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07

 俺は毎朝起きるとまず一杯飲んで、昼までに軽く飲んで、昼過ぎにまた飲んで、夕方から夜にかけては一日の終わりを祝して飲み続けた。

 合間には、片付けと称して家の中の物をどんどんと捨てて行った。

 まずは母親の形見だった反物類、洋服。

 葬式の後にだいぶ処分したつもりだったが、いい品は姉のためにちゃんと取っておいたらしい。それを全て引っぱり出し、古着屋に運んだ。引き取れないというものはまとめて燃えるゴミの日に出した。

 姉の物も次々と捨てた。ついでに俺の物も。

 幼い頃から小中高、学生時代と年代順にまとめてあった成績表や賞状のたぐいもまとめて、庭についた焼却炉に放り込んだ。


 その日も缶チューハイ片手に、物置から運び出した段ボール箱から過去の思い出を魔術師のように取り出していた。

 もうもうと上がる白い煙に、こちら側の隣から訝しげに顔をしかめた婆さんが覗いたが、俺の姿をみて慌てて家の中に引っこんでしまった。

 古い箱を一つずつ開けて、機械的に燃えるものと燃えないものとを選別し、俺は黴臭くなった過去をどんどんと火にくべた。

 人形があった、どこかの土産物らしい木札のお守りも、母が趣味で作っていた洋裁用の型紙もいつか服にしようとしていたらしい黄ばんだ古い布も。


 あめ色になった紐でしっかりと縛られた、さまざまなサイズのノートが束になって出て来た。

 日記らしい。母のだろうか。

 一番上の表紙を見て、父の物だと知った。

 意外だった。

 あの悪筆で、文章力もまともにないような父が、日記を、かなりの量つけていたとは。

 持ち上げた途端、重さに耐えきれず綴じ紐が千切れ、ノートはバラバラに飛び散った。

 黄ばんだ紙が久しぶりの日の光の元にさらけ出される

 俺は一冊取り上げて、ぱらばらとめくってみた。


 日記はとびとびにそれでも3月くらいまでは続いていたが、それも5月以降は全く書込みがなかった。

 昭和××年、この地に住み始めて2年目。23かそこらの時だろう。

 字はやっぱり下手くそで、書いてある内容も箇条書きに近い。

 (あざ)にあたる地名がいくつも並び、「4()開墾」とか「タケヤブ肥料」とか短く農作業が並んでいた。

 たまに休日があったらしく、「○○にて映画、戦争もの、興奮さめやらず」とかごくごく短い感想が付いているものもあった。

 他のもめくってみる。あったものは、ここに住みつく前、北海道時代からあちこち渡り歩いた頃を経て、定住してまず住み込みで10年、その後結婚を機に一家の主となり、姉と俺が生まれた頃までの記録だった。

 いかにも父らしいのが、どれもこれも……大まかに言うと、三日坊主の華麗なる歴史だった。


 つかの間迷ったが、何も残す事は無い、と俺は次から次へとノートを焼却炉に放り込んでいった。赤っぽい炎がいったん強くなり、上に覗いた日記帳の表紙がぷつぶつと泡だって、やがて黒く変色しながら発火していく様子を眺め、俺はまた次のノートを手にとる。

 上手く持てずに手が滑り、次の一冊を落とした。

 ちょうど開いた頁をそのまま持ち上げて見るともなく文字を目で追う。

 こうあった。

「西の背を開墾、石垣積み。寝転んで雲を見る。何のために生きるのか……」

 表紙を見ると、住み込み5年目位、20代半ばの頃のものだ。

 俺はじっと、その文字を目に焼き付けた。しかし、結局はそのまま火に放り込んだ。

 そのノートも同じように美しい炎を上げて燃えていった。


 全ての日記を焼き尽くし、手をはたいて、脇に置いたままになっていたチューハイの缶を取り上げて家の中に入る。

 飲み物はすっかりぬるくなっていたが、それでも構わず俺は口をつけた。

 ふと、廊下のまん中、庭が見渡せる場所に父がじっと佇んでいるのが目に入った。

 俺が古い日記を焼いている所を、一部始終見つめていたのだろうか。

「何?」

 聞いてみたが、淡い笑みを浮かべたまま父は何も言わず、同じように庭を見てただ立ちつくしていた。


 すでに数年前から、認知症の症状が出始めていたので、もし日記を燃やす所を見ていたにせよ、何が起こっているかはよく分かってはいなかっただろう、俺は自分をそう納得させようとした。

 しかし、ずっと立ち止まっている父に、つい、こう声をかけてしまった。

「見てたのか? さっき燃やしてるのを」

「あ?」

 相変わらず、優しい目をして庭を見ていた。

「見ていた?」

「俺がノート燃やしてるの」

「ああ」

「もう要らないんだろ? ずっと放ったらかしだったし」

「何を」

 俺は深く息をついて父の前をすり抜け、自分の部屋へと戻った。冷たい焼酎をストレートで飲みたくなった。


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