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DUSTER  作者: 703
4/13

心の洗浄

-明日 司令室に向かう通路-


「…。」


間も無く業務の開始時間になる。

昨日の一件は、まだ頭から抜けず

昨晩は一睡もできなかった。

…食欲も無い。食堂に人が来なくなる理由は

つまり、こういった心労なのだろう…。

DASTERや死人を見ていては

普通の食事なんて出来はしない。


「体調が悪いなら休んだほうがいいわよ」


「視報長官…」


牛串を咀嚼しながら視報長官は

ボクを見定めて言う。やはり

ここにいて長いようで、表情とか

何もかも変わりは無い。



「…食べる?」


「いりません…。特に今、肉は…

…食欲…無いんです」


焼かれた肉なんて…今は本当に

勘弁して欲しい…。異臭を嗅ぐだけで

もう、吐き気がしてくる…。



「人間、孤独と不眠と拒食さえ

解決すれば大概の問題は解決するものよ。

逆に、その三つを抱えると死ぬわよ。

体も心も。覚えておくといいわ。じゃあね」


「…はい」


不眠・拒食。更に孤独の闇は

既に自分をむしばんでいる。壊れる

カウントダウンは近い。

…その時



「急患です!通路を開けて下さい!」


「ッ…ッ…」


ボクの歩く反対側から医療班が

医療用の担架が押し勢い良く

走って来た。担架には、面識の無い

やや幼げな少女が体を強張らせ

横たわっている。


「…。」


何も言えないし、何も出来ない。

でも、ボクは走り去る担架から

目を離す事が出来なかった。



-司令室-


「遅い。バカなの?」


「おはようございます…」


持ち場に着くなり、近くにいた

カレンさんに罵倒される。いつもなら

司令室にはいないハズだけど…。



「今日は…DASTERの反応は…?」


「あったら私はここにいないわ

それに今日は、働きたくない…」


「…どういうことですか?」


「さぁ…ね」


そう言うとカレンさんは

ボクの横を通り過ぎ司令室を出て行った。

いつもの雰囲気じゃない姿、それを

目で追っていると、先程、廊下ですれ違った

少女の苦悶の姿が頭の中に蘇ってきた。



「…。」


今日は反応が少ないのか、司令室には

いつもの殺気立った雰囲気が薄らいでいる。

この場にいる人数も10人程度。仕事も

無反応のレーダーを見ているだけだ。

ボクはここにいなくていい気がする…。



-通路-


結局抜け出してきてしまった…。

と言っても、カレンさんも

やる気がなさそう…というか暗い感じに

見えたし、あの人が動かないなら

新入りのボクなんて必要無いハズだ…。



「新人の視報官が、サボりかな?」


「!」


今朝、担架で運ばれてきた女の子…!

何でこんな所に。見た感じ重症な具合で

運ばれてきたのに…!


「初めまして、になると思うけど

こんにちは。清代 一 君」


「は、初めまして…。

ボクの名前…知ってるんですか?」


「話で聞いていたわ。過剰な正義感と

それ以外難ありの問題新入り。

まぁ、そんな感じで。」


散々な言われようでボクの事が

広まってるな…。反論はできないけど…。


「名乗り遅れたわね。私はヨシノ

だいたい1年前から滅菌隊で働いてるわ」


「1年前!?え…とキミは今何歳なの?」


「女の子に歳を聞くつもり?」


「あ…ごめんなさい」


「ふふ…っ」


担架で運ばれてきた時は

衰弱してて幼く見えてたけど

今は病人服姿だけど黒い髪とか

目に見える所には手入れがしてあるし

もしかしたら、ボクやカレンさんより

年上かもしれないなぁ…。



「ヨシノさんは、その…

今朝どうしたんですか?

