舞う害悪
『ここに来たなら、負けないようにしなさい。
お母さんの事は…もう忘れて良いよ。自分の事を
真剣に考えて頑張りなさい』
母と子としての会話は、これが最後だった。
それから先は''あの人と自分''だった。別に悲しい事は
無い。そういう生き方を互いに選んだだけだから。
『無理しないで…。お母さんより長生きして…
こんな事、気にしなくて良いから…』
腹部を真っ赤に染めた母親。呼吸は隙間風のように
抜けた音がする。もう命はないだろう。誰が
こんな事を…。………………いや、わかってる。
「…っ」
昔の事を夢に見るのは久しぶりだった。それも
どうして今更、思い出したのか…。昨日の戦いで
死にかけたからか…。
「カレンさん、おはようございます…」
「…ああ」
朝が弱いのか、それともボクに朝一番の声を
かけられたのが気に食わなかったのか。多分
後者だろう。とにかく、ボクもカレンさんも
今、目が覚めた。時刻は午前6時。通報があれば
もっと早く起きるが、暇であれば長く寝てられる。
疲れてる日は平和が一番だな、と再確認できる。
「ボクは朝食を貰ってきますけど、
カレンさんも要りますか?」
「いい…。持ってる」
「あ、そうですか」
朝食といっても、入社間も無くに食べた定食など
では無い。食堂の前に設置されている社員専用の
冷蔵庫。その中に入っているパックされた経口投与
ゼリー【業務用栄養食】を飲む。どういう仕組みか
数秒で飲み干せる量で、飲んだ後10時間は空腹を
感じない。やはりDr.テラスが製作したようだが
異常なモノは入っていないらしい。
「ゴクッ…ゴクッ…ゴッ、ズズズ………ッ」
カレンさんがいる部屋に何と無く戻り辛いので
冷蔵庫の隣で摂取する。向かいの窓ガラスに映る
ジャージ姿の自分は部屋からそのまま出てきたで、
寝癖が飛び出た不恰好な姿だ。しかし、周りにも
自分と似たような姿の社員が点々とし、不気味だが
これがNDSの朝の姿か…と思った。
さて、用も済んだし部屋に戻ろう。あ、一応
カレンさんの分も持って行こう。
2本もあれば足りるかな。
-自室-
「カレンさ〜ん。一応、2本取ってきましたけど…」
「…今、話し掛けないで」
「…ッ?」
既に、いつもの戦闘服に着替え終えていた。腕には
もちろん、Sリングを付けている。しかし、
こちらに背を向けて蹲っている。表情は見えないが
真剣な声だ。もしかして、昨日の負担がまだ…!
「…よし!」
「カレンさん?」
「あ?」
「何やってるんですか?」
「タイピングゲーム、スマホの」
「あ…ああ、なるほど」
そういえば、スマホに喰い付いてたなぁ…。アプリの
入れ方とか覚えたんだ。ていうか、ゲームとか
やるんだ。しかし何でまたレトロなヤツを…。
「ゲーム…好きなんですか?」
「…別に」
「ええ…」
視線は合わせてくれない。ただただ、一昔前の
クオリティなタイピングゲームをプレイしている。
もっと新しいのあるハズなのに…。まぁ、いいか。
…とりあえず、もう着替えておこう。カレンさんは
相変わらず熱中してるし、後ろでサッと着替えれば
良いだろう。…いや、気にするような人でもないか。
「よっ…と、よし。じゃあ、ボクはもう
出てますから!ゼリーは机に置いときますよ」
「…。」
「………はい、では…いってきます!」
無言。文句を言わないという事は、問題無いと
いう事だろう…。そう思おう。ボクは昨日、
戦闘員として前線に出たけど、戦いが無いなら
司令室でモニターをチェックしていた方が良い。
何のDUSTERがでてくるか。一目見ておくだけで
戦い方を考えられるしね。
(しかし、ヨシノさんから頂いたSリング。
年季が入ってるからかなぁ。最初から熱力を
調節してあった…。)
両腕に備えた腕輪を見ながら昨日の戦いを思い出す。
いきなり戦闘に入って、身の回りの事を
気にしてなかったけど、やっぱり装備の整備も
考えないと、かな。
「昨日の戦い良かったよハジメ君初戦としては申し分
無い戦法だった最後は少し気が緩んだみたいだけど
カレン君もフォローが出来る人間だという発見を
得る事ができた君達の働きを今後も期待するよ!」
「Dr.…テラス…さん」
「面食らったようだねハジメ君あと"さん"は
要らないよ何か変だからね」
待ち構えていたかのように、曲がり角で佇むDr.。
表情は相変わらず不気味な微笑。目線は常に動き
ボクを隅々まで観察している。
「何か、用でしょうか?」
「用というほど大層なものでも無いんだけど君に
言っておくべきことかなと思ってねSリングの事
キミの腕に付いている物のアドバイスをね」
「Sリングの使い方なら…」
「違う違うキミのSリングのアドバイスさ」
ボクのSリングを指差す。どういう事だろう?
