泉の歌[#1]
じっと、千夏の後ろにいる者を見つめる。
"彼女"からは何も感じられない……何も思わず、そこにいる?
そんなことできるわけないのだが……。
負の感情……憎しみ、悲しみと言ったものは全く感じられず、かと言って喜びなどの感情も見られない。
あれは一体……
「瑠唯……?」
オカ研部室。部長である津久和屋瑠唯は前回、鏡が媒介となって起こった怪奇現象に見舞われていた守屋海斗の幼馴染みである藍蘭千夏の背後にいる霊について考えていた。
本人の千夏は委員会の件で呼び出しされてるとのことで、背後の霊について少し話したあと、部室を後にしてしまった。
この背後にいる霊というのがまた厄介で……
「そんなに、難しいの?」
声をかけてきたのは部員の紀月沽榴。
瑠唯がこの街に越してきて家が近かったから、小学も中学も同じとこの男子。
とにかく仕草や反応が可愛くて、女子力が謎に高い。
そして154の瑠唯とあまり身長が変わらないほど小さい。
本人にいうとかるく怒られる。
とまぁそれは置いといて……
「難しいというか……わからないんだよね……彼女がなぜ千夏の背中にいるのか……」
前述の通り、彼女には感情の波が感じられない。
縛り付けるものもない筈なのに……。
千夏は何か、感じているのだろうか……
「おっはよ〜あら、なんか考え事?」
部室の扉が開かれ入ってきたのがこの部活の副部長、四櫛麻里凪だ。
高身長ですらっとしてる。
大人びた色気……というのだろうか。
とても大人っぽい。本当に高校生かと疑うほどだ。
因みに、視える。
この部活で視える、感じることができるのは瑠唯と麻里凪の部長副部長コンビだけだ。
他に沽榴とうるさいのと、海斗が部員だが霊感は皆、ない。
皆、様々な理由で入部したみたいだが……まぁ、明記することでもない。
それに……動機が不純なのもいる。
「おはよう麻里凪。昨日の、千夏の件だよ。会った?」
「あぁ、彼女ね。見たけど……あれは悪いもんではなさそうよね」
言われてみれば、確かにいるなって感じる程度だしー。と言い添えてから、よっこいせ、と持っていたビニール袋を部屋の真ん中に置かれている机に置く。
中からペットボトルを取り出し座った。
麻理凪は続ける。
「悪いものではないけど、昨日のやり取りを見てると怪奇現象らしきものは起こってるみたいよね」
「そうなんだよねー。けどあいつが原因になってる可能性って低くない?なにも悪いことはしてない。ただいるってだけって感じ。ただま……呼んでる可能性はあるけどね」
無きにしも非ずね。と同意してから麻理凪は
「難しいわね……本人にちゃんと話を聞いてみないと」
と言う。
それに頷き、
「んー……そうだね。とりあえず怪奇現象については聞かないと」
「じゃあ放課後ね。海斗に頼むか本人見つけるかして話しておくわ」
「頼んだ」
「こんにちは」
放課後。オカ研部部室にて。
扉をノックし入ってきたのは勿論千夏。
後ろから麻里凪の姿も見える。
「いらっしゃい。そこにどうぞ」
客席に千夏を座らせる。
「悪いけど改めて自己紹介からお願いできる?」
「あ、はい。藍蘭千夏です。皆様と同学年C組です。今回はその……後ろの…彼女をどうにかしていただきたくて」
「うん、わかった。怪奇現象とやらの話聞かせてもらっていい?」
はい、と返事をして千夏が話をしてくれる。
麻里凪がメモを取り出す。
女性、と書き込んでいるのが見えた。少なくとも彼女には心を許している、ように見える、とも。
「そんなに昔の話ではないんです。3年前くらいから、背後から視線を感じるようになって…だけど後ろには誰もいなくて。警察に言って調べてもらったりもしたんですけど、わからないって……病院にも行きました。が無駄でした。何もわからないと」
「まぁそうよね。霊なんだもの。視えることが出来なきゃわからないわよね」
警察は幽霊なんて信じてないし。と麻理凪が言う。
千夏が頷く。瑠唯は頷き、続きを促した。
千夏が続ける。
「はじめはー……あの場所に行ってからだったと思います……知ってますか、あの高台の泉」
「あぁ……あそこね。知ってるわ。流星群が見れるのよね」
「はい。デートスポットとしても有名だったみたいです。そこで…多分、連れてきちゃったのかと」
「彼女を?」
千夏は頷く。
「彼女……で、あってるんですね。ずっと歌ってるんですよ」
麻理凪の手が動いた。先ほどの書き込みの後ろに『?』をつけている。
『確証はなし?』
「歌……?」
訊いたのは瑠唯だ。
「えぇ、他には何もしないで、歌ってるだけなんです」
歌っている……だけ?
「他は何も言わずに?ただ歌ってるだけ?」
麻里凪が疑問を口にする。
千夏は頷いた。
「何の歌かわかる?」
「いえ、全く……。ただ日本語ではないと思います。英語らしきものが聞こえているんですが……」
それなら歌を聞いてみないとどうしようもない。
おそらく……これは一筋縄ではいかないだろう。
歌っているだけの霊……
「その泉まで、連れてってくれる?」
とりあえず、行動することにした。