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銀の饒舌と、聖女の「看破」


 ロッジの薪ストーブの前、エリオットはメグミが差し出した温かいスープを啜りながら、弱々しい遭難者を演じ続けていた。しかし、その藍色の瞳は、湯気の向こう側で冷徹に部屋の中を観察している。


 彼は驚愕していた。この場所は本来、不毛の風が吹き荒れる「呪われた荒地」のはずだった。それが今や、豊かな土の匂いがし、冬だというのに生命の拍動が聞こえる。


「……信じがたい。この不毛の地をここまで変えたのは、あなたの力ですか。……なるほど、王都の噂通り、真の『聖女』が実在したというわけだ」


 エリオットは確信を持って頷き、人心を掌握するための「武器」である言葉を紡ぎ始めた。


「感謝します、聖女様。私は王都の調査任務中に吹雪に巻かれ、もう助からないかと思いました。……ですが、ここも長くは安全ではないでしょう。特にあの一角獣スピカ……。あの子を連れていれば、『密猟者』に怯える必要もなくなります。私が王都へお連れし、国の保護下に入れれば、最高級の環境を約束しましょう」


 エリオットは、慈悲深い笑みを浮かべてメグミの手を取ろうとした。

 しかし、メグミはその手をそっと引き、氷のように冷ややかな視線を彼に向けた。


「……あなた、今なんて言ったの?」


「え……? ですから、国の保護下に入れば、もっと良い生活が……」


「違うわ。その前よ。……『王都の噂通り』? おかしいわね。ここは地図にも載らないような、捨てられた荒地だったはずよ。私たちがここで何をしていようと、外の世界に漏れるはずがない。ましてや『聖女』なんて言葉、誰にも言ったことはないわ。……なのに、どうしてあなたは『噂』なんて言葉を知っているの?」


 エリオットの顔から、一瞬で余裕が消えた。

 彼は、王都の魔導省で「不毛の地が突如として聖域化した」という極秘の観測データを見てここへ来た。それを隠すために「噂」という言葉を混ぜたのだが、それが逆にメグミの鋭い警戒心に火をつけたのだ。


「それに、スピカが密猟者に狙われているなんてことも、私は一言も話していない。……あなた、遭難したふりをして、最初から私とスピカを『特定』してここに来たのね」


 日本にいた頃、表面上の甘い言葉を信じては、自分の居場所を奪われ、利用されてきたメグミ。その苦い経験が、彼女に「嘘の匂い」を嗅ぎ分けさせていた。


「フフ……。おめでたいお人好しかと思ったが、とんだ勘違いだったか」


 エリオットは、もう隠す必要もないとばかりに、冷徹な魔導師の顔を晒した。


「だが、賢明なあなたなら理解できるはずだ。こんな不便な荒野より、王都の煌びやかな宮殿の方が、あなたに相応しい生活があることを。国の駒になれば、もう泥にまみれる必要もないのだぞ?」


「不便? ……いいえ、ここ以上に最高の土地なんて、世界のどこにもありません」


 メグミは断言した。


「自分の手で耕した土、仲間と笑いながら作ったお餅、スピカが咲かせてくれる氷の華……。誰かに与えられた『用意された幸せ』なんて、私はもう信じない。自分の足で立ち、自分の手で守るこの聖域こそが、私にとっての唯一の正解なんです」


「……っ、理解不能だ。そんな価値のない泥遊びに……!」


 エリオットが苛立ち、懐から「魔力測定用の銀の羅針盤」を取り出そうとした、その時だった。


「ピョイイイッ!!」


 梁の上から、黄金の弾丸――ふくちゃんが猛スピードで滑空してきた。

 ふくちゃんは、エリオットが握っていた羅針盤をクチバシで強引にひったくると、そのままロッジの床へと放り投げた。


「あっ! ふくちゃんだめだよ、そんな高そうな道具を『フンの標的』にしちゃ!」


 メグミが慌てて制止するが、ふくちゃんは止まらない。

 宙を舞い、羅針盤の真上を旋回したかと思うと……。


プリッ。


 狙い澄ましたかのような「特大のフン」が、銀色の羅針盤の真ん中に、音を立てて直撃した。


「な……っ!? 私の、特級魔導具が……汚物まみれに……!!」


 屈辱に顔を真っ赤にするエリオット。王都の権威の象徴とも言える精巧な道具が、一羽のインコによって見るも無残な姿にされたのだ。


「残念でしたね。……カイルさん、この方をしっかり監視しておいて。吹雪が止んだら、すぐに出て行ってもらいますから。……私たちの家には、嘘つきを招く場所なんてないの」


 メグミは背を向け、怯えるスピカを優しく抱きしめた。

 利用しようとする「銀の毒」は、聖域の温かな絆と、メグミの迷いのない言葉、そしてふくちゃんの容赦ない洗礼に触れ、その本性を無様に晒し始めていた。



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