吹雪の迷い子と、穢(けが)された一角
第34話
新年の穏やかな空気は、ふくちゃんの鋭い鳴き声とともに一変した。
吹雪の境界線で「ギラリ」と光ったのは、獲物を狙う者の執念深い視線だった。
「……やっぱり、何かいる……!」
メグミが窓に駆け寄ると、雪を漕ぐようにして、一頭の小さな獣が聖域の結界内へと倒れ込んできた。
それは、透き通るような青い毛並みを持つ、額に一本の角を戴いた美しい獣――「一角獣」の幼獣だった。しかし、その体は氷の結晶を纏ったように美しく、そして……ひどく汚れていた。
「大変、怪我をしてるわ! カイルさん、ハル、急いで!」
カイルが素早くロッジから飛び出し、雪の中に沈んだその小さな体を抱え上げた。
「……重い。見た目以上に魔力を帯びている証拠ですな。聖女様、この獣、額の角が欠けています。……自然に折れたものではありません。これは、刃物で強引に……」
ロッジの中に運び込まれた「青い一角獣」は、妖精たちが魔法で温めた床の上で、弱々しく呼吸を繰り返していた。その脚には鋭い矢の跡が残り、痛々しく血が滲んでいる。
「……間違いありません。『密猟者』ですな。この希少な青い毛並みと、万病に効くとされる角……。闇市場では、城が一つ建つほどの値がつきます。吹雪に乗じて追跡されていたのでしょう」
「ひどい……。こんなに小さいのに」
ハルが震える手で、一角獣の冷え切った体を撫でた。
「ピョイイイッ……!!」
ふくちゃんだ。
普段はのんびりと温泉やアワアワを楽しんでいる彼が、見たこともないほど鋭い目で、結界の外の吹雪を睨みつけている。その羽からは黄金の脂粉が激しく舞い、同じ聖なる獣が受けた理不尽な暴力に対し、激しい怒りを露わにしていた。
結界の外では、数人の男たちが苛立ったように雪を蹴っていた。
「チッ、急に吹雪が止みやがった……。追い詰めたはずなのに、あのガキ(魔獣)はどこへ消えたんだ!」
「おい、この先……妙に空気が澄んでやがらねぇか?」
男たちが踏み込もうとするが、見えない壁に弾き返されるように、一歩も先へ進めない。
メグミが張った聖域の結界は、悪意や殺気を持つ者を決して通さない。彼らがどれほど武器を構えようとも、この温かな光の中へ届くことはないのだ。
「ふくちゃん、大丈夫。あの人たちは、ここには絶対に入ってこれないから」
メグミは、ハルと一緒に温めたルナ・シープのミルクに、滋養強壮にいい聖域の薬草を少し混ぜ、一角獣の口元に運んだ。
「飲んで……。ここは安全だよ。もう、誰もあなたを傷つけたりしないわ」
一角獣は、うっすらと瞳を開けた。その瞳は、ふくちゃんの羽と同じ、神聖な金色をしていた。
温かいミルクが喉を通ると、一角獣の体から微かに冷たい光が漏れ出し、折れかけた角がチリチリと音を立てて再生を始める。
外の喧騒を余所に、聖域の中は静かな救済の光に満たされていた。
メグミは、傷ついた小さな命を抱きしめながら、自分たちの住む場所がいかに隔絶された、けれど守られた場所であるかを再確認するのだった。