もしかして特注品とか…?初心者用にプログラム
されてある。とかだろうか?
「歩きながら話そうか結論から言うとキミの
Sリングの元の持ち主をカレン君に言わない方が
良いあっもう言ってしまったとかないよね?」
「えっ…?いえ、ないです。話す暇も無かったので」
「それはいい」
前線に出てから今まで、覚悟の事やリスクの事は
嫌になるほど問いかけられたけど、Sリングの出所を
聞かれてはいなかった…。…というか、Dr.歩くの
早いな。このまま研究室に入るみたいだな。
-研究室-
「キミのSリングの所持者ヨシノ君はカレン君の
実の母親だ仮にそれが知られるとアレだろ?
なんかイザコザしてしまうかもだろ?」
「え…っ」
ヨシノさんはカレンさんの母親…!?え…?じゃあ
ボクは形見の物を貰ったって事じゃないか…!
「Sリングについての忠告は終わりだ本題に入ろう」
「ッ!?」
この人は…ッ、この話より重大な話があるのか!?
人の死が絡んでる話だろう…!?机の周りを探して
何を取り出すつもりなんだ…?
「ハジメ君キミは昨日DUSTERと戦った時いきなり
肉迫してほぼ零距離で炎を打ち込んだろう」
「…?」
確かに…。そうだ。カレンさんも見ていなかったから
気付いてないだろう。ボクはまだ距離が離れた所に
炎を放つ事が苦手だ。あの時は、その苦手意識が出て
出煙破臭剤を投げた後すぐに接近してDUSTERの
横腹に炎を叩き付けた。遠くから撃って外すよりも
手堅いと思えたからだ。
「キミのような社員は珍しい狂ってもないのに
DUSTERに接近して戦うなんて逆に正気じゃない
そんなキミに研究意識を刺激されてプレゼントを
作ってみたんだ気に入ると良いんだけどね」
「これは…手袋、ですか?」
Dr.から渡されたプレゼントは肘まである黒く
長い手袋。肌に密着する素材で、所々ヒビ割れた
ような白いラインが入っている。一体、何の
用途があるのかは皆目見当がつかない。
「どう…使うんですか?」
「悪いが勢いで作った物は作り終わった後
記憶が飛んでしまうんだ残念だけどね
だから私にもわからない上手く使ってくれたまえ」
私はこれから研究があるから失礼するよ。…Dr.は
そう言い残し奥へと行ってしまった。結局の所
ボクは"知らなければ良かった情報"と"用途不明の
謎の道具"を手に入れ、重い足取りで廊下に出るしか
選択肢は無かった。
「さて後は仕上げだけかな」
室内でDr.の独り言が小さく聞こえたが、おそらく
また用途不明な道具のことだろう。
-E1地区-
「グッ…ココ…ウウ」
重い荷物を背負ったように、1匹の害獣は無軌道に
歩く。視覚や聴覚といったものは既に無い。昨日、
自分を敵視した人間に焼かれたからだ。しかし、
どうと言う事はない。別に見たいものも無いから。
ただ、妙に近付いてみたくなる【臭い】に足が進む。
こんな体になってしまっても、元来の本能には
逆らえないようだ。でも、あまり人の目には
つきたくない。その辺のヤツ等なら噛み付けば
逃げるが、あの変な火を噴くヤツ等。アイツ等には
会いたくない…。あんな敵意剥き出しの人間なんて。
一体、自分が…何をしたと言うんだ。
「グクルルル…ッ」
-司令室-
「DUSTER、発見しました」
視報官の声に社内の空気が強張る。最近の嫌な前兆。
それの本体がいつ現れるか、正気を保っている者は
気が気でない。
「どこに何体?」
「E5地区にB型1体です。相変わらず辺りに人は
いないですが、現在の歩行速度から計測すれば
あと2分で市街地に入ります…!」
「そう…。最近増えたわね。M型以外のDUSTER。
こっちは目減りしてく一方なのに」
視報長官が肩を落として言う。今現在、NDS社員は
戦闘員4人・視報官20人・滅菌隊15人・研究員4人と
なっている。不安な前兆の前に、少数の戦闘員という
現実は社員全員の士気を落としていた。
「ヨウカを行かせなさい。あの子、消費期限が
そろそろ切れそうだから」
「…了解しました」
一呼吸間が空き了解する。視報長官の言葉の意味、
つまるところ、潰れそうな戦闘員から使っていく
という意味を理解したのだ。
-カレン・ハジメの部屋-
「…ヨウカか」
DUSTER発見の警報が耳に入った瞬間、立ち上がる。
ゴミ共の相手は大体、私だ。他のヤツ等と比べて
体に異変が少ないし、速度が違う。それを買われてい
るんだろう。でも、今回の呼び出しは自分じゃない。
…ヨウカ。恐らく、もう体が保たないのだろう。
それに、ゴミの相手で死んでくれるならまだ良いが
暴走して毒の体液をバラ撒かれたら面倒以外の
何物でもない。ここの戦力低下より被害低下を
取ったって事…か。変な前兆が出てる今によくやる。
-司令室-
「これは…」
Dr.との話が終わり、司令室に入るとモニターには
