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壁の向こうのB  作者: カカオ
第4章
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殺意

 ――殺してやる。

 小鈴はなぜか心の中でそう繰り返している。逃げなくてはいけないのに、そんな選択肢は彼女の中に存在しない。怒りと闘争心が、小鈴を支配していく。

 化物バーサーカーは酔客のようによろよろしながらも、小鈴から視線を外そうとしない。かなりの出血量のはずなのに動けている。

「殺してやる」

「ふしゅう」

「聞いてるの? わたしがあなたを殺します。ストーカーさん」

「うがあっ!」

「吠えたってもう驚かない。殺してやる、殺して殺して殺して殺してや――」



 ――――――――――――銃声――――――――――――



 その音で、小鈴はハッと我に帰る。

 対峙していたはずの化物バーサーカーが倒れていく様が、スローモーションのように見える。

 倒れていた啓造が、またも発砲したのだ。

 彼は倒れながらも腕を伸ばし、どうにか引き金を引くことはできた。命中したのは偶然、奇跡としか言いようがない。

「に、逃げなさい……」

 啓造は虫の息で言う。

「まだコイツは生きているかもしれない……がはっ…………は、早くここから」

「啓造さんっ」

 小鈴は彼に駆け寄り、手を握る。握ったそばから手が赤く染まっていく。「待っててください! すぐに助けを呼びますから!」

「わ……たし……のことはいいから……早く…………早く……ん?」

 そのとき啓造の視界に、小鈴の左手薬指にはまっている指輪が入る。

 それは啓造がしている指輪とは形が――――

「き、君の苗字は……田中では?」

 かすれた声で啓造が訊く。

「みょ、苗字ですか? いいえ、沙仲です。沙仲小鈴です。あなたの――」

 小鈴が言い終える前に、啓造は最後の一言をつぶやく。

「これが報い、なのか……」

 啓造は薄っすらと笑い、目をつむった。

「啓造……さん」

 小鈴は啓造の頬をなでる。まだ温かいが、すぐに冷たくなるだろう。

 ――許さない。

 小鈴はゆっくりと立ち上がり、倒れている化物バーサーカーを見下ろす。まだ息があるらしく、肩が静かに上下している。

 ――殺してやる。

 そのときだ。

「小鈴!」

 大の大きな声が小鈴を呼ぶ。



 大は声の限り叫ぶが、小鈴はまるで聞こえていないかのように無反応だった。

「おいっ、小鈴! どうしたんだ――こ、これは…………」

 大は倒れている増山啓造と化物バーサーカーを見て、その凄惨な光景に息を呑む。

 辺り一面血の池となっている。しかも化物バーサーカーからも啓造からも、まだ出血が窺える。血の池はその面積を拡大させている。

 そして大は見逃さなかった。

 化物バーサーカーにまだ息があるのを。

 それを見た彼は、すぐに小鈴の腕をつかむ。

「逃げるぞ! コイツまだ生きてるじゃねえか!」

「…………」

「小鈴! おいっ、どうした? 腰でも抜かしちまったのか? ああくそっ!」

 大は小鈴を担ぎ上げ、あらん限りの力で走って逃げる。

 小鈴はというと、大の肩に揺らされながら、倒れている化物バーサーカーを睨み続けていた。

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