フカフカのベッドにありつけた
大に案内され、店の中の『スタッフオンリー』と書かれたドアの向こうへ行く小鈴。
狭い廊下で、裸電球の明かりが頼りなく明滅を繰り返している。
小鈴の足取りはフラフラとして酔客のようだ。
実際、酔っていた。
うっかり間違えて自分の飲んでいた水と大が飲んでいたカクテルを取り違えてしまったのだ。しかも小鈴は一気に飲み干してしまった。
その後、小鈴はなんだかフワフワとした楽しい気分になり、大のギターに合わせてひかりと一緒に踊ったり騒いだりしていた。
そして現在――午前五時に至る。
「大丈夫か小鈴?」
大が心配そうに訊ねてくる。
「はしゃぎすぎましたです……」
「ははは。おもしろいなーお前。でも楽しかったよ。こんなに楽しかったのは久しぶりだ。ひかりもすげぇ喜んでたし、ありがとな」
ありがとな、と言う大の様子が少ししんみりしていたので、小鈴は首を傾げたが、傾げた途端に吐き気が喉元にこみ上げたのでピシリと首を真っ直ぐに伸ばした。
狭い廊下を歩いていくと、地下へ行く階段があった。店自体が地下だから、この階段の下は地下二階ということになる。
階段を降りると、今度はそこそこ広い廊下が現れた。壁には等間隔にドアがあり、全部で八つもの部屋があるようだ。
「ええと、どの部屋がいいかな――お」
大が部屋選びをしていると、一番奥のドアが開き、ひとりの女の子が姿を現した。
年のころは小鈴と同じぐらいに見える。間違いなくまだ十代だろう。長い黒髪をまっすぐにおろし、眼つきは少し鋭かった。
彼女は大を見て、それから小鈴のほうにいぶかしげな視線を送ってきた。
――な、なんだろ。なんかあまり歓迎されていないような……。
「いよー李利。ちょうどいいとこに出てきたな」
「なんですか」
「この娘な、ちょっと色々あってうちに泊まることになったんだ」
「は、初めまして。沙仲小鈴です」
小鈴はぺこりとお辞儀した。でも相手からの自己紹介はなかった。
「…………」
李利は無言のまま、ふたりの横を通り過ぎて階段のほうへ向かう。
「おい李利」
大がそれをとがめるが、彼女は足を止めない。
「ひかりの面倒みなければいけないので」
彼女――李利はつかつかと階段を上っていってしまう。小鈴には、李利が肩を怒らせているように見えた。
自分は何かやってしまったのだろうか、地雷を踏んずけてしまったのだろうか。
小鈴にはよく自分でも知らない間に相手を傷つけていることがあるのだ。
「あのー……わたし、空気読めてませんでしたか?」
「いやーそんなことはねえと思うけど。なに怒ってんだろ。俺にもよくわかんね。そういや小鈴って歳いくつだ?」
「え、十七歳ですけど」
「おぉ、同じぐらいとは思ったけどぴったりだったか。いや、李利も十七だから、まあ適当に仲良くしてくれや」
大はなんでもなさそうにそう言うと、李利が出てきた部屋のふたつ隣の部屋に小鈴を案内した。
そこはパイプベッドと木製の小さな机があるだけの簡素な部屋だった。地下だから窓もない。
「なんもなくてすまないな。何か必要なものがあったら遠慮なく俺やオヤジに言ってくれ」
「寝られるところがあるだけでありがたいですよ」
「ははは」
「明日は何時に起きたらいいですか?」
「そうだな、七時で」
七時……。
小鈴はぐらぐらする頭で時間の計算をする。その答えは2を切っていた。
「一時間ちょいしか寝られないですね……が、がんばりましゅ」
噛んでしまうほどに小鈴は不安だった。彼女は日頃から八時間睡眠でないと次の日まともに行動できないのだ。
「一時間? 違う違う。午前じゃなくて午後の七時だ。十九時だよ」
「ほえ?」
――むっちゃ寝られるやん。ええと……十四時間も! 昼夜逆転しちゃうけど。
「でもそんなに寝ちゃって――」
「じゃあそういうことで。おやすーみ」
大はフワァとあくびをしながらドアを閉めた。彼も一晩中歌って踊って騒いでだったから疲れているようだ。
「お、おやすみなさい」
小鈴は少し戸惑いながら挨拶し、ベッドに倒れこんだ。布団は思いのほかフカフカとしていた。