B型DUSTERとヨウカさんの映像が流れていた。
しかし、戦い自体はもう終わっていた。B型DUSTER
は腐った肉を半分以上酸で溶かされ、白骨と化した
両足と翼は自重で使い物にならない。頭・胴はまだ
肉を残しているが、最早、金切り声を叫ぶ以外
使い物にならない姿だ。……しかし、今更そんな
DUSTERを見た所で狼狽えはしない。DUSTERより
衝撃的な姿で映されているのが…ヨウカさんだ。
『アゥ、アゥア…ッハ………ヒフ、ヒヒヒ…!』
人の姿じゃない。
全身は既に半透明な青色。ゼリーのようだ。
本来の人の顔に当たる部分に目が無い。鼻も無い。
舌は歯の無い口から長々と垂れ下がり、壊れた
笛のような声をヒューヒューと出している。
腰から下は、足の形成すら出来ておらず、地面に
根を下ろしているようだ。目は両手の平にあった。
ギョロギョロと腕を動かして視界を得ている。
まるで青いカタツムリ。彼女と話した事は入社まで
無かったと言っても良いが、こんな醜悪な姿は
居た堪れない。ここに入社した理由を考えると
吐き気より同情の念が込み上げてくる。
「今のDUSTERを喰って遂に変質しちゃったのよ」
「視報長官…」
「吐き気がして気持ち悪くなってきたのかしら?」
「いえ…もう、そういうのは無いんですが
なんというか…居た堪れないというか…」
「気持ち悪くもない、か。馴染んできたわね。
悪い兆候よ。まぁ、いいけど」
「アレは…、この後どうするんですか?」
「不思議なことにね、彼女まだ意識が残ってる
みたいなのよ。会話は出来ないけど、簡単な指令なら
赤ん坊みたいに正直に従ってくれるみたい。だから
完全に消滅するまで、道なりに歩いてもらってるわ
体は強力な溶解液だから、暫くの間、DUSTERの
進路妨害になると思うわ。もちろん、人間にも
凄まじい威力だから、市民に警報を出さないと
だけど。…ああはなりたくないものね」
無言で、モニターに視線を戻した。確かに
ヨウカさんは、ゆっくりと道なりに溶解液を
這わせながら進んでいる。既に眼前のB型DUSTERは
溶解液に飲み込まれ、骨も残さず消え失せた。
視報長官の言う通り、こういった非日常に対する
感情が希薄になりつつあるらしい。少し前までなら
すぐに吐き気を抑えられなくなっていただろうに、
今では、あの物体の効果はどれほどだろう。と
冷静に考えてしまっている。ボクの体に変化は無いが
気持ちの部分は…人の無残な死を見た後から
人間の形を失っているのかもしれない。
-E1地区-
「ハッ…ハァ…ハッ…」
顔の潰れたDUSTERは離れた場所に起きた騒ぎを
知らず、今だ建物の影をフラフラと這いずるように
静かに進んでいた。この害獣の知らない事だが
先程、ヨウカの変質による毒液の発生のため、
市内には異例の警報が流れた。そのため、外を歩く
市民はパッタリと途絶え、辺りは閑散とした
雰囲気が広がっていた。
「…フ…グゥ…」
既に目も耳も死んでいるが、直感から感じ取ったのか
DUSTERは腐った足を止め、周りの気配を読もうと
辺りを見回す。その結果、先程まであったヒトの
気配が失せ、静まり返っていることを気づいた。
…これなら少しは自由に歩けるだろう。そう判断した
DUSTERは歩調を早め、さらに道を進んでいく。
なぜか引き寄せられるNDSへ…。
-司令室-
「避難はいつ頃まで続くんでしょうか?」
「う〜…ん。ヨウカがどの辺りにいるのか
にもよるけど、まぁ、半日くらいじゃないかしら」
「半日…」
「街の人間は急な休暇ってとこだけど、
新しい仕事が増えたのも何人かいるようね」
「え?」
視報長官はモニター端を見ていた。どうやら
仕事が増えた人というのは研究員達のようだ。
ガスマスクをつけた異様な集団が徐々にモニターに
現れ、ヨウカさんから出た毒の粘液を採取している。
…それによく見ると。
「Dr.テラス…!?」
あろう事かDr.テラスはガスマスクも付けず
部下達の仕事ぶりを少し離れて見ていた。
まるで、その顔はショーを見ているかのような
微笑みで、その内、部下から手渡された粘液詰めの
ボトルを受け取り、じっくりと観察している。
「アイツは異形や脅威しか興味が無い。NDSにいる
理由もそれに一番近いから、だとか。早死に
したいのかしらねぇ。外の世界で超人でも
見てればいいのに」
視報長官はゴミを見るような目でDr.を
見つめている。長官を含め、この三人は古参
メンバーらしいが、意思疎通や相互理解はしないの
だろう。理想や利得は他の二人から見れば、それこそ
ゴミのようにしか見えないのだろうから。
「視報長官は、どうしてNDSに…」
「あ、何か見つけた…?」
「え?」
視報長官はボクを見ていない。呟いたのは
モニターに映るDr.がこちらに向けてハンドサインを
出したことへの反応だった。
