幸運の姫君
「どうして、あなたたちはここに来るの」
何度目かの訪問の時に、フェリアはシャルにそう尋ねてみた。たいがいは二人で来る彼らだったが、今日は城に呼ばれたとかで、シャル一人だけの訪問だった。
彼らはあれ以来、しょっちゅうフェリアの元に来るようになった。反対に、ダーナはあの絵本を奪っていった日から、一度も訪れていない。
「……貴方に、逢いに」
言葉少なに答える。シャルとはそういう人物だった。フェリアは質問を変える。
「どうして、わたしの存在を知ったの? ダーナは隠していたのでしょう?」
「……匿名希望の手紙が届いたのです。そこに、事細かに事情が書いてありました」
ミアだ。なぜかフェリアは直感した。
二人は、それを初めは信じなかったそうだ。けれど、前からそんな噂は流れていたし、それではと思って確かめにやってきた。それが真相らしい。
「……フェリア様は、どうしてここから離れようとはしないのです?」
シャルが、静かに微笑みながら尋ねてくる。穏やかで何かに悟ったような表情だ。
「一言、ここから出たいと言えば、王子は貴女を助けるでしょう。……いえ、王子は本当はそうしたいのです。けれど、貴女が自分から言いだすのを、待っているんですよ」
フェリアは曖昧に微笑んだ。考えなかったわけではない。……ただ、不安で怖いのだ。フェリアはここ以外を知らなかった。外というものが、どういうものかも、よく判っていない。それに……実際どうしたいのか、自分でも判っていなかった。ここから逃げたいのか、それともここに居たいのか。
「私の希望としては、貴女に王子の所に来てもらいたい。王子の為に」
「……それは『幸運の姫君』として?」
「それもあります。……そういうのは、嫌ですか?」
「……判らない。確かに、好きな人には幸せになってもらいたいわ。でもいい気はしないわ。……なんだか」
「王子が嫌いですか?」
「いいえ」
「王子は貴女のことが、好きです。でなければ、ここに来たりはしません。……貴女に来てもらいたというのは、その為です。王子の心を……救ってほしいのです」
貴女には、知っておいてもらいたい――そう言って、寡黙な騎士は話しだす。穏やかな表情に、拭いきれない苦しみを張りつかせて。
「……もう気付いておられるでしょう。我々の目的はあなたのお慕いする女王を、国王の座から追い落とすことです。そのために、今まで屈辱を受けながら生きてきたのです。言い換えれば……そのことが王子の全てです。その為に、命すら捨てても構わないという程。けれど王子は死んではならない。未来の為に。……そして、貴女なら、きっとあの方を引き止めることが出来る。貴女の為に、王子は死ぬことは出来なくなる。貴女が王子の元に来れば、尚更、そう思うことでしょう。……王子を、救ってください」
そして、次に彼は驚くべきことを言った。自分は実は、王子の母親の恋人であったと。
「かの方が、王に嫁ぐ前のことです。……私はあまり高い身分の騎士ではなかったし、イゼーナ様は王に望まれていた。かなうはずのない恋でした。けれど……わたしは彼女に逃げようと言いました。しかし、彼女は私の申し出を拒否したのです。今から思うと、一族の為に、両親の為に、そうするわけにはいかなかったのでしょう。けれど、私はその時それすら考えもしないで、彼女を罵りました。……やがて、私は生まれたばかりの王子の護衛となりました。それが、余計に彼女を苦しめたのかもしれません。私は、あの方の前に出てはいけなかったのです。……その上、あの方は孤独でした。王は忙しく、顔すら合わさない毎日。……そして、あんなことになってしまった。私には止める術はありませんでした……私こそが彼女を苦しめた原因なのです。どうして言えましょう。そして、王が死に、あの方が良心の呵責から正気を手放した時。私は自分の罪深さを知りました。……私はひそかにこうなることを、望んでいたのです。自分の手を振り払った女の不幸を……確かに、心のどこかで望んでいたのです」
