冬の仕込みと、遠くで翻るマント
「共鳴石」を退けた後、聖域には数日の静寂が訪れた。
スピカはすっかり元気になり、ハルと一緒に雪の上を駆け回っている。彼女が通った後に咲く「氷の華」は、今では聖域の冬を彩る美しい風物詩となっていた。
「よし、今のうちにやっておこう。みんな、手伝ってくれる?」
メグミが取り出したのは、秋に収穫して大切に保管していた「大豆」と、暖かいロッジの隅でじっくり育てていた「米麹」だ。
「これでお味噌を仕込むんだよ。今作っておけば、春を過ぎる頃にはもっと美味しくなってるから」
カイルが大豆を力強くすり潰し、ハルと妖精たちが麹を混ぜ合わせる。スピカも興味津々で、鼻先を近づけては大豆の香ばしい匂いを楽しんでいた。ふくちゃんは「僕が監督だよ!」とばかりに、カイルの肩に乗って作業を見守っている。
「(……こうして、次の季節のための準備ができる。それが、何よりの幸せだね)」
メグミは、丸めた味噌玉を樽に詰めながら、スピカの穏やかな表情を見て微笑んだ。
しかしその頃、聖域から遠く離れた王都の魔導省では、一枚の報告書が波紋を広げていた。
「……間違いない。これは、失われたはずの『聖なる浄化』の魔力波形だ」
報告書を見つめるのは、銀髪を冷徹に整えた若き魔導師、エリオット。
彼は、回収された共鳴石の破片から抽出された微かな魔力の残滓を指先で弄んでいた。
「ただの一角獣を追っていたはずが……まさか、こんな辺境に『源泉』が隠されているとはな」
彼は、密猟者同然の荒っぽい特殊部隊とは違う。王命を受け、失われた古代魔術を研究するエリート魔導師だ。彼にとって、この「清浄な魔力」の持ち主を見つけ出すことは、一角獣を捕らえること以上に価値のある、自身の野望への近道だった。
「準備をしろ。力ずくでこじ開ける必要はない。……その『主』が自ら招き入れたくなるような、極上の罠を携えていく」
エリオットが翻した黒いマントには、これまでの男たちよりも一回り大きな「双頭の鷲」の紋章が刻まれていた。
聖域では、ハルが「お味噌、早くおいしくなーれ!」と樽に歌いかけている。
その純粋な祈りが届くかのように、ふくちゃんがふと、北の空を見上げて短く鳴いた。
「ピョイ……」
風の匂いが、少しずつ変わり始めていた。