「Dr.から連絡です」
「ええ、ありがとう。…何か見つけたの?」
すぐに連絡が入り視報官が携帯を視報長官に渡す。
受け取ると同時に問い質す。モニターには携帯を持ち
遠くを見ているDr.が映る。
『部下が確認したようなんだけどこんな状況だがDUSTERが現れたようだ場所はD5地区の裏道』
「こっちには反応がないけど」
『でも現にいるよ相変わらずNDSに近づいている
みたいだし確証なくいうのもアレだけど
新手のDUSTERじゃないかなぁ?』
「新手…。どんな姿か見た?」
『私は見てないけど確認した者によるとフフッ
翼の生えたM型だそうだよ』
「…。わかった、こっちで対応する。
そっちの指示はアンタに任せるわ」
『了解もしそのDUSTERを倒せたらレーダーを
改良する必要が出てくるね』
「そうね。切るわよ」
現場の言葉は聞き取れなかったが、どうやら
面倒な相手が現れたというのは表情から読み取れた。
視報長官は少し目を閉じ黙ると社内に向け
緊急の放送を始めた。
- E1地区-
「なぜ、今になってDUSTERの報告を?」
ガスマスクの社員が Dr.テラスに問う。実際、DUSTERはE1地区に来る際に発見していた。
発見時、 テラスは本社に知らせず放置させた。
「歩きながら連絡するのは面倒だからね…それに」
DUSTER出現に際し、辺りの音さえ聞きづらい程の
緊急サイレンが街にも鳴り響く。それを確認すると
Dr.テラスはNDSに視線を送る。
「私が◾️◾️になれる◾️◾️◾️◾️かもしれない」
「は…?」
「なんでもないよ」
聴き直す部下に笑顔を返し、その場を収める。
-ハジメ自室前-
「カレンさん!DUSTER反応がありました!
D5地区です、準備お願いします……あれ?」
部屋には誰もいない…ってことは、あの人
自分で判断して、もう行ったのか!…はぁ
まぁ、あの人らしい…か。
-D4地区-
ハジメの考え通り、カレンは既に新種DUSTERが
発見された現場一歩手前に来ていた。相手は物陰に
潜んでいるため監視カメラでの発見は難しく、
なぜかはわからないが新種はレーダーでの検知も
できない。結果、お互いの進行方向が合致するように
歩き、虱潰しに街を探すしかない。
街には今だヨウカの毒液が広がっている。そして、
いつDUSTERに襲われるかもわからないため、
口には既に酸素凝縮紙、手には出煙破臭剤が
握られている。
(ヨウカの毒液でゴミの臭いもわからないな。
面倒なもの撒き散らしやがって…。大通りに戻って
あっちが来るのを待つのが得策か…)
D5地区に目を向けたまま、後ろ歩きでE3地区方面に
引き返す。ゴミの進行を許してしまうことになるが
行き違いになるより遥かに良い。今は邪魔な一般人も
姿を消してくれている。つまり、辺りの心配より
確実な潰せる考えの方がいい。
- D3地区-
なるべく死角の無い交差点まで引き返したが
ゴミは姿を現さない。逃したか…と一瞬、考えたが
それは無いだろう。相手が延々と物陰に
留まってでもいなければ、どこかで気付いた。
ヤツ等の煩わしい叫びと臭いなら微かに感じただけで
体が勝手に動いただろうから。
-D5地区-
「よし…」
地下鉄に乗ってようやくついたD5地区。DUSTERも
カレンさんも姿は見えない。でも、爆発音や叫びは
聞こえないから戦闘には入っていないんだろう。
通信はできるから、本部の助けも借りられる。
何か発見があるまでは、足で探すしかないな。
歩いていればカレンさんとも合流できるだろう。
あの人、今回、通信機持ってないから連携が
できないんだよなぁ…。持ってても連携は
してくれそうにないけど。
-司令室-
「カレンはD3地区で待機。ハジメはD5地区から
カレンのいる方までDUSTERの捜索する形です」
「まぁ、妥当な判断だな」
司令室でも少ない視報官達がモニターを凝視し
異変がないかをチェックしている。静かだが
張り詰めた空気。長官も自らの仕事を一旦、止め
視報官に混ざって捜索している。
「…アレの起動も視野に入れておく必要がある、か」
口に手を当て、長官が呟く。少し前に外の政府と
話をした際、一つのスイッチを受け取った。
それを一度、目の前に出し溜息を吐く。その際
気が緩んだか、今までの人生が走馬灯のように蘇る。
「しっかりしなさいよ」
「…ああ」
視報長官がコーヒーを一杯、音を立てて机に起き
長官は我に帰る。確かに今は回想している
時間ではない。
「で…それ、なに?」
視報長官が机に置かれたスイッチを睨む。やはり、
それが怪しいもので、今のうちに確認しなければ
ならないと一目でわかるのだろう。
「関係無い…。今のところは」
「そう」
答えになっていないが、こういう男がそう言うなら
ひとまず今はそうなのだろう。と視報長官は判断し