もう動いていいんですか!?」


「あぁ…、ちょっと、ね。

ドジやらかしちゃって。大したこと無いよ

会社に戻ったらカレンに怒鳴られたけど…。

まぁ、座って話そうよ。サボるなら

サボってるようにしないと」



「は、はい…!」


ヨシノさんに促され、通路に設置されている

ベンチに腰を落ち着かせる。それにしても

ここの社員にしては明るい人だな…。




「…カレンさんとは面識があったんですね」


「まぁね。こう見えて、今の若手の中じゃ

一番早くNDSここに入ったのよ

カレンも入りたての頃は私が色々

仕込んでやったわ」


「へぇ。それなら…」


「アンタ…病室抜け出して

何してんのよッ!?」


「!!」


「あらあら、見つかっちゃったわね」


振り返ると後ろからカレンさんは

鬼気迫った顔でボクを通り越し

ヨシノさんを捉えていた。ボクは

再び、ゆっくりヨシノさんに向き直るが

ヨシノさんは困ったような微笑を

浮かべており、2人の態度の違いに

思わず困惑する。


「ちょ〜…ぉっと息抜きに、ね

新人の視報官とお話をしていたのよ」


「ッ!!」


「あ〜もう、乱暴ねぇ…」


「カレンさん…!?」


ヨシノさんのとぼけた態度に苛立ったのか

カレンさんはヨシノさんの腕を掴むと

引き摺るように通路の奥に早足で

歩いて行ってしまった。



「…あと、新入りッ!

長官が呼んでるわよ…さっさと、行って!」


「は、はい!わかりました…!」


…今日のカレンさんは、やっぱり

何かがおかしい…。余裕が無いというか…。

…いや、カレンさんの事は本人に任せよう。

ボクの事なんて聞き入れてくれるハズは

無いだろうし…。長官の所に行こう。



-長官室前-


しかし…ボクに何の用だろうか?

リストラ、かもしれない…。正直

昨日の一件で随分やられた。

自分に関係無いとか、国からの保障を

目当てに暮らしている連中だからとか

そういう事でも、やっぱり…人が…殺される

…っていうのは…やっぱり…うッ…ッ…。




「部屋の前で、座りこまないでくれないか」


「長官…」


「呼んでおいて後から来てすまないな

カレンから聞いたと思うが、話がある。

とりあえず、部屋に入ってくれ」


「…はい」



-長官室-


「昨日、任務を終えたわけだが…

あれが、我が社の仕事風景だ」


「はい…」


「今回、市民に犠牲が出たが

あれは少ない方だ。DASTERや

市民の状況次第では、数十人規模の被害が

出る事もある。…受け止められるか?」


「承知は、しています…」


入社する以前から、死人が出る事だと

いう事は理解している。頭では

理解しているんだ…。でも、それを

“受け止められるか”と言われると

わからない…。数日後の自分が

予想できない。



「…もしも、退社を考えているなら

まだ人の心が残っている内に

決断をした方が良い」


「え…っ?」


「物を壊す事や、生命に対する仕事を選んで

没頭していると、破壊や死への反応が

希薄になってくる。…だが、それは

人間の心にとって異常だ。」


「…はい…」


「ここの社員は残念な事に

大半以上がそんな人間だ。元はキミのような

心を持った若者もいたが、数ヶ月で

心労から変わり果てた者も大勢いた」


「そう、ですか…」


「キミはどうする?

