鏡の少年[#3]
PM.6:00 海斗家の前。
「……みなさん」
インターホンを押すと海斗が出た。
体調は悪そうに見えないが……
「ごめんねー、こんな時間に。今日学校休んだでしょ?お見舞いに来た」
瑠唯が手に持っていた紙袋を上げて見せる。
「上げてくれる?あの……部屋に」
「……どうぞ」
瑠唯、麻里凪、沽榴、零雨の順で入る。
「原因……というんでしょうか……わかったんですか?」
鏡がないおかげか、この前来た時よりも明るく見える部屋。
ただしここにはまだ何十人も彷徨っている。
あの影は……
瑠唯が部屋を見回す。
元々鏡があった場所に、少し影を薄くしてそこにいた。
麻理凪を見て頷く。
彼女は頷き返した。
半分くらいの薄さになっている。
残り半分は……鏡の中だ。
「一応、ね」
紙袋を海斗に渡した。
「開けてみ?」
「……?……なんで……こんな……?」
袋から出てきたのは、小さくなった鏡。
この部屋にあった姿見だ。今では手鏡サイズになっている。
「姿見のサイズは偽り」
そっというと海斗は目を見開いた。
「そう。それは元々、手鏡だったの。ねぇ海斗。こんなこと聞くのもなんだけど……」
零雨の後を瑠唯が引き取る。
「この家……この部屋で、君の大事な人が死んだ。その人の持ち物、なんだよね?それ」
「多分……というかまだ海斗のとこで誰かか死んだってのがわからないから確証とは言えないんだけど」
オカ研部室にて。零雨が語る。
「瑠唯の背中にいるのは多分、海斗の祖父、祖母。それと、その人たちの子供。瑠唯には声聞こえてると思うんだけど、その子供ずっと泣いてるんだよね。で、祖母が鏡を見せてあやしてる。なんで鏡なのかわからないけど祖母の親さんもそうやってあやしてたんだと思うな……その子供は早くに亡くなった」
その時話を聞けなかった瑠唯は、後から零雨の話をまとめてもらったのを麻里凪から聞いた。
その手鏡は、周りに理解されなかった芸術家の作品で、祖母の親が気に入り購入した物と考えられる。
その芸術家は後に自殺。
霊感があったらしく、死ぬ前はその鏡に話しかけてたらしい。
多分いたのはあの影だろう。少年の姿をした何か。
自殺した芸術家は少年のことを好いていたのか。それとも少年が芸術家を呼んだのか。
そこはわからないが芸術家の霊は鏡に取り込まれた。
そして鏡は姿を変えた。
手鏡サイズだった物が姿見のサイズになるまで、そんなに時間はかからなかったことだろう。
少年の力は、本当に強かった。
祖母の親が気に入り、さらに祖母が気に入っていた鏡を、海斗も気に入った。
そしてそれを形見とし部屋に飾った。
引っ越してきてから海斗に与えられた部屋は、祖母の子供が死んだ部屋だった。死体が見つかった部屋だったのだ。
海斗の家は一度この地を離れた。
だか戻ってきたのだ。おそらくは向こうでトラブル……怪奇現象かなにかに見舞われたからだろう。家を取り壊していたら、この一家は生きていれないな、と思った。
多分親たちは壊せなかったのだろう。
これもまた怪奇現象に見舞われたか、または情をかけてか。後者の可能性は低い。
……おそらく、あの子供も鏡を見ていて、少年と芸術家に気づいたのだろう。
鏡の力はさらに強くなり、あの世とこの世を繋ぐ力を得てしまった。
結果、海斗の部屋に沢山の霊を呼び込むことになった……
「家族に愛されることのなかった芸術家と……多分少年もそうね。その人は仲間を欲しがった。そして多分海斗の体調が悪くなっていったのは、少年だか芸術家だかまたは子供たちさらに呼び込まれてしまった誰かの影響じゃないかな」
