殺意
――殺してやる。
小鈴はなぜか心の中でそう繰り返している。逃げなくてはいけないのに、そんな選択肢は彼女の中に存在しない。怒りと闘争心が、小鈴を支配していく。
化物バーサーカーは酔客のようによろよろしながらも、小鈴から視線を外そうとしない。かなりの出血量のはずなのに動けている。
「殺してやる」
「ふしゅう」
「聞いてるの? わたしがあなたを殺します。ストーカーさん」
「うがあっ!」
「吠えたってもう驚かない。殺してやる、殺して殺して殺して殺してや――」
――――――――――――銃声――――――――――――
その音で、小鈴はハッと我に帰る。
対峙していたはずの化物バーサーカーが倒れていく様が、スローモーションのように見える。
倒れていた啓造が、またも発砲したのだ。
彼は倒れながらも腕を伸ばし、どうにか引き金を引くことはできた。命中したのは偶然、奇跡としか言いようがない。
「に、逃げなさい……」
啓造は虫の息で言う。
「まだコイツは生きているかもしれない……がはっ…………は、早くここから」
「啓造さんっ」
小鈴は彼に駆け寄り、手を握る。握ったそばから手が赤く染まっていく。「待っててください! すぐに助けを呼びますから!」
「わ……たし……のことはいいから……早く…………早く……ん?」
そのとき啓造の視界に、小鈴の左手薬指にはまっている指輪が入る。
それは啓造がしている指輪とは形が――――
「き、君の苗字は……田中では?」
かすれた声で啓造が訊く。
「みょ、苗字ですか? いいえ、沙仲です。沙仲小鈴です。あなたの――」
小鈴が言い終える前に、啓造は最後の一言をつぶやく。
「これが報い、なのか……」
啓造は薄っすらと笑い、目をつむった。
「啓造……さん」
小鈴は啓造の頬をなでる。まだ温かいが、すぐに冷たくなるだろう。
――許さない。
小鈴はゆっくりと立ち上がり、倒れている化物バーサーカーを見下ろす。まだ息があるらしく、肩が静かに上下している。
――殺してやる。
そのときだ。
「小鈴!」
大の大きな声が小鈴を呼ぶ。
大は声の限り叫ぶが、小鈴はまるで聞こえていないかのように無反応だった。
「おいっ、小鈴! どうしたんだ――こ、これは…………」
大は倒れている増山啓造と化物バーサーカーを見て、その凄惨な光景に息を呑む。
辺り一面血の池となっている。しかも化物バーサーカーからも啓造からも、まだ出血が窺える。血の池はその面積を拡大させている。
そして大は見逃さなかった。
化物バーサーカーにまだ息があるのを。
それを見た彼は、すぐに小鈴の腕をつかむ。
「逃げるぞ! コイツまだ生きてるじゃねえか!」
「…………」
「小鈴! おいっ、どうした? 腰でも抜かしちまったのか? ああくそっ!」
大は小鈴を担ぎ上げ、あらん限りの力で走って逃げる。
小鈴はというと、大の肩に揺らされながら、倒れている化物バーサーカーを睨み続けていた。




