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壁の向こうのB  作者: カカオ
第1章
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BAR無菌室

 ――前々から主体性がないと思っていたけど、今日という今日は本当に主体性ゼロだと改めて実感したね、うん。

 小鈴はライブ男に連れられて、一軒のBARにやって来た。

 サンザンロードを途中で細い道に折れると横丁に入る。

 店と店の間が一メートルもないような狭い横丁である。

 その中に埋没するかのように『BAR無菌室』という電光看板がちらちらと点滅しながら光っていた。もうすぐ電球が切れるようだ。

 看板のすぐ横には地下へと続く階段が続いている。薄暗くて怪しさを力いっぱい放っていた。

「さーここが俺のユニットだ」

「ええと、そのユニットっていうのは……」

「さーこっちだこっちだ」

「あ……」

 小鈴の質問は男の大きな声にかき消されてしまった。

 男は階段をずんずん降りていく。背中に背負ったギターケースがギシギシと変な音を立てている。

 別にここで逃げてしまっても問題ないのだけれど、面倒だからという理由で小鈴は彼についていく。やはり主体性ゼロ。

 階段を降りていった先には木製の重そうなドアがあり、男がそれを開けた。

「ただいまー」

 男がライブ中であるかのように声を張り上げた。

「おっかえりーっ!」

「おう」

 ふたりから返事が返ってきた。

 最初のはまだ小学生ぐらいの女の子の声のようで、その後の声は中年の男らしき声に聞こえた。

 ライブ男の大きな体とギターケースが邪魔で、小鈴には全く店の中が見えないのだった。

 そんなわけで彼の横からひょっこり顔を出してみた。

「こんちは」

「ほよよん?」

「お?」

 小鈴の姿を視認したふたりは、そろって頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような顔をしてみせた。

 女の子はやはり小学生ぐらいで十歳にもなっていなさそうだった。ちっちゃなポニーテールが可愛らしく、着ているウェイトレスのような服装がコスプレじみていて可笑しい。

 男のほうはカウンターの内側でグラスを磨いているところだった。スキンヘッドで筋肉はライブ男以上に膨れ上がっている。黒のタンクトップ一枚で、その鋼の筋肉を惜しげもなくさらしている。

 店内は照明が天井からいくつか吊るされたランプだけで薄暗い。

 カウンター席が七人分、それにテーブル席が四つある。

「大、その娘はどうしたんだ?」

 スキンヘッドがライブ男に訊ねる。

「おう、増山ますやまのヤツらに連れて行かれそうになったのを助けたんだ」

「あいつら、まだそんなことしてんのか」

「ああ、危ないとこだった」

「そうかそうか。で、その娘の名前はなんてんだ?」

「……お?」

 ライブ男はそこでようやく自己紹介をせずにここまで小鈴を連れてきてしまったことに気付いた。

 小鈴も自己紹介抜きでよくついてきたな自分、と自分で自分に呆れていた。


       *


「それでお嬢ちゃん、行くあてはあるのかい?」

 スキンヘッド――今井琢磨いまいたくまが小鈴に訊ねた。

 カウンターの内側に立ち、ショットグラスに入ったウィスキーを一息にあおった。

「いやーなんもないっす。あっはっは」

 小鈴はへらへら笑いながら、琢磨が作ってくれたポトフの皿を眺めた。

「あのー、わたしあんまお金持ってないんですけど……」

「いいんだいいんだ。お嬢ちゃんの都合も考えずに引っ張ってきた大の罪滅ぼしだと思ってくれ。金は大が払う」

「俺かよ!」

 大は「そりゃねーべ」となげきながら頭をぼりぼりとかいた。

 小鈴は大と琢磨、それにほかの客の注文取りをしているひかりを順に見やる。

 さっき自己紹介しあって、みんななんとなく良い人そうだなと小鈴はホッとしていた。

 大は二十七歳で、琢磨は「年齢忘れちまった」で、ひかりは「花の八歳っ!」とのこと。

 ――全員苗字が『今井』ということは親子なのかな。あんま似てないけど。でもあたしもおばあちゃんにあんまり似てなかったからな。そんなもんか。

「行くあてがないなら、しばらくここに泊まったらどうだ?」

 琢磨はそう言うと煙草に火をつけて一服した。ぷかぷかと煙が浮かび、天井に吊るされているランプを覆ってオレンジ色の明かりを濁した。

「え、でも……」

「お嬢ちゃん、たぶんワケ有りだろ? 何か目的があるんだろう。だが拠点がなければそれもままならないぜお嬢ちゃん。この街にはホテルや宿なんて気の利いたもんはないんだからな」

「ありゃりゃ……」

 小鈴は自分の考えの甘さに今さらながら気付く。

 こんな閉鎖された街にそもそもホテルなどあるわけがない。

 何せ外からは誰も来ないのだから。

「とにかくだ、ここに滞在するのがベストだと俺は思う」

「オヤジと同意見」

 大が言った。

 小鈴は目の前のポトフに浮かぶジャガイモを見ながら考える。ここに泊まることが良いのかどうかを。

 ホテルやネットカフェがない以上、残された寝床は野宿しかない。でもこんな知らない街でしかも<ゾーン・B>なのだ、危険極まりない。

 ――ここに、泊まっちゃおっか。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」

「がはははっ。そうしなそうしな。なーに、このユニットは人数が少ない。お嬢ちゃんの部屋も用意できるから安心しな」

「は、はい」

「ほれほれ、遠慮せずに食え食え。うまいぞぉ」

「じゃあ、あの……いただきます」

 小鈴はスプーンでジャガイモとスープをすくって口に入れた――瞬間、口の中でジャガイモとスープのうまみが広がる。

「うまーっ!」

「だっはっは! いいねいいねそのリアクション」

 琢磨は豪快に笑う。

「おーい、ひかりー。小鈴がここに泊まってくってよー」

 大がまた例によって大きな声を出す。

「えっ、ホントに!?」

 ひかりがこれまた声を大にして喜び、パッと顔を輝かせて客そっちのけで飛び跳ねる。

 今井家の皆さんはみんな声がでかいらしい。

 小鈴はというと、ポトフがあまりにも美味すぎてほかのことなど何も考えちゃいなかった。

 ――ポトフうまーっ!

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