納得したように返す。いつ、それが自分達の命を
脅かすかは分からないが、簡単に答えないなら
時間を無駄にするだけと思ったらしい。
『な…ッ!?』
その時、司令室にハジメの混乱の声が響く。もはや
報告でも無い言葉。モニターに映るハジメは
今いる地点から随分離れた高層ビルを見つめている。
視報官達も、その視線に合わせ、一斉にその付近の
監視カメラを回転。各々が、ハジメと同じ表情と
声を出す。
「ハジメ君、視線は外さずにD3地区にいる
カレンの所まで走って!」
『…了解!』
連絡を受け取ると、一目散にハジメは走る。
もう走るしか無い。なぜなら、既にDUSTERは
カレンの位置を『通り過ぎている』のだから。
- D3地区-
酸素凝縮紙も一枚吐き出し、二枚目を噛んでいる。
あれから5分は経ったか。DUSTERの姿は無い。
すぐに会えるとも思ってはいなかったが、緊張感を
保ったまま待つのは神経が擦り減る。いい加減
出て来て燃やされてくれないだろうか。
しかし、意外にこれほど落ち着いてられるのは
久し振りに思える。社員・市民・ゴミ・新入り
煩わしいものが多すぎる。しかし、自分が出て行く
わけにもいかないから、どうにか我慢している。
今は気分が良い。通信機を持ってこなくて
正解だった。いっそのこと、ゴミ発見も誤りで
今日一日、私一人何からも放って置いてもらえない
だろうか。
「あ!……カレンさん…ッ」
嫌な声が聞こえる。半径3mに入るまで無視しよう。
「カレンさん…!DUSTER…!」
アイツも見つけられなかったみたいだ。そうだろう。
私も見つけられなかった。実際いるのかどうかも
怪しい事態だ。それは良いが、アイツはほんの少し
黙れないのか?どうしていつも声を出している?
「…DUSTERは、C3地区まで移動してます!」
「…ッ?」
返事はいらないだろう。一瞬も無駄にはできない。
馬鹿野郎…油断した。後ろを見るべきだった。
すぐに見つけられた。あの新種のゴミ…DUSTER!
…犬の体で、空を飛んでいやがるッ!
-C3地区-
思った通り、ヒトに騒がれずに移動できた。
背中に生えたモノを使いこなすのは変な気分だが
歩くより遥かに早いから小難しさは無視できる。
…さて、ここはどこか。臭いの場所はまだ少し遠い。
でも、それは動くわけじゃない。自分がここまで
来ても位置は変わってない。
…少しここで一休みしよう。ここはヒトの通りが
ないし、風の通りもいい。
「クッ…グゥ…ゥ」
NDSの切迫した状況と裏腹に、害獣は悠々と
これからの算段を腐った頭で考えた。そして、
DUSTERは屋上を目指し、ビルに爪を立てて登る。
-司令室-
「あのDUSTERって昨日、カレンが相手した
M型じゃないか?」
「本当に翼を使ってる…」
「どうやったら、あんなのになるんだよ…!」
モニターに映る異形のDUSTERを観察し、思い思い
言葉を発する。
「昨日仕留め損ねたM型がB型を取り込んだ姿…。
と考えるのが自然か」
「3年は働いてるけど、このケースは初めてね」
上部の人間となると驚きは薄く、やれやれと言った
感じでDUSTERを見ている。余裕があるわけでは
無い。しかし、ゾンビに翼が生えたくらいで
いちいち驚いているほど心も豊かでない。それよりも
現場の2人がどうするかの心配が上回っていた。
「ハジメに連絡を…。敵を攻略するデータは無い。
支援はほぼ出来ないが、そっちでの殺処分は
許可するという連絡をな」
「不甲斐無いわねぇ…」
-C4→C3地区-
「はぁ…はぁ…ッ」
あれから、何分か全力で走っている…。
流石に息が上がってきた…。カレンさんは
ボクをぐんぐん突き放し、先行している。
ブーツにコートでよくあんなに走れると、呑気に
考えてしまうが、年季が違うというものなんだろう。
『ハジメ君。本部から、あの新種DUSTER。
仮に…あ〜…C型と名称するけど、悪いけど
こっちからサポートできるデータも無いの。だから
そっちで対処は任せるわ。当然だけど、殺しても
全く問題無いから。できる限り早く頼むわ。あと、
DUSTERのいるビルは運良く取り壊される予定の
ものみたいなの。だから、暴れても大丈夫。
カレンにも伝えといてね』
…喉も渇いて声が出ないのだが、あちらも
ボクの声は求めてないらしい。言われた事は
やはり、異常事態だという事と、殺処分許可が
出た事。それと、カレンさんに伝える事。
…とりあえず、叫んで伝えてみよう。
「あのDUSTER!……C型って、はぁ…っ
名ッ…付けられたみたいっすけど、殺処分許可…
出ました!はい…!ビルも…壊す予定みたいで
暴れても…大丈夫す!」
-C3地区-
後ろから新入りの声が聞こえた。当たり前だ、
殺していいに決まってるだろ。名前もどうでもいい。
それよりも。…ッ、あの犬ゴミ!生きてたか!