シャルの声も顔も淡々としていた。けれど、それがなおさら、彼の苦悩を浮き彫りにしていた。フェリアは彼の苦しみがどこから来るのか理解した。そして、気の毒だと思った。
「……お母様を好きだったのね」
「……私は罪深い。貴女はさっき好きな人の幸せを願うのは当然だと言ったが、私は相手の不幸を望んだのですよ……。だからなのかもしれません。王子には誰よりも幸せになって欲しいと思っています。復讐に命をかけるのは私だけで充分です」
「……なんだか、胸が苦しくなるようなことを言うのね」
「すみません」
「……謝ることはないわ。……シャルは、とてもラバールが好きなのね。私も好き。でも……愛とは本当はそんなものなの? 結ばれなくても、相手の幸せを願うのは、愛ではないの? ……私には難しくてわからない」
シャルは小さく笑う。やさしく、そして哀しい笑みを浮かべる。
「どちらも愛です。人それぞれ考え方が違うように、愛し方も違うのです。……そして、私はそんな愛し方しか出来ませんでした。……あなたは、どうか間違わないで。愛とは確かに自分の内だけの感情です。けれど、一人では成立しないものでもあるのです。愛すること、愛されること、その二つを学びなさい、姫。そして、幸福になるのです……」
シャルは幸福なのだろうか。それとも、不幸なのだろうか。フェリアはそんなことをぼんやり思った。
雨が降り出してきていた。シャルが帰った後、フェリアはベッドの上に座り込んで、高い窓の外を眺めていた。
暗い色の空。まだ日は暮れていないはずなのに、もう夜のようになってしまった気がする。……雨の音はあまり好きではない。胸が痛くなる気がするのだ。それは、一人だからだろうか。
ラバール達がここにくるまでは、こうではなかった。雨の音だって、平気だった。なのに、二人が帰った後の喪失感が、雨音を聞くと更に胸に迫ってくる気がするのだ。
それだけではない。二人に――特にラバールに出会ってしまってから、フェリアは半分になってしまった。今まで完全だったのに、独りでも平気だったのに、今では淋しさと哀しさがフェリアの半分を支配するのだ。そして、彼の存在を感じる時だけ、フェリアは平心に、かつての自分自身に戻れるのだった。
わたしは、独りでは生きていけなくなった。弱くなってしまった。自分一人だけのものだった世界が、今では他人に握られてしまった。ダーナの時は、こんなではなかったのに。
これが、愛なのだろうか。フェリアは、ラバールを愛しているのだろうか。……判らない。けれど……こんな日にこそ彼が傍にいてくれたら、と思っている自分がいるのは、確かなことだった。
雨はどんどん酷くなっていった。そして、雨の音に混じって、何かが何処か遠くでぶつかり合っているような音も聞こえてきた。それは、ドドーンと地面を揺るがすような音。とても恐ろしく感じられる音だった。
フェリアは、たまらずベッドの中で寝具を抱えながらまるくなった。自分で自分を抱きしめるように。部屋の中は外と同じように暗く、それが更にフェリアを圧迫した。ミアが来てくれればいいのに。フェリアは思った。
もう二年くらい前のことだ。
あの夜もこうな風に外が荒れて、いつもは平気なフェリアも、今のようにベッドの中で震えながら眠れぬ夜を過ごしていた。外でドドーンという音がするたび、小さな悲鳴を上げていた彼女は、世話役の女、つまりミアが扉を上げてやってきたのに気付かなかった。だから、初めはびっくりしたのだ。ベッドに近づいたミアが、あやすように、ふわり、とフェリナの頭を抱きしめた時は。けれど、ミアの腕と胸の中はとても温かくて、やさしくて、フェリアはすっかり安心してしまった。そして、彼女が寝るまでミアはずっとフェリアの傍らにいて抱きしめてくれていたのだった。人の温もりを生まれて初めて知った瞬間だった。