自分を大事にするなら

この時点で抜ける事を勧める」


「ボクは…」




-医務室-


「自分の体が…夜更けにはどうなってるか

わかってるわよね…?」


「ええ。だから今日を楽しみたいのよ

なるべく、ベッドからおりて、ね」


「バカ…!動いたら、それだけ

ウイルスの進行が早まるのよ!?」


「私が悪いのよ。あの時、無駄に

動かなければ無傷で済んでたのに。

…自分からDASTERに当たっていった

それの報いよ。心配なんていらないわ」


「アンタが死んだら…私が困るのよ!」


「…そう」




-長官室-


「ボクは…ここを抜けません

…と言うか、ここを出ても

ボクには行き場所が無いんです」


「…そうか

だが、今言ったように…」


「いえ…上手くは言えませんが

ボクにとって、ここが一番

生き易い場所なんです」


「生き易い場所…?」


「はい…。詳しい事は

言いたくはないんですが。その…」


「ならば、言わなくて良い。

それに、お前がここに来るまでの

出来事は私も知っている。お前と似たような

経験をしている者もNDSにはいる。」


「そうですか…」


「お前はなるべく、壊れないようにな」


長官の目が、やや細くなり

どこかを見ている雰囲気を醸している。

ボクは、長官との話から、少し

目が覚めたような気分になっていた。



「…ところで、話は変わるが、ハジメ

教習室での一件は覚えているか?」


「教習室…あぁ、はい」


そういえば、すっかり忘れていた…。

いきなりDASTERと戦った

よくわからない真っ白い部屋。

…結局あれは何だったんだろう。



「あの中で、何を見た?」


「え…、何を…って」


長官は真剣な眼差しで前傾姿勢をとり

ボクの答えを待っている。どうやら

重要な事らしい。



「…DASTERを見ました。それで

Sリングを付けて戦いました」


「そうか…わかった」



「あの…」


「…教習室は、自分が潜在的に向いている

仕事を見るための部屋だ」


「自分に、向いている…」


「視報官なら司令室。滅菌隊や

裏方の仕事なら機材。そして、潜在的に

前線で戦うという闘争心と責任感が

あるものにはDASTERが見える。だが…

見たというだけなら一般的だが、まさか

自らSリングを思い描いて、戦うとは

なかなか、おかしなヤツだな。

相当な野心があるのだろう」


「そう、ですかね…」


「…時が来れば、キミも

カレンのようにDASTERと戦う日が

来るかもしれないな…」


「…っ」


「もちろん、心が安定してからになるが」



「はい…」


いつかDASTERと真正面から戦う日が

来るとは感じていた…。でも、NDSここに入って

まだ一週間も経たない内に覚悟を

決める事になるとは、正直

思っていなかった。覚悟が甘かったのだ。




「私からの話は以上だ」


「あ、はい…!」


長官は一言終わりの言葉を言うと

ソファから立ち上がり、外の景色を見る。

気が付けば昼頃になっていたらしく

部屋からの景色が明るくなっていた。

白都の街と、隔絶された壁は

街の汚れなど意に介さず、今日も

日光を反射し白く輝いている。



「…長官」


「なんだ?」




「ヨシノさん…って」


「…。」



ボクがヨシノさんの名前を出すと

長官は驚いたように目を見開く。

そして、少し間を開けると、再び

ボクの前に座り、溜息交じりに口を開いた。




-医務室-


「最期まで白都が白くて良かったわ…」


「…っ」



「な〜んて、ね。私らしくないわね」


「…なら言わないでッ!」



「…でもね、嬉しいのよ

最期まで、誰かが傍にいてくれて

短い人生だったけど…孤独な時間は

少なかった気がするわ」



-長官室-


「今日が…最期の日…!?」


「今から1年前。まだ、現役で

前線に立っていた彼女は、市民の為に

身を挺し、DASTERの攻撃を受けた」


DASTERの攻撃を受けるって事は

ウイルスを体内に塗り込む事と同じっ…!

そんな事が…ッ



「私達はヨシノの体調を考慮し

退社を言い渡したが、彼女は

動けないなら裏方に回ると言って

聞かなかったよ。事実、キミが来る

半年前まで、彼女はナビゲートや滅菌隊

新人の世話等を、熱心にやっていた。

カレンやその同期の社員は全員

ヨシノが面倒を見ていたよ。その分

社員からも尊敬されていた」



さっき、カレンさんがヨシノさんに

キツく医務室に戻るよう言ってたのは

ヨシノさんを大切に考えていたから…。

それに、司令室の様子が変だったのも

ヨシノさんを思っていたからなのか…。



「ヨシノの病状は半年前から悪化した。

最善の策を尽くしたが、力不足だった

そして今日、ヨシノは細胞解放剤を

自らに投与した。」


「細胞解放剤…?」


「NDSが開発した、“戦闘用”の薬だ。

痛覚を遮断した上で、身体の細胞を

悪性の物から順に溶解し、体外に放つ薬だ。

しかし、投与すると止める事はできない。

砂時計と同じように全ての細胞が

徐々に消えていく」


「それじゃあ…!」


「彼女が選んだ道だ。NDSは社員の死の

取り決めに関して決して干渉しない」



…確かに、苦しんで死ぬ事より

楽かもしれない。でも、死ぬ事には…!



「長官、すみません。失礼します!」


「…ああ」



心臓の鼓動が体に広がったように

体が揺れ動く。ボクが行って

何になるかもわからない…!

でも、ヨシノさんの所には、今

行かなきゃいけない気がする…!