クソッ…私が昨日、ゴミを逃したって
いう事で頭が弾けそうだ…!!頭に血が上って
半殺しにしたから本部のレーダーで反応が
拾えなかったか…。鳥ゴミも因縁がある。
今度こそ、まとめて2匹、私が徹底的に殺す…!
…が、そのために。
「新入り…手貸せ」
「はっ…はっ…はぁ…?」
-C3地区 ビル屋上-
「…グゥ」
嫌な感じがする。何が嫌だったか、誰にそんな思いを
させられたかは覚えてない。ただ、ただただ不快な
怪物。もし、それにまた会ったら自分は暴れる。
そう、手足を使っ…手…?足を振るって、口…嘴?
を開いて、自分は自、自分…?何?どこ?うっ、
暴れ、嫌…あ…あ…あ、あ、あ、あ!!
「グボッ!ガハァァァァ…ヴェオオオオオ!!」
-C3地区 ビル真下-
『C型、急に暴れ出したわね。例えると
蜂に追われてるみたいに飛んだり跳ねたり。
いつ、そこから飛び立つかわからないわよ』
「…はい。でも多分、大丈夫です。カレンさんが
もうDUSTERの真下にいるので」
カレンさんと作戦を立てた。やる事は挟み撃ちだ。
…このビルの屋上をカレンさんが真下からブチ抜き
DUSTERをビルの中に落とす。狭い建物内で
飛べない相手を上からカレンさんが。そして、一階で
ボクが待ち構え、焼く。
……Dr.から貰った手袋。一応、嵌めておこう。
色々、運任せだが仕方無い。それにカレンさんなら
一階に来る前に仕留めてそうだしね。
………しかし、凄まじい叫びだった。記憶が飛ぶまで
呑んだ酔っ払いみたいな、何振り構わない
生き物の声。DUSTERは何に反応しているのか…?
-C3地区 ビル6階-
うっさ…。ゴミの声か。まぁ、いいか。アイツ
次第のところあるけど、それがハズレでも
潰せるだろうし。
「はぁッ!」
酸素凝縮紙を屋根に貼り付けた上での燃焼。
この一撃で羽の一枚でも燃えてくれれば助かる。
いや、使えない羽で動けないゴミを焼くのもアリか。
-C3地区 ビル屋上-
「ゴアッ!?」
コレ…ッ…コレだ!イヤなヤツだッ!味わった!
前に1回!1…2あ?2、1、2、1!?
あ…あアアっ頭が痛い、痛い痛いいたい、イタイ!!
「久しぶり………。死ね」
炎の下。地獄の場に少女の姿の鬼が
殺意を燃料にした笑みを浮かべ、現れる。
炎の中。苦痛で叫ぶ害獣は火の粉の付いた翼を
張り裂けるほど広げ、手足は空を掻く。
炎の上。まるで火山を模したビルは
屋上から下を焦がし、戦場となる。
-C3地区 ビル真下-
「始まった…」
屋上の炎上を見ると、思わず呟いた。相変わらず
容赦が無い。まぁ、あんな敵に対して情を持つのは
おかしいけど。…それよりも、今の内にDr.から
貰った手袋を試してみよう。
嵌めた感じ、吸い付くほどピッタリしている。
本当に何なんだろう?炎の熱を抑えるためかな?