そうだ。ミアが優しいということは、ずっと前から判っていたのだ。けれど、あの時のあれが一番うれしくて……次に来たとき、ダーナに言ってしまったほど……。
フェリアはハッとした。それに伴って、忘れていた記憶が蘇ってくる。ダーナが帰った後、夕食を運びにきたミアは、どういうわけか顔に痣を作っていた。青く内出血した跡だ。頬を中心として、綺麗な顔に青い染みか広がっているのを見た時、フェリアは答えがないと知りつつも、どうしたの、と尋ねずにはいられなかった。ミアは、何でもないというように首を振っていたが……。
フェリアは愕然とした。
今、判ったのだ。あの痣の訳を。あれはダーナが、もしくは彼女が命じてやらせたのだ。ミアが余計なことをしたために。フェリアを抱きしめた為に。……そして、それをダーナに告げたのは、他ならぬフェリアだった。
「……わたし……」
それは、以前ラバールが言っていた「無知ゆえの罪」というのを理解した瞬間だった。
知らなかったばかりに、フェリアはミアを裏切った。いや、知らなかっただけで許されることではないのだ……全ては。知らないこと自体が、すでにもう『罪』だった。
不意にカタッと音がした。鍵を開ける音だ。
「ミア……?」
きっと彼女だろうと思った。フェリアが震えていると思って様子を見に来たのだ。胸が痛んだ。謝らなくては。それだけで罪が消えるとは思わなかったけれど、でも言わずにはいられない。
けれど、扉を開けて入ってきたのは、ミアではなかった。フェリアの前に立ったのは、ラバールだった。
「……どうして? シャルは来ないって」
「ん。そのつもりだったけど、シャルももう今日はやめとけって言ったけれど、どうしてもフェリアの顔が見たくなった……」
きっと馬を駆けてきたのだろう。前髪からは水滴が零れている。けれど、本人はあまり気にしていないようで、手で軽く後ろへなで上げると、勝手よろしくさっさと部屋を横切っていく。
「……どうしたの? 何だか、不機嫌そう」
椅子に腰を降ろしたラバールは、フェリアをじっと見つめた。その視線を面はゆく思いながらも、フェリアは彼の前に跪いた。
「何か、あったの? お城へ行っていたのでしょう? ダーナに会ったから?」
「そう。あの女のせいだ。全て! あの女は、人を城に呼びつけて、自分と結婚しろと言ったんだ。もちろん、断ったがな。理由など判っている。女王に不満を持つ連中が、俺を担ぎ上げるのを阻止するためさ。……冗談じゃない。死んだ方がましだ!」
忌ま忌ましげに吐きだすと、ラバールは急に力が抜けたように、背もたれに寄り掛かり、そして上を仰いだ。
「……腹が立って、余りに悔しくて。……お前に逢いたくなった……」
「……どうして……?」
どきん、と胸が高鳴った。苦しくさえなる。
「……お前は綺麗だ。心も、体も。無垢で、純粋で……俺は復讐のことしか頭にない男だから……よけいにお前に憧れる。お前といる時だけは、何もかも忘れられる……」
フェリアに戻した視線そのままに、そっと手が伸びてきて、彼女の頬に触れた。たまらなくなってフェリアが目を閉じたその時、外でカンカンカンという音が聞こえた。フェリアにとっては、馴染みの深い音だった。だが、今はそれが死神の足音にも聞こえる。
「……ダーナだわ……っ」
青ざめてつぶやく。その次の瞬間のラバールの行動は早かった。ぱっと立ち上がると居間とひと続きになっている寝室のベッドの下に入り込む。と、同時に扉が開かれた。
「どうして、鍵が開いているの!?」
それが、ダーナの第一声だった。
「……ダーナ。しばらく来なかったのね。どうしていたの?」
どうかラバールが見つかりませんように。そう思いながらフェリアは言う。けれど、ダーナは聞いていない。
「外に見慣れない馬があったわ。もしかして、幸運の姫、誰かここに来たのではないの ?」
「……いいえ。誰も来ないわ」
言ってから、胸がちくりと痛んだ。嘘をつくのは、辛かった。
「だったらどうして鍵が開いているのっ!」
