増山啓造の視線
時刻は小鈴たちがライブをしていた三時間ほど前にまでさかのぼる。
増山啓造は書斎のベランダに出て景色を眺めていた。
今日もいつもと変わらぬ町並みに、彼はうんざりとさせられる。遠くに見える壁は、今日も冷たく彼らを閉じ込めている。
「啓造さん、ちょっといいですか」
ひとりの部下が部屋をノックした。
啓造は部屋に戻り黒い革張りのソファに腰を下ろし「入れ」と簡潔に答えた。すると部下がドアを開けて書斎に入ってきた。増山継道とボディガードが三人、それに高校生ぐらいの少女がひとりいた。少女はボディガードのひとりに腕をがっちりと捕まれている。
「この娘なんですが、どうですか?」
継道が啓造に訊いた。
啓造は緩慢な動きで立ち上がり、ゆっくりと少女に近づく。少女は本能的に彼が発する黒い雰囲気を感じ取り「ヒッ……」と怯えて逃げようとするも、部下が彼女の腕を跡が残るぐらい強く握っているので離れようがなかった。
「どうですか、啓造さん。この娘」
「…………」
啓造は無言で少女の爪先から頭まで舐めるようにじっくりと観察する。品定めをするというよりは、何かを捜しているような具合だった。
「どうです?」
「違う」
啓造は断言する。「この娘は違う」
「あぁ、それは残念です」
継道がさほど残念でもなさそうに言う。「この娘はどうします?」
「お前たちの好きにしていい」
「だそーだ」
継道がボディガードたちに目で合図すると、彼らの瞳が卑しく光った。少女は自分の身の処遇を悟り喚くが、ボディガードたちの腕力には到底敵わず引きづられるようにどこかへ連れて行かれた。
書斎には啓造と継道だけが残った。
「あの娘も違うんですか」
「ああ」
「かなり可愛い子だと思うんですけどね。いやはや、啓造さんの女を見る目は厳しい」
継道が苦笑し、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「女の歌が――」
「歌?」
「ああ。さっきまで女の歌が聴こえてた。いつものやかましい男の声ではない」
啓造が窓の外を見やる。窓の外にはベランダが、そのさらに向こうには<ゾーン・B>が広がる。
「ああ、それはきっと今井ユニットに最近来た女の子ですよ。僕も先ほどちらっとライブを見たんですが、今井ユニットの連中と一緒に歌ってましたね。あの娘は年のころが啓造さんの好みにぴったりだと思うんで、そのうちここに連れてきますよ」
継道は一度小鈴を連れてこれなかったことは伏せておいた。失敗したことなど啓造に知られたら、ユニットを追い出されるかもしれないからだ。
「そうか。頼む」
「任せてください。あ、そうそう、その子と大のやつが今日ここに来たんですよ」
「大? 今井ユニットの男か」
「ええ、リーダーに会わせてほしいとか言って。女の子だけなら大歓迎でしたけど、大のやつがくっついてちゃ通すわけにはいきませんからね。門前払いしときましたよ」
「どういった用件だったんだ?」
「さぁ……。なんかリーダーにサナカだかタナカって苗字に心当たりがないかどうか訊いてくれとか意味のわからないことを――」
継道が言い終わらないうちに、啓造は継道の襟首をつかみ持ち上げた。その動きの素早さに、継道は驚愕する。
「その娘の名前はなんだ?」
「こ……こすず……」
「その娘は今井ユニットに入ったのか?」
「た、たぶん……はっきりと確認したわけでは……ありません……が…………」
「そうか」
啓造はそう吐き捨てると、継道を解放する。
「がはっ……」
継道は喉に手をやり圧迫感が収まるの待ちながらどうにか啓造の表情を窺うが、啓造は無表情のまま、窓の外を眺めているだけで何を考えているかはわからなかった。
啓造の視線は、サンザンロードのアーケードに注がれていた。