試しに炎を出してみよう…。
「…ん?…な!?…えっ!?」
コレは、呪いの装備のような、面倒なものを
贈られたみたいだ…。
-C3地区 ビル内-
ビルの中は片付いており、階段以外の設備は無い。
言わば、大部屋が重なっている作りになっている。
そして、その内部に今、白い煙幕が広がっている。
【出煙破臭剤】人間の嗅覚を麻痺させ、DUSTERの
驚異的な悪臭から身を守り、更にはDUSTERの動きを
鎮静化する作用もある。一般的にこの装備は
野外で使用されることがほとんどだが、今回の
イレギュラーな建物内の戦闘であるなら、屋根に
穴が空いているとはいえ、長時間の効果が
期待できる。
「はあッ!」
「ゴッフッ!」
煙幕の中、カレンは自らの勘のみでDUSTERを
補足し、炎を浴びせている。相対するC型は2体の
DUSTERが融合したためか、大きさが大型犬ほどから
ライオン並みに巨大化していた。まともに戦えば
体格の違いから劣勢を強いられるが、出煙破臭剤の
効果でその心配は無い。互いに直感に身を委ね
戦っている。そして、相手の動きを探りながら、
致命的な一撃を狙える一瞬を探す。
「ゴファッ!!」
C型は翼を広げ、身を回転させる。筋肉の
リミッターが外れたDUSTERの動きはどれも
人一人を打ち砕くに十分な力を持つ。よって、ただの
翼で打つ攻撃も鉄骨並みの破壊力で襲い掛かる。
「ッ…」
空気の動きを読み、前転して擦れ違うように回避。
死に体になったC型の背後を獲る。
「ふッ!」
「クァオ…ッ」
賺さずカレンは中腰の姿勢からC型の後ろ脚に
炎を浴びせ掛ける。痛覚すら麻痺したDUSTERは
生前の記憶からか、攻撃を受けると一瞬怯むが、
それで終わる。よって、痛みで怯ませ追撃するという
方法は通用しない。そのため、確実に脚を潰し
機動力を奪うという当然の方法が有効となる。
「ゥオッ!!」
「く…ッ」
C型は後ろのカレンに気付き、思い切り後ろに跳ぶ。
その際、翼は広げたままのため、立ち上がって
姿勢を立て直す暇も無く、中腰のカレンは右へ跳ぶ。
「…ゥ」
「…。」
その後、互いに相手が攻撃範囲から消えた事を悟り
沈黙。耳を澄まし摺り足で動き、相手の出方を伺う。
長期戦になればなるほど、戦いに制限のある
カレンの方が不利となる。現在、カレンの体温は
36.2℃。体温1℃で2000℃を1分放出する事を
鑑みれば、長く炎を放射する余裕は無い。
それを抜きにしても、戦闘とSリング使用という
負荷で体力切れも常に考えられる。なるべく短時間で
決着をつける。これがNDS戦闘員の鉄則である。DUSTERがそれを許してくれればに限るが。
(なら、第2ラウンド…!)
「ッ!?」
気配の隠蔽など微塵も考えず脱兎の如く下りの
階段の方へ走り込むカレン。C型はすぐにそれを
察知し追い掛ける。部屋と階段への間にはドアが
1枚ありカレンは素早くドアを開け、締める間も無く
走る。C型もそれを追うが、巨大なC型に階段は
細かく、段を踏めずに踊り場に滑り込み激突する。
「ガッ…ゴォ」
「うッ…」
カレンは空気の揺らぎを感じ、咄嗟に手摺りから
折り返しの階段へ跳ぶ。次の瞬間、後ろからC型が
踊り場の壁へ激突。一足早く回避していたカレンは
間一髪で、直撃を免れる。しかし、巨大な物体が
叩き付けられた風圧で階段を踏み外し、堪えきれず
下の階層に転がり落ちる。
-4階-
「ふぅ…。クチャ…クチャ…」
階段を転がり落ちたが、冷静に受け身を取ると
すぐに立ち上がる。そして、冷静に部屋へのドアを
開け部屋に入る。ドアは開けたままで階段から
距離を取ると、酸素凝縮紙を口に含む。
残りの装備は、出煙破臭剤が1つと酸素凝縮紙が2枚。
(ゴミと戦う場はここを入れてあと4階。1階で
待ってる新入りは煙幕の中で戦えるほど使えない。
って事は、2階までで装備は使い切って良いか。
あ………そうか、ここ)
算段を立てると、周りをグルリと見渡す。先程までは
煙幕でよく見てなかったが、ある事を室内から発見。
必殺の策を思いつく。そして、それを実行するため
景色が一望できる窓まで歩き、C型を待ちつつ
炎を床や周囲の備品に放射する。
「………ハァァ」
暫くすると、眼の見えないC型は階段から重々しく
姿を現わす。先ほどの階層と違い、出煙破臭剤は
撒かれていないため、悪臭の対処はないが
視覚的には圧倒的にカレンが有利な状況である。
「…。」
カレンは盲目のC型に飛び掛かろうとはせず、
延々、火を周囲に撒き続けている。しかし、
その動きは室内を火の海にしようとしている
様子でも無く、C型を呼び込む罠にしている
ようにも見えない。
(こんなものでいいか…さて)
蝋燭のようにゆらゆら燃える炎をしばらく見ると、
またC型に向き直る。だが、相変わらずC型を
排除しようとする熱い目ではない。カレンの目は、
追い込んだ獲物に無言で『今は動くな』と言っている
ような冷えた視線だった。
「ゥゥゥ…ッ」
「ふッ!」
「ガヴォッ!?」
「しッ…!」
C型の顔が自分に向いた瞬間、獣の鼻に向かって
炎を放射。突然の事に動揺したC型はカレンの方へ