-医務室-


「失礼しますッ…!」


「新入り…ッ」


「ハジメく〜ん、忙しそうねぇ〜!」



「…ッ!」


「どうか…、した?」


「…い、いえ…何でも」


「そ」


ヨシノさんの身体…さっき会った時よりも

小さくなってる…。もう、140cmくらい。

細胞解放剤の症状が進んでるんだ…。



「何しに来たの…新入り

長官の指示…?」


「い、いえ…。その、あの…

ヨシノさんに会って…おきたくて」


「何それ…」


カレンさんの視線は普段より

冷たくなく、暗くて、直視できない。

いい言葉が見つからなくて申し訳無い…。

目的があるわけじゃ無い…。

本当に、会っておきたいと思ってる、だけ。



「そぅ。それは嬉しいわね。…う〜ん

何だか喉が乾いたわ。ねぇ、カレン

ちょっと何か買ってきてよ」


「何で私が!」



「…お願い」



「っ…。」


ヨシノさんの軽はずみな態度に腹を立て

声を荒げるカレンさん。鋭い視線を向けるが

ヨシノさんの小さな呟きに力を抜かれ

日が揺らめくように沈黙する。



「カレンさん…あの」


「逃げ出さないように…見張ってて…」


「…は、はい…!」


「ふふっ、監視係の交代ね」


カレンさんは静々と部屋から出て行き

部屋にはボクとヨシノさんの2人が残る。

ヨシノさんがワザとカレンさんを

退室させたのは、ボクもカレンさんも

理解していた。




「…。」


「覚悟は…できてるの?」


暫しの間の後、ヨシノさんは

ボクの目を見て言う。


「…さっき、固めてきました」



「なんていうのはウソ。

まだ万全じゃないんでしょ?」


「…ッ」


「ふふっ、普通はそうよ。

やむを得ない理由がある人って

自分じゃなくて、その理由の為に

頑張っちゃうから、最後に

おかしくなっちゃうのよね…」


「…ええ」


多分、この人には多少の建前も

見透かされるんだろう。恐らく歳が近い分

長官達より言葉が的を射ている。



「でも、ボクは戦います。

暫くしたら前線に出て…傷付きます…。

でも、その時に弱音を言いたくありません!

今の内に、ゆっくりでも覚悟を決めて

いたいんです…!」


「…そ」


「…。」


ヨシノさんは一度小さく頷くと

小さく溜息を吐いた…そして。



「…よく言えたわね。

ご褒美に、これをキミにあげるわ」


「え…?」


ヨシノさんはそう言うと

かたわらから重厚な箱を取り出し

ボクにゆっくりと差し出す。

受け取り、箱を開けると二つの

赤黒いリストバンドが姿を見せる。



「…Sリング…!」


「私が使ってたのだけど、まだまだ

全然使えるわ。新品は馴染むのに

時間が掛かるから…使ってあげて

私が持ってても、宝の持ち腐れだから」


ヨシノさんは苦笑しSリングを一瞥する。

その姿は、哀愁と細胞解放剤の作用で

小さく見えた。



「カレン…遅いわね」


自分の、小さくなった手を一瞥すると

部屋の外を見つめヨシノさんは独り言を

呟いた。



「すぐに帰ってきますよ」


少し静かにすると、通路を走る

徐々に大きくなって来る音が聞こえる。



「元気でね」



病院内の音が全部消えたみたいだった。

ヨシノさんの最後の言葉を聞いて

まばたきをしたらもう姿は無かった。

…最初から、いなかったみたいに。




「…。」


「…ッあ」


「…終わったのね」


カレンさんの声に体が震える…。

ボクが看取ったのだ。看取ったと言うほど

人間らしさは…無い、けど…ッ!





「アンタ…人が生きてる体から

死んだ体になる瞬間、見たことある?」


「…い…え」


「…びっくりするほど呆気ないのよ

それで…信じ…られないのよ!」


「…。」


「私は、もう、生きてる人が

死ぬ“瞬間”だけはを見たくない…。だから…

ヨシノ…さん…っ…ごめ…ん…っ」



「…。」


何もできない…。今、何かカレンさんに

言うのも…。カレンさんが泣き付くベッドを

見る事も…ボクには罪に思えた。

ボクの手の中にあるSリングだけが唯一

この部屋と、ボクを繋いでいる気がした。

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