トラックの荷台で想う
翌日も、その次の日も、陽太は一日中小鈴の家の庭に佇んで彼女の帰りを待った。夏休みなので時間は山ほどある。まるで刑事の張り込みのように、じっと潜んでいた。しかし小鈴は帰ってこなかった。
陽太はそこまで辛抱強いほうではない。けれど小鈴のこととなると彼は人が変わったかのように粘り強さと異様なまでの執着を見せる。でなければ四年間も不毛な情報収集を続けることはできない。
そして張り込みから一週間経ったある日の深夜、ついにその粘り強さが実を結んだ。
あのトラックがまたやってきたのだ。青いトラックだ。
しかし陽太は用心深く茂みの奥に潜んで様子を窺った。もしかしたらただの宅配業者か何かかもしれない。
トラックから誰かが降りてくる気配がし、陽太は茂みからわずかに顔を出して様子を窺うと、玄関の前にひとりの中年の男が立っていた。髪はボサボサで薄汚い白いタンクトップを着ている。
その男は玄関の前で煙草を吸いながら、小鈴の家を見上げていた。ふうっと紫煙を吐き出す。その姿はまるで感傷に浸っているような趣だった。
「そうか、ばあちゃんは死んじまったか」
男は思い出したようにつぶやいた。その声は間違いなく先日、小鈴と話していたトラックの運転手らしき男のものと同一だと、陽太は確信する。
――こいつは本当に<ゾーン・B>に入ることができるのか? もしそれが可能なら、小鈴ちゃんはきっとあの中にいるに違いない……だったら…………。
ここでも陽太は恐ろしいまでの執着を見せる。
彼は庭の塀を乗り越え、地面に着地すると、トラックの荷台に飛び乗った。それからダンボールの影に隠れ、身を潜めた。かがめばダンボールの山が盾になって陽太の姿を隠してくれる。
――さあこのまま僕を運べ! 小鈴ちゃんのところへ運ぶんだ!
陽太の願いが届いたのか、それから五分ほどして運転手の男がトラックに戻ってきた。まさか荷物が追加されたとは思いもよらず、男は運転席に乗り、エンジンをかけてトラックを発進させた。
*
トラックが走り出してから一時間近くが経った。
陽太はダンボールとダンボールの間にサンドウィッチの具にでもなったかのように身を小さくして隠れ、空を仰いでいる。曇っているらしく、月も星も姿を隠している。周囲の景色を見たかったが、それをやるには身を起こす必要がある。まず運転手の男に見つからないとは思うが、それでも陽太はトラックが止まるまで隠れることにする。四年にも及ぶストーキング生活の経験が、彼に慎重を規する。
トラックはまるで未舗装のオフロードコースを走向しているかのように酷く揺れた。尻を何度も荷台の硬い床に打ちつけ、痔になりそうである。
やがてトラックがゆるゆると減速を始める。陽太には上空の曇り空しか見ることができないので、いったいどこにいるのか見当もつかない。彼はまだこのトラックが<ゾーン・B>に行くことを信じていないのだ。
――と。
「今日はどこまで?」
そんな話し声が聞こえた。陽太の記憶にはない声音である。
「スラムでさぁ。まあその前に店によって食材を置いてきますけど」
「気をつけるんだな。最近また物騒みたいだから」
「みたいですな。<ゾーン・B>は平穏とは無縁ってことですかい」
――<ゾーン・B>!? ほ……本当に来たのか?
直後、ガガガガという音が周囲に響き渡る。地面が少し揺れて、荷台に潜む陽太の尻にも届いて彼は軽く尻を浮かせた。もう限界だった。
それからトラックが徐行していく。すると空だった風景が急にコンクリートの質感に変貌する。けれどそれも一瞬で、またすぐに戻った。トンネルだったようだ。
トラックは再びスピードを上げて走り始める。ガガガガというあの音が過ぎた道のほうでまた轟いていた。陽太は好奇心に負けて軽く腰を上げて音源のほうを見やる。
巨大な鉄の扉が今まさに閉まろうとしているところだった。観音開きで、人の力では到底開けられそうもない。
そしてその周囲、はるか上空まで続く平板な壁面。
それを見た瞬間、陽太は息を呑む。
――本当に壁の内側に……<ゾーン・B>に来たのか……僕は…………。