凄まじい勢いで走り出す。それを確認すると、
悪臭を抑えるためカレンは鼻と口を押さえ、
入れ替わるようにC型を躱し階段へ急いで走る。
そして、勢い良くドアを閉めるとそのまま階段を
駆け下りる。
「ガァオッ!!」
カレンが階段の踊り場に降りたのと同時、C型が
一面張りのガラス窓に激突。激しい音が鳴り
ヒビが広がると、パラパラとガラスが砕け穴が空く。
-3→2階-
「ふッ!」
脇目も振らず、駆けるカレン。C型からの報復を
恐れているわけではない。そんな小事は頭に無く
もっと大きな被害を避けるため、とにかく走る。
…そして
-1階-
「うわぁッ!?」
大爆発。C型がいる4階が火を吹き、凄まじい爆音が
辺りを揺るがす。何の前触れも無い異変に
ハジメは一般人のように悲鳴をあげる。
「ガアアアアアアアアアアッ!!!!」
ハジメが悲鳴をあげ終えた瞬間、墨のように焦げた
C型が絶叫し、窓から地面に墜落する。
…さらに。
「チッ…」
「ぅお!?」
2階から壁を蹴って衝撃を減らしカレンも登場。
ハッキリと舌打ちし、晴れやかな顔では無い。
「カレンさん!?」
「ヤロー、バックドラフトに巻き込まれながら
外に跳んだ。…殺し損ねた」
「バックドラフトって…」
酸素が無くなった密室に、急激な酸素が送られた時
不燃焼な炎が再燃。爆発的な業火を生み出す。
この現象によりC型に痛手を与えたが、準備が
足りなかった事もあり、決着までには至らなかった。
「ォ…グォ…ォ、ォ…」
爆風に飛び、頭から墜落したC型の体は更に崩れ、
頭は胴に埋もれ、翼は焼け落ち、前脚はあらぬ方向に
折れ曲がっている。
「…っ」
改めてC型を見たハジメは醜悪な姿よりも、こんな
姿になっても、こちらに進むDUSTERに戦慄した。
頭は潰れているため、感覚器官も完全に失ったが
偶然か本能か、その進む道はカレンのいる場所に
向いていた。
「死にかけの汚物が。これ以上、道を汚くするな」
掌を翳す。
距離は射程内、余力もある。外しようが無い。
放射された炎は胴体に直撃する。
…しかし
「ゥック…」
「ッ!」
突如、C型の後脚が力むと上半身が捥げ、勢いよく
下半身が跳ぶ。突然の事に一瞬、カレンも思考が
固まる。飛び込んできた下半身は、断面から
涎のように有害な体液を撒き散らす。
場の空気が凍る。…だが
「カレンさんッ!!」
一瞬の、その半分の時間。ハジメが飛び出す。
体液を被らせないよう、両腕を突き出し
カレンを弾き飛ばそうと跳ぶ。
「ふッ!」
しかし、それをカレンが察知。ハジメの
力を借りずに跳んで来た下半身を避け、
見事な動きで斜め前に跳ぶ。
「うッ!」
カレンが避けたため、突き飛ばす対象を失った
ハジメ。予想外の事に体が固まる。
そして、その時間差で、カレンのいた場所に
C型の下半身が現れる。
「…ッ」
眉をひそめるカレン。ハジメが体液を
喰らったわけでは無い。異常が起きたのは
突っ込んできたC型の下半身。ハジメに
突き飛ばされた下半身はまるで、焼印を打たれた
ように煙を上げ、徐々に炎を発生させる。
「は…ぁ。…これ、は…?」
突然の事に溜息のような声が出る。黒い手袋に
所々ある白い亀裂は、今や赤く変色し、蒸気のように
煙が噴出している。
「…。」
カレンは何も言わず、炭のように黒く燃えるC型を
確認すると、仕事が終わったと判断し本社へ
帰り始める。
-NDS本社-
「アレはお前の発明品だろう。どういう風の
吹き回しだ?テラス」
「う〜ん当時の私がハジメ君の突発的蛮勇に
インスピレーションを受けて開発した零距離兵器
だった気がするねぇ」
C型の撃破は司令室でも確認されており、ハジメが
装備した手袋は社員達も興味深く見ていた。
開発者のテラスはそれを横目に軽く回答する。
「知っての通り私は忘れっぽくてね
それよりも要件ができたのでこれで失礼するよ
きっとまた驚くべきものを作ると約束しよう」
「…。」
舞台役者のように軽いステップを踏んでテラスは
司令室を出て行く。訝しげな表情の司令官だが、
これ以上の言及も効果をなさないと自制し、無言で
退室するテラスを見送る。
-研究室-
「では回収を頼むよ今回の研究対象は興味深い
出来る限り形を崩さず持ってきてほしい頼んだよ」
滅菌隊に指令を送るテラス。その表情は必死に
興奮を抑えているかのように引き攣り、並々ならぬ
熱意に瞳が燃えていた。
「まさかこんな早くこんな形で幸運が訪れるとは
予定より研究の最終段階は近い!」
いつもの早口も更に早く、紙吹雪のようにデスクの
紙資料を撒き散らす。そして鍵付きの引き出しから
新たな鍵を取り出し、研究室の最奥に早足で歩く。
「これで白都は変わるDUSTERとNDSも!
私の研究で遂に!」
研究室の最奥の扉。それが開けられる。
思えば視覚・聴覚などを失った今回のC型や
今までの多くのDUSTER。それらがそれでも
感じていたNDSの蠱惑に似た魅力。扉の中の
棺桶に似た箱。それに入っていたものが
正体であると、わかるだろう。
「そろそろ我々の進化の時ですよDUSTER H型」
見るも無残な腐乱死体。
それは霊長のゴミ。新たな進化の種。そして…災厄。