夜明けの放逐と、踏みしめる雪の音
黄金の脂粉が、窓から差し込む白磁のような朝日に照らされて、キラキラと残酷なほど美しく舞い落ちていた。
ロッジの中は、嵐が通り過ぎた後のような静寂に包まれている。
「……う、あ……。私の、魔導回路が……」
床に這いつくばったエリオットは、脂粉まみれの顔を歪ませ、絶望の声を漏らしていた。ふくちゃんのパニックが引き起こした「黄金の嵐」は、彼のプライドそのものである魔導師としての力を、一時的に、しかし完膚なきまでに封じ込めていた。
カイルは、抜いたままの剣を鞘に収めることなく、冷徹な眼差しでエリオットの動きを封じている。その横で、メグミは気絶して足をピクピクさせているふくちゃんをそっと抱き上げ、震えるハルの肩を抱き寄せた。
「(……私、あんなに怒ったこと、今までなかった。……ハルやふくちゃんを、あんなに怖がらせちゃうなんて)」
メグミは、自分の内側から噴き出した「怒り」の熱量を思い出し、自らの手のひらを見つめた。日本にいた頃、どれだけ理不尽な目に遭っても「仕方ない」と飲み込んできた感情が、この世界で強大な魔力と結びつき、愛する家族さえも恐怖させてしまった。その事実が、彼女の胸を締め付ける。
やがて、窓の外の吹雪が嘘のように止み、完全な静寂が訪れた。
「……カイルさん。もう、いいわ」
メグミの静かな、けれど拒絶の意志を孕んだ声に、カイルがわずかに剣を引く。
メグミは、泥と脂粉にまみれて惨めに震えるエリオットを見下ろした。ハルはメグミのスカートの裾をぎゅっと握りしめ、スピカの長い首筋に顔を埋めている。
「吹雪は止んだわ。……約束通り、今すぐここから出て行って」
「……本気か!? この雪原を、魔導具も魔力も失った私に一人で歩けというのか! 死ねと言っているのと同じだぞ!」
エリオットが、脂粉で赤く腫れた目でメグミを睨みつけ、声を荒らげる。だが、メグミの瞳に、かつてのような「お人好しな慈悲」の色は一滴もなかった。
「あなたは、ハルやスピカを無理やり連れ去ろうとした。私たちの家を、家族を、力ずくで壊そうとした。……そんな人を、いつまでも温かいストーブの前に置いておくほど、私はお人好しじゃないわ。……日本にいた時の私なら、それでも自分を犠牲にして許したかもしれないけれど。……今の私には、何があっても守り抜かなきゃいけない『宝物』がここにあるの」
メグミは、ロッジの重い扉を大きく開け放った。
外には、朝日を浴びて輝く、どこまでも無垢で冷酷な雪原が広がっている。
「……二度と、この門を叩かないで。次にここに来ようとしたら……ふくちゃんだけじゃ済まないわよ」
カイルがエリオットの襟首を掴み、文字通り雪原へと突き出した。
エリオットはよろめきながら雪に足を取られ、何度も振り返りながら、忌々しげにメグミたちを睨みつけた。
「……覚えておけ。……あれほど強大で、制御しきれぬ『力』を秘めた女を、王都が、……陛下が放っておくはずがない。お前たちは、自分たちがどれほど危険な火種を抱え込んでいるのか、分かっていないのだ……ッ!!」
負け惜しみの言葉を残し、銀色の影は雪の彼方へと消えていった。
「……あのおじさん、もう来ない?」
ハルが不安そうに、メグミの顔を見上げた。
「ええ、もう来ないわ。……二度と、ハルやスピカに怖い思いはさせない。約束するわ」
メグミは膝をつき、ハルの小さな体を強く抱きしめた。
ふと腕の中を見ると、ふくちゃんがようやく目を覚まし、寝ぼけ眼で「ピョイ……?」と鳴いている。いつものようにメグミの顔を見ると、恐怖を忘れたかのように「なでて!」「カキカキしろ!」と甘えるように頭を擦り寄せてきた。
「……おかえり、ふくちゃん。怖がらせてごめんね」
ふくちゃんの柔らかい羽の感触と、ハルの小さな体温。
メグミは、ようやく心の底から安堵の息を吐いた。嵐は去った。けれど、エリオットが残した「王都が放っておかない」という言葉が、冷たい風のように胸に刺さっている。
聖域の平穏を守るためには、ただ拒絶するだけでなく、もっと強く、もっと賢くならなければならない。
「よし……。みんな、お腹空いたでしょ。……朝ごはんにしよう。今日は、とっておきの温かいおじやを作るからね。ハル、お掃除も手伝ってくれる?」
「うん! お掃除して、あの変なおじさんの匂い、全部消しちゃうんだから!」
ハルがようやく笑顔を見せ、スピカも安心したように鼻先をメグミの肩に寄せた。
朝日が差し込むロッジの中で、メグミは再び、その扉を固く閉ざした。それは、外敵を拒むためだけでなく、この小さな家族の絆をより一層固く結ぶための誓いでもあった。




