を炎の力で
押し返す。コイツに…1つ目の質問の答えを
口にさせたかった。
「お前はここまで何もかも、人が死ぬ事も
計画してたってことか…………………?」
「エ?…………………………………ソウダケド?」
ビリビリと…破れる音を頭が聞き取った。
よく怒りで頭が真っ赤になるというが、私の場合
違うみたいだ。まるで脳が裂けるような感覚。
今までギリギリ統率を守っていた思考回路が
処分される雑紙のように八つ裂きにされて、
もう何も読み取れない。
でも…怒り、怒り、怒り。それだけは酷く赤く鮮明に
震える口に、ここでいうべき言葉を教えてくれた。
「ふぅッ…ッ!」
言葉の前に息が詰まった。目の前が濡れて霞んだ。
吐き戻すように喉が焼ける。
「じゃあ…………あの人も…なにもかも…!!
テメェが殺したって事じゃねぇかッ!!」
心滾る熱は吐き出した言葉と一緒に消えた。
私の言葉は誰に届くのか。冷静さを取り戻すと、
そういえば、ここは敵の腹の中であったことを
思い出した。
「ゲキャアッ!!グワッ、ワァァ!」
元人間のゴミが動きだした。もう人格は消えたようで、
私のことは見えていない。向かった先は
…私が焼き尽くしたDUSTERの屍山だ。
「ワァグッ!グチャ…ギチッ!ガプ…ッ!」
腐った死屍累々を喰らっている。だが…!
構っている場合じゃない。とにかく…ッ!
-NDS外 A5地区-
「…………………。」
画面に映るDr.テラスから一通りの話が終わった。
見ていた人々は一様に活力を失っている。
まるで、殺されることがわかった実験台とでも
言えるだろうか。…ボクだって平気じゃない…!
一体、ボクは…何のために。この街は歪んでる…。
「!」
一瞬、動揺が大きくなって体が震えたのかと思った。
…でも、違うことはすぐにわかった。
…地面が揺れている。でも、ただの地震じゃない。
死臭が強まって…ッ。ここから…早く離れ…!
「うッ…うあああァッ!!」
すぐに走り出した。一心不乱に。でも、異変の
スピードは遥かに人間を凌駕していた。
草が抜けるみたいに地面が周囲に割れた。
その勢いに足を絡め取られ、ボクはコンクリートを
転がった。どう転がっているのかはわからない。
そのうち、何かにぶつかったようで体は止まった。
「はぁ…はぁ……ッ!」
どうやら、ボクは大きな看板に当たって
止まったようだ。大きなアルファベットが書いてある
見覚えのあるもの。…NDSの外付け看板。
視線を前に戻す。ボクが務めていたNDSはもう
無かった。その跡地にあるのは、腐乱した巨大な腕。
まるでゾンビ映画のように地面から腕が生えている。
日頃の慣れなのか、それを見た瞬間、ボクは懐の
出煙破臭剤を地面に叩きつけ、酸素凝縮紙を
口に入れる。一瞬の判断。自分の周りを見た。
…それが出来なかった一般市民は全員、嘘のように
口から泡や吐瀉物を吐き出し…息絶えていた。