迷子のモコモコと、奇跡の「白き滴」
第25話
「ミルクたっぷりのカフェオレが飲みたい……」
メグミのその一言は、チョコとコーヒーの衝撃に酔いしれていたカイルの心に、新たな使命感を植え付けていた。
「(……聖女様が、あんなに切なげに『みるく』を欲しておられる。……しかし、獰猛なバイソンの乳など、呪い以外の何物でもない……)」
カイルは葛藤していた。だが、彼はふと、かつて王国の騎士団で耳にした噂を思い出した。
「(……そういえば、この荒野のさらに西、精霊の山脈の麓には、バイソンとは違う、おとなしくて白い毛並みの獣……『ルナ・シープ』の群れが住んでいるとか……)」
カイルは意を決し、再び探索へと向かった。
数日後。夕暮れ時、カイルは泥だらけになりながらも、その背中に何かを背負い、さらに数頭の「小さな影」を従えて帰還した。
「聖女様! 見つけましたぞ! 『ルナ・シープ』の……はぐれ群れです!」
カイルが連れてきたのは、四頭の白い毛並みの獣だった。ヤギとヒツジを足して二で割ったような、大人しい草食獣だ。
「わあぁ……! 可愛い! ……でも、みんなすごく痩せてる……」
ハルが駆け寄った。
本来ならモコモコのはずの毛並みは薄汚れ、肋骨が浮き出るほど痩せ細っている。群れからはぐれ、食べ物のない荒野を彷徨っていたらしい。
「カイルさん、よく連れてきてくれたね。……よし、ハル! 『大豆の搾りかす(おから)』と、ハチミツを少し混ぜたものをあげて!」
「うん!」
メグミたちは、ダイズオイルを作った際に出た「おから」に、リンゴの皮やハチミツを混ぜ、特製の「回復食」を作った。
ルナ・シープたちは、最初は怯えていたが、ハルの優しげな声と、漂ってくるおからの匂いに誘われ、恐る恐る口を付けた。
モグモグ……モグモグ……!!
一口食べた瞬間、彼女たちの目が輝いた。
聖域で育った大豆の濃厚な旨味と、ハチミツの甘さ。荒野ではあり得ない栄養満点のご馳走に、ルナ・シープたちは我を忘れて食べ漁った。
「ピョイイッ!」
ふくちゃんも、新しい仲間の登場を歓迎するように、その大きな翼を広げ黄金の脂粉をパラパラと振りかけた。
すると、どうだろう。
汚れが落ち、栄養が行き渡った彼女たちの毛並みは、一瞬にして白く、ふわふわに膨