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壁の向こうのB  作者: カカオ
第1章
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無知の小鈴

「あのー……アレはいったいなんだったんですか?」

「馬鹿! なんだったんですかじゃない! 昼間に外出る馬鹿がどこにいるのよ。死にたいの!?」

「うぅ、すみません」

 小鈴はわけもわからず謝る。

 李利に引っ張られ『BAR無菌室』に戻ってきたのだ。ふたりはカウンター席に並んで座っている。

 琢磨はカウンターの内側で怒っている李利をなだめる。

「まあなんにせよ、無事で何よりだ」

 琢磨はそう言うと、煙草に火をつけようとしたが、ジッポの火がなかなかつかない。シャッシャッと何度も擦る音だけが虚しく響く。琢磨も外に飛び出した小鈴を心配していた。

「でもお嬢ちゃん、李利じゃないがこんな真昼間に外に散歩なんざ正気の沙汰じゃないぞ。敢えて何をしに<ゾーン・B>に来たのかは訊かなかったが、こうなった以上教えてもらいたいな」

 しゅぼっ、といい音を立ててジッポの火がついた。煙草をあぶり美味そうに肺をニコチンで満たす琢磨。

「ていうか、わたしが外から来たって知ってたんですか?」

「知ってたっつうか、見りゃわかる。なんつうか、浮いてんだよなぁ。雰囲気が」

 琢磨は苦笑した。

 李利は無言で頷く。

 ――う、浮いてるとは……空気読めてないっていうか溶け込めてないってことですか。

「でもお嬢ちゃんが初めてじゃない。今までも何人かいたらしい。俺らは関わったことはないがな」

「そうなんですか」

「配達屋を頼ってきた口だろ?」

「そうです」

「やっぱりな。外と行き来できるのは物資搬入係のあの男だけだからな」

「そんなことより、あんたはどうしてここに来たわけ?」

 李利が棘のある口調で小鈴に迫る。とても不機嫌そうだった。

「……わたしは、両親を探しに来たんです」

「なるほど」

 琢磨は小鈴のその一言で全てを理解したかのように納得し、鼻の穴から盛大に煙を出す。李利もとくに何も言わず、グラスの水をひと口飲むだけだった。

 しばしの沈黙の後、琢磨が口を開く。

「みんな、そういう目的で来るらしいんだよな。壁の向こうの家族と離れ離れになっちまって、それで探しに来る、と」

 朗読するかのような口ぶりだ。

「そして大抵の人間は逃げ帰る」

 李利が琢磨の後を引き取るように続けた。

 小鈴はそれらの反応に心の中で首を捻る。

 彼女はたしかに両親を探しに来たが、それは両親に会いたいがためにやってきたというわけではない。

 両親を見てみたいという思いはあるが、それは小鈴にとって多少の興味といった程度なのだ。

「わたしがここに来たのは――」

 小鈴が本当の目的を言おうとしたそのとき、店のドアが開かれる。「ういー、ただいまだー」

「おう」

 と琢磨。

「大さんっ!」

 と半ば絶叫の李利。

「無事でよかったっ」

「あんなの相手に無事でないわけがねえよ」

 そう言う大だったが、右腕に引っかき傷があり、ギターはもう見る影もないほどに壊れていた。

「俺よりも、小鈴は大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。あの……ごめんなさい。その、わたしのせいでギターが……」

 小鈴は大のライブ姿が脳裏に浮かんだ。ギターがあんな状態では、もうライブなんてできないかもしれない。わたしのせいだ、と。

「ん? ああ、別にいいんだ。これ全然使ってなかったやつだし。ははは」

 大は笑いながら、小鈴の横の椅子に腰を下ろした。

「オヤジ、水いっぱいちょうだい」

「おう」

 程なくして、琢磨は氷たっぷりの水をカウンターに置く。大はそれをごくごくと喉を鳴らしてあっという間に飲み干す。

「ぷはー」

 小鈴は大の様子に胸をなでおろす。よくわからないけど、とにかくみんなが無事でよかった。大の傷も浅そうだし。

 ――みんな? 

 そこで小鈴はひかりのことを思い出しハッとする。この店の地下三階では、今もひかりが目を真っ赤にして縛られているのだ。

「あ、あの! ひかりちゃんが地下で――」

 そこまで小鈴が言うと、李利が声を荒げて遮る。

「あんたっ! ひかりの部屋に行ったの!?」

「行きました。苦しそうな声が聞こえたから。でもひかりちゃんの様子がおかしかったんです。目が赤くなって縛られて暴れて……あれは……」

 小鈴はそこで言いよどむ。けれど言わなければ進まない。

 そして小鈴は流れるように生きている。

 流れは、決して逆流することはないのだ。

 彼女は続ける。

「あれは皆さんが縛ったんですか?」

「…………」

「…………」

「…………」

 小鈴の問いに、誰もがポカンと口を開けて黙っている。しらけたような雰囲気が『BAR無菌室』を埋める。

 琢磨は煙草の灰が長くなっているのにも気付かないで目を見張っている。

 李利はそれまでの怒った表情を貼り付けたまま固まってしまう。

 大は口を半開きにして遠くの景色でも見るみたいに小鈴に視線を送る。

 やがて琢磨が煙草の灰を灰皿にポンッと落とすのを合図に、小鈴の疑問に疑問で返す。

「お嬢ちゃん、バーサーカー症候群を知らずに<ゾーン・B>に来たのか?」

「ほえ?」

 ――バーサーカー症候群? またよくわからないことが……あ、そういえば『ユニット』っていうのもなんのことかわかってないままだった……。あははは。

 心の中でへらへら笑う小鈴だった。

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