「知らないわ」
「……本当ね? あなた、嘘はついていないわね? 嘘は駄目よ。私に嘘をついてはいけないの。……でなければ……ああ、幸運の姫君、本当に誰も来ていないのね? ……この頃、どうしてかうまくいかないの……あなたがいるから、うまくいかないはずはないのに。ちっとも、幸せではないわ……。あなたは私に幸運を呼んでくれる存在のはずなのに」
不安にかられた声で、独り言のようにダーナは言った。フェリアに聞かれても、判るはずはないと思って。
――けれど。
彼女は気付いていない。今の自分の言葉が、どれだけフェリアに衝撃を与えたかなんて。そして、その一言が、完全にダーナからフェリアの心を切り離したことに、自分の事で一杯だったダーナは、気付くことが出来なかった。
そして、この時、運命は決した。
「……あの女が鍵を掛け忘れたんだわ。あれほど注意しろと言ったのに。万一のことがあったら、どうするのよ? あんな女は任せておけない。……今日限りだわ」
今日限り。その言葉に視線を下に落としていたフェリアは飛び上がった。
「彼女をどこに連れていくというの?」
「あなたが心配する必要はないわ。私の言うことを聞いていれば大丈夫なんだから」
「そんな……待って!」
けれど、フェリアの制止も虚しく、ダーナは扉の向こうに行ってしまう。後に残るのは、フェリアとベッドの下にいるラバールだけになった。今下でミアに何が起こっているのか、フェリアは想像したくもなかった。
「閉じ込められた、な」
ベッドの下から這い出ながら、ラバールは言った。けれど、その声に不安はない。
「フェリア……」
ラバールは、扉の所で座り込んで顔を覆っているフェリアに近づいた。そして、後ろからそっと抱きしめた。
「……ダーナの、あの優しさも全部嘘なのね。わたしの『幸運を呼ぶ』部分だけが、大事だったのね。そんなの、知らない。わたし、そんなものじゃないのに……酷い……酷い」
フェリアはつぶやく。そして、どうしてミアと共にさっさとここから逃げてしまわなかったのか、と思った。ミアは殺されてしまうかもしれない。だとしたら、それはフェリアのせいだ。フェリアが躊躇していたばかりに。ダーナを信じたばかりに。
「泣くな。大丈夫だ。きっと無事でいる。それに、俺が帰らなかったらそのうちシャルが探しに来るから、そうしたら、ここから脱出しよう。そして、俺の館に来い」
「……『幸運の姫君』として……?」
小さく尋ねる。けれど、答えはもう判っていた。ただ彼の口から聞きたかっただけだ。「違う。ただの娘として。……俺が必要なのは、幸運を呼ぶ姫のお前ではなく、ただの娘のお前だ。ダーナとは違う」
「……どう、違うの?」
ラバールが、フェリアの頬に口づける。涙を拭き取るように、目に、額に頬に。唇に。「あいつは『幸運を呼ぶ』という部分だけが大事のようだが、俺は、そんなものがなくても、お前が大事だ。お前自身が大切だ……」
「……好き」
フェリアはラバールの胸に顔を埋めて言った。それが、知ってる言葉の全てだとでも言うように。
「好き」を繰り返す。
「好き。あなただけ、愛してる」
ラバールは答えなかった。かわりに、フェリアの体を大事なものを扱うように、そっと抱き上げ、ベッドに運んだ。
それが答えだった。
「だから、行っては駄目だって、言ったのですよ……」
血糊のついた剣を下げながら、開口一番にシャルは言った。
明け方のことだった。ベッドの中で一夜を明かした二人は、階下での物音で目を覚ました。ダーナはいなかったものの、何人か兵士を残しておいたために、シャルはこの二階までたどり着くのに、とんだ苦労を要した。だからこその言葉だった。
「すまなかった」
あくびれもせずに、ラバールは返した。
「けれど、フェリアの前に血刀なんて下げてくるな。怯えているじゃないか」
「……すみません。姫君」
「大丈夫よ。その血……どうしたの?」
