小鈴は歌う。
エレキギターの音がうなる。
ベースの低音が心臓を揺らすかのように響く。
手数の多い軽快なドラム音が散らばる。
その中をタンバリンが好き勝手に踊る。
「ほえー」
そして小鈴はその様子を見て感嘆の声をあげる。
サンザンロードの中にある閉店したスーパーの前には駐輪場として使われていたスペースがある。今はそこに特設ステージが設けられ、その上で演奏する四人はあの今井家の面々である。
今日の大はアコースティックギターではなく、木目調のエレキギターでもってメインのメロディを奏でる。ボーカルも彼で、マイクの前で絶叫する。
李利は黒いベースを持ち、滝に打たれる修行僧のような面持ちで土台となる低音のリズムを作っていく。
そのふたりの後ろには琢磨が筋肉が膨れ上がりすぎて血管が浮き出た腕を振り回し、ドラムの音をマシンガンのように繰り出す。腕がタコの足ぐらい多いように見えてしまうほど素早い腕の振りである。当然、音が繰り出される速さも凄まじい。
そしてステージの上を飛び跳ねるひかりはタンバリン。メロディも何もあったものではないが、マスコット的な役割を果たし、盛り上がりに一役買っている。
パンク調の曲が、ステージからギャラリーへと放出される。
観客はステージを取り囲み、音の奔流に熱狂し、叫び、喝采を送る。
ちっぽけなステージで照明設備はアーケードのいつもの明かりしかないし、音響も小さなアンプだけなのだが、それらを考えても余りある迫力がそのライブにはあった。
壁を飛んで進め たとえその壁が高くても
飛びたいと思うその気持ち 持っているのは君だけじゃない
壁を壊して進め たとえその壁が硬くても
強靭な壁を恐れる君を 僕は決して笑ったりなどしない
歩くスピードは好きにして
君の速さで
君の強さで
君の優しさで
ゴリゴリとした音と声の割りに、歌詞は意外と丁寧で繊細だった。
――大さんが作詞したのかな。
小鈴はそんなことを考えながら、観客の最前列でライブに圧倒されている。
やがて曲が終わり、拍手が巻き起こると、大のMCが始まる。
「あーテステス。マイクのテスト中ー」
「今まで歌ってただろうがー!」
マイクのテストをする大に、観客から突っ込みが入り会場は笑い声に包まれる。
「やー、今日も俺らのライブに来てくれてありがとな! みんなっ!」
うおおぉぉ、という観客から咆哮のような声があがる。
「ひかり、何か喋りたいことあるか?」
大がそう訊ねると、ひかりがトコトコと大が向けるマイクに近付き「八歳になりましたっ」と元気に答えた。
ひかりちゃーん、と歓声が飛び交う。ひかりのおかげで、みんなの雰囲気が柔らかくなったような気がする。やはりマスコットは大事である。
「えーごほんおほん。今日は重大は発表があーる!」
うおおおぉぉぉ。
「突然だけど、新メンバー紹介!」
うおおおぉぉぉぉ!
この発言には観客も意外だったのか一際盛り上がる。
「おお」
と小鈴も軽くびっくりしてみせる。
――なーるほど。だから大さん嬉しそうにしてたのかぁ。新メンバーねぇ、どんな人だろ。
「新メンバー、沙中ぁー小鈴!」
「おぉ、凄い偶然。わたしと同姓同名だ」
「オメーだよオメー」
大が小鈴を指差す。観客の視線も小鈴に集中する。
「ほえ?」
小鈴は首を傾げる。いったい大は何を言っているのだろうと思いながら。
大以外のメンバーも驚いているようだ。琢磨はポカンと口を開け、李利も目を見開いている。ひかりだけは「わはーいっ、やったーっ!」と小躍りしている。
「ほら小鈴、早くこっちに来いって」
「え、いやぁ……冗談下手ですなぁ大さん。あっはっは……」
などと言っている小鈴を、ひかりが「小鈴おねえちゃん早く早くぅ」と手を引っ張り、あれよあれよという間に小鈴はステージ中央に立ってしまっていた。
――なんてこっちゃ。
戸惑う小鈴に構わず、大はどんどん先へ進める。
「小鈴のパートはボーカルだ。みんな、ちゃんと聴いててくれよー!」
うおおぉぉぉ。
「あのー……大さん、わたしにはこんな大勢の前で歌うなんて無理ですよ……。戻ってもよかとですか?」
「よし、じゃあ曲は今のと同じヤツだ。適当に歌詞考えながら歌ってくれ」
小鈴の訴えを無視という形で却下する大。
「いやいやっ、無理ですってば! しかも歌詞考えながらなんて――」
「小鈴」
突然、大がマイクを離し、小声で小鈴の耳元にささやきかける。「お前が今考えてることを吐き出してくれないか。俺には小鈴が何を考えているのか、ちょっとよくわからないんだ。なんつーか……心に靄がかかっちまってるみてえなさ……」
「…………わたしが、考えてること」
「そうだ。頼む」
大は言い終わるやいなや、再びマイクで大きな声で喋り始める。観客は今のやり取りを打ち合わせか何かだと思ったらしく「準備万端かー?」と声を飛ばしてくる。
――万端じゃないし。でも……。
「オヤジ、李利、ひかり。もう一度同じ曲な。歌うのは――」
大は小鈴の頭にポスンと手を置く。「小鈴だ」
「あ、あのあのわたし――」
「ほれ、マイク」
「あ、どうも」
――いやいやどうもじゃないし。
「じゃあ、いくぞっ!」
直後、ギターの音が先陣切って走り出す。一直線に突き抜けるように音を飛ばす大。
続いてドラム、ベースと音が順々に重なり、ひかりのタンバリンの連打が加わって曲はひとつの形になる。残るは歌だ。
――だーっ! カラオケだと思え、鬱憤を晴らせ! 鬱憤? なにもないわたしにそんなのあるの?
それがまず歌詞の始まりとなった。
なにもないわたしに そんなのあるの
底の浅い器 溜まらない水
ここにあるのは 無感動
小鈴はマイクを両手で強く握る。掌が汗ばんで危うくマイクを滑らせて落とすところだった。ふと大のほうを見やると、彼はニヤリといたずらっぽく笑った。
小鈴は続ける。
なにもないわたしが ここにある
無色透明に塗る 自画像がここに
あってほしいのは 存在理由
観客の歓声が遠のき、空間に際限がなくなっていく感覚に小鈴は襲われる。たしかに自分の足で立っているはずなのに、なにか得体の知れない力で自分の意思とは関係なく浮いているみたいだ。
周りもよく見えない。
けれど耳だけはたしかに音を拾い、小鈴の中の中枢部を揺らす。
その揺れに合わせて、小鈴は歌う。
ひとりでわたしが生まれた 同時に生まれたわたしの姉妹 それは矛盾
矛盾はわたしを軽くし 否定し 存在させ また消していく
誰が犠牲になって わたしが生まれた?
ここにいるわたしを あなたは見えますか?
わたしには――見えない
小鈴はそこまで歌い、自分が目をつむっていたことに気付く。
でも彼女には何かが見えていた。
見えたものを、詩にして、大たちが奏でる曲に載せて声に出したのだ。
大の言うように、考えてることを吐き出した。
そして吐き出した小鈴の中で、ぽっと小さな火がついた。今まで自分には何もないと思っていた彼女にとって、それは巨大な炎に思えた。
うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!
わああああああああぁぁぁぁぁ!
こすずううううぅぅぅぅぅぅぅ!
巨大なのは観客の声援も同じだった。




