泉の歌[#3]
「しかしお前よくあれ見て殺されたもんだってわかったな、経験少ないくせに」
麻里凪と沽榴を降ろした後、寿圦が言ってくる。
「経験がなくても、あれはわかるでしょ。どう考えても自殺ではない。少なくとも協力者がいたってことくらい」
箱に収まっていた、また泉の中に投げられていた、その時点で協力者がいたことはわかる。
さらに頭蓋骨には所々穴があいていた。
針を通せるくらいの穴が何ヶ所か。
そして穴と穴を一直線に繋いでいくと四角形の形になりその直線上の骨が一部欠けている。
誰かが穴をあけたのだろうか。
もしこれが殺人事件でなかったとしても、罪を犯した者がいた、とは言えるだろう。
「にしてもそれ何年前のだよ」
「そこまで前でもないのかもしれないよ」
千夏の話では、3年ほど前から黒潟の声が聞こえ始めたという。
「3年か……」
「おそらく、ね。詳しいことはひねくれ院長にでも聞いてみないと」
ひねくれ院長こと長坂悠貴は、外で待っていた。
「仕事はー?」
と聞くと
「こっち優先。いいから早く見せろ」
ときた。
箱を渡す。
その場で開けようとしたのでそれを止め、中に入った。
とりあえず院長室へと行く。
部屋に入るなり蓋を開け、骨の様子を観察し始めた。
長坂悠貴。
彼は、瑠唯が小学生に上がる前からお世話になってる院長だ。色々と世話をしてもらってる。
代わりとしてこちらも依頼を受けている。
この依頼に関してはまた別の話なので割愛させていただくとして。
長坂と寿圦は仲が良く、時々遺体を調べてくれと持ってくる。
警察側もそれを知っていて、長坂に全て任せている。
ひねくれ院長だが、信用はされているのだ。その証拠は彼の位にある。
長坂が様子を観察しながらメモをしていく。
その間は何を聞いても無駄なので、珈琲を淹れ飲む。
「終わったぞ」
20分くらいだろうか。
長坂がメモを確認し、言った。
寿圦にそれを渡す。
「お前のためにじゃねぇからな。解説は要らねぇか」
警察に渡す書類の方は、見せてもらえない。
「じゃああの依頼受けませんけど」
先ほど電話で受けた依頼のことを持ち出す。
長坂が頭をかいた。あーもう、と言ったあと説明を始める。
「大きな損傷は頭部。恐らく原因はこれだ。ほかの部位は不明。ただし各全てのパーツに損傷有。おそらく4年近く前だ。液体で皮膚やら肉やらを溶かしたんだろう。目の周りにひび。目玉くり抜いたんじゃねぇかと推測。また脳も取り出された可能性あり。すべてのパーツが収まっているとすれば──足りるんだよ。人を作る分はあるんだ──5歳くらいの子じゃないかと思う」
「5歳?」
「確実なことは言えない。ただ人である為の骨は足りてる。そこから推測するとって話だ」
寿圦は書類を読んでいる。
「もしかしたら……」
寿圦の言葉が止まる。
視線が寿圦に集まったが、その続きを発することはしなかった。
「なんでもない」
「なに、言いかけたんだろうね」
病室にて。
「さぁな……」
ここは瑠唯専用の特別仕様の部屋。
詳しいことは省かせてもらう。
今その部屋で院長と話をしている。
「わかってるんじゃないの?」
「わかるかよ、人の事なんて」
「そうだよね、自分の事もわからないんだもん」
そう言って、起こしていた体をベットに倒した。
「お前なぁ……」
それ以上は言わなかった。
代わりに質問を投げかけてくる。
「泊まってくんだろ?」
頷く。
りょーかい、と返事がされた。
部屋にある受話器を取り誰かと話している。
おそらくは無騎さんだ。
瑠唯と一番、仲のいい看護師さん。
「呼んでおいた」
「無騎さん?」
「あぁ。喜んでた」
泊まりは久々だ。
だが、そんなことで無騎が喜ぶだろうか……?
疑問を浮かべる。
「今にわかる」
そんなオレを見て院長が言った。
「るーっいーっ!!」
元気良く無騎が入ってきた。
この部屋は防音になっている。が、扉は閉めてなければ意味がない。
「うるさいですよ、無騎さん」
「そこは防音になってないのだが」
実際、廊下に声が響いていた。
「今この階誰もいないので平気です!それよりるーいーっ♪」
とても楽しそうに、無騎が近づいてくる。
「はい?」
相変わらず、何故かわからない。
「おめでとう!」
何か渡された。
小さな箱だ。
「おめでとう?」
なんのことだか、全くわからない。
少し離れていたところにいた院長がボードを渡して来た。
それはカルテだった。
何枚もの紙が挟まれている。
「1枚目の、最後の記述」
ニコニコと無騎さんが教えてくれる。
『異常なし』
その4文字が書かれていた。
この前の検査の結果だろう。
1番上には津久和屋瑠唯と名前が書かれている。これは確かに、瑠唯ので。
「本当に……?」
「うんっ!だから、おめでとう。解禁だよ」
検査結果が出るまで、止められていたことがある。
それは……
無騎が差し出した箱を受け取り、開ける。
そこに入っていたのは鍵だ。
「この階の東側。沢山の子達が待ってるから、行ってあげてね?」
「ありがとう」
「今から行くか?」
院長が聞いてくる。
「いいの?」
頷くのが見えた。
鍵を開け扉を押す。
「わーっ」
顔が明るくなる。
沢山の動物達が、そこにいた。
「とりあえず、お前が好きだと言ってた奴らを集めてみた。流石にペンギンは無理だったが……」
その言葉に笑う。
「え、ペンギンまで呼んで来ようとしてたのー?」
「だってほら。水族館にも行けなかったでしょ?最近会ってないんじゃないかって。それで……」
無騎の言葉に更に笑う。
「流石にペンギンは期待してなかったよ」
「そう、か」
院長が複雑な表情をする。
1番好きな動物がいないとはいえ、動物園みたいに沢山の種類の子がいる。
猫、ハムスター、モルモット、梟、オウム、インコ、イグアナ、蛇……などなど。
水中生物もいる。
動物と触れ合うこと。
それが、検査結果が出るまで禁止されていたことだ。
詳しくは教えてくれなかった。
ただ、真剣に言うので言葉に押され、承諾し、今まで我慢してきた。
今までに無いほど真剣な表情で検査を受けろと言われ、結果が出るまで動物達との接触を禁止とされた。
結果は異常なし、よってこれは解禁される。
久しぶりの感覚だ。
たっぷりと遊び、部屋に戻ってきた。
あの子たちはもうしばらくあの部屋にいるらしい。
いつでも入っていいと、鍵を持たされた。
「あーねー、話変わるんだけど」
とオレは骨となった(おそらく)黒潟の知り合いの話を持ち出す。
「……ねぇ、それって望優のこと?」
部屋の棚を整理しながら聞いていた無騎が聞いてくる。
「知ってるの?」
「一応、友人。生前の彼女に容姿とか歌のこととか……そっくりだなって思ったんだけど」
「そうです。黒潟望優さん」
「彼女は…まだ、彷徨ってるの?」
「ええ、ずっと、歌っています」
携帯を取り出し、歌を再生する。
「……あぁ、それ、望優の好きだった歌だ。息子によく、聞かせてた」