ローブを纏ったフェリアは、ラバールの背に隠れてながら、息をつめて言った。前に誤って怪我をした時以来、彼女は血が苦手になっていた。
「女王はこの館に何人か護衛をつけていたのです。……それで、ここまで辿りつくのに、苦労しました。さあ、今のうちに脱出といきましょう。馬も待たしてあります」
「ああ。しかし、よくこんな早くに来れたな……もっと遅くなるかと思った」
ラバールの言葉に、シャルは微笑んだ。
「ミアが、離宮に逃げこんできたのです」
「ミア! 彼女は無事なのっ?」
「ええ、フェリア様。何でも、城の牢屋に送られる途中で逃げだしたそうです。私は彼女から一部始終を聞いて、急いでやってきたのです」
「よかった……」
フェリアは安堵の吐息をついた。そんな彼女の肩に手を回して、ラバールが言う。
「フェリア。ここから出るぞ」
「…………」
胸がどきんとした。
……ここから、出る。今まで住んでいた、フェリアの全てだった所から離れていく。それは、複雑な想いを生んだ。不安。外への興味。開放への喜び。そして、淋しさと物悲しさと……微かな後悔。
親しんだものと離別する時は、みんなそう思うのだろうか……。どうしてあのままでいられなかったのかと、思うものなのだろうか。
扉の外から、内で躊躇するフェリアへと手が差し延べられる。数瞬の間、視線を揺らしていたフェリアは、意を決したように顔をあげ、そして一歩を踏みだした。
全てに続く、扉の外へと――。
踏みだす足が怖かった。ラバールの支えがなければ、すぐ崩れてしまっていただろう。そして、扉の内へと戻っていってしまったかもしれなかった。
そして――――。
彼女を今まで閉じ込めていた館の扉を抜け、外と触れた時のことを、フェリアは生涯忘れることはないだろうと思った。
視界一杯に広がる大地。背後にあるのは、切り立った崖。波が押しては、音をたてて引いていく。永遠に続く空。雲。青の乱舞。
驚きと共に、世界の広さを感じた。そして、自分の小ささ無防備さも。それは知らないこと全てへの、恐怖でもあった。
「どうだ? 外は?」
言葉もなく眩しそうに外を見渡すフェリアを馬の鞍に乗せながら、ラバールが問い掛けてくる。笑いながら。
「……何だか……透き通って見えるわ……広くて……いろんな色があって……」
フェリアは震えた。寒いわけではなかったが、なぜか身体が震えた。
「この頬にあたるものは、何?」
「それは、風だ。空気の流れだ。自然を感じる者万人に平等に与えられるものだ」
「向こうに見える、きらきらしたものは?」
「海だ。どこまでも続く、水の流れだ」
「……わたしが乗っているのが、馬?」
馬のたてがみをそっと撫でながら、胸にすうっと広がっていく清涼さに、心を委ねる。
何もかもがきらめいて見えた。ずっと館の部屋にいたら、知ることのできなかったものだ。けれど…………。
馬の背に揺られながら、遠ざかる屋敷を、フェリアはラバールの肩ごしに振り返った。大地にぽつんと立っているフェリアを閉じ込めていたものは、あまりに小さく見えた。今まであそこにいたのが、うそのようだ。
あの館はダーナの父親が、フェリアを閉じ込め為に造ったものだった。その彼は、フェリアを力で手に入れようとし、ダーナは懐柔と信頼によって彼女を得ようとした。けれどもそこには、フェリアの意思は存在していなかった。
そして……そして今はラバールが愛によって彼女を得ている。けれども、何が違うというのだろう……。フェリアは与えられた選択肢から選んだだけだった。それすらも、フェリアが望んだものではなくて……。
ラプンツェルを閉じ込めていた魔女の塔。
あそこで過ごした時は、何だったのだろう。今となっては幸せなのか不幸なのか判断もつかなくなっている、フェリアの長い時間。
そのすべては、夢だったのだろうか。それとも、これが夢なのだろうか。
けれども、ラバールの暖かさは本物だ。そして、それが、ともすれば魔女の塔にいってしまいそうになるフェリアの心を繋いでいた。