01
青く抜けるような空に、すっきりと伸びる大樹。
その遥か梢のてっぺんに、黒っぽい影が丸くかたまって見える。
近づいてみると、
隣家の屋敷内にある樹齢数百年という大木の
空に一番近いあたり、
紺のヤッケ姿が、黙々と何かの作業をしているのが見えた。
命綱は、無し。
―― オヤジ
見上げたまま、声に出した。
そして、俺は目が覚めた。
いつの頃からだろう。
「おとうさん」
そう呼ばなくなったのは。
代わりに「父さん」と呼んだ。
そしてほどなくして、呼びかけは「父さん」から「親父」に変わった。
その後気がついたら、どういう呼びかけもしていなかった。
ただ、「おい」と呼ぶか、黙って見ているか。
黙って見守る父は大概いつも、横になっているか静かに座っているか、
またはじっと立ちつくしているかのどれかだった。
医者はしばらく安静にするように、と目で俺の寝姿を押しとどめた。
「何処から運ばれたのか、覚えていますか」
忘れてはいない。自販機の前。
ワンカップやビールの缶が煤けた窓から覗いている、金さえ出せばいつでも俺に優しくしてくれるあの機械の前から、俺はやってきた、このベッドに。
いつも寄る酒屋の前に拡がる、なだらかに傾斜したコンクリートの上。
ちょうど救急車が一台停まって、崩れ落ちた廃人を拾い上げる程度のスペース。
「危ない所だったんですよ」
そう、いっそそのまま意識が遠のいて完全に消えてしまえば良かったのだ。
そうすれば、全てが無かったことにできる。
この50年足らずの人生、しがみついている現在、そして離れた場所、似たようなベッドで静かに過ごしているだろう父親をも。