「オレも、幼い頃に両親と別れててさ。今の両親ともうまくいってないし。それであんなんになったんだと思うな」
「瑠唯にかかった力はすごかったみたいね」
「想いの放流……止まらなかったもん」
立ち上がれない程体調が悪くなったあの時。
背中から2人以上の声が聞こえていた。姿の見えない、誰かの声がしていた。
子供の泣き声
子供をあやす声
愛する者に捨てられた者の声
さらには何故こうなったんだと嘆く声
何故……自分は愛されなかったのかと何かを振る音と共に暗い声が聞こえた。
あの部屋にいた誰かの声だろう。
その強い想い故、成仏できなかった人たちの……
「瑠唯?」
ソファーベットから身体を起こし自分を抱きしめるようにして
「大丈夫……大丈夫……忘れてない……大丈夫…大丈夫…忘れない」
と何度も繰り返した。
薬も手伝ってかそれからしばらくしたら声は止んだ。
背中にいた3人は離れてくれなかったが、動けるとこまで回復した。
その日のうちに解決するのがいいと海斗の家にやってきたというわけだ。
「鏡は……あの人は……仲間が欲しかった……ずっと……さみしい想いをしてたんですかね……」
「鏡って媒介になりやすいんだよ。力が宿りやすくて、色々な物を写せるから」
「えっと……俺はどうすれば……」
「とりあえず、忘れないことを誓って。彼らのことを」
と瑠唯は海斗の隣を指差す。
そこには3人いた。鏡を覗いてる。
瑠唯は背中が軽くなったのを感じていた。
背中にいた3人だろう。
海斗にも多分視えてるはずだ。
「……はい」
しばらく隣を見つめていた彼が鏡を抱きしめ泣き出した。
「この部屋のみんな、返してあげないとだからさ……何があったか詳しく教えてもらえるかな?その鏡のこととかさ」
泣き止むのを待ってから、海斗に話しかける。
「は……」
返事をしようとしたのだろう。インターホンが鳴り声は消された。
「海斗?いるんでしょう?」
聞いたことのない声が、下から聞こえてくる。
「千夏か……すみません、彼女を上げてもいいですか」
「え?えぇ……構わないけど」
海斗が一礼して下へ降りて行く。
しばらくして、2人が上がってきた。
「どうも、始めまして。海斗の幼馴染の藍蘭千夏と言います」
「家が近いんです……お見舞いに来てくれたみたいで」
「そこで立ってるのもなんだわ。座ったら?」
麻里凪が言う。千夏は礼をして部屋に入り座った。
麻里凪に近づき耳打ちする。
「なにか……あの子から感じないか?」
「えぇ……ちょっとピリピリきてるわね」
顔を見合わせ頷く。
「ねぇ藍蘭さん」
「同い年ですよね?千夏で大丈夫です」
「そ?じゃあ千夏。ねぇ君、なにか背負ってない?」
この世のものでない、なにかを─……
「……わかるんですか?」
「ん?」
「後ろにいるの……」
と千夏が後ろを見た。
もしかしたら……
「そこになにかいるの、わかるの?」
千夏が頷く。
「視えはしないんですけど……」
千夏は視えないのか……だけどうっすらとそれの存在を感じてる……
なにか悪さをするようなものには見えないが……良いものでもなさそうだ。
「ねぇ、提案なんだけど」
麻里凪の方を見、頷くのを確認してから続ける。
「オカ研部、入らない?」
彼女は海斗の方を見た。
「これ……この前話た怪奇現象のやつ……あったでしょ?解決してくれようとしてたんだ。もしかしたら……千夏のも……」
「え、なに、千夏もなにか抱えてるの?」
千夏が海斗を叩いた。
「余計なこと言わなくていいのに……」
しばらく下を向き、そして顔を上げて
「もし、海斗のがちゃんと解決したら、加入させていただきます」
とオレの目を見て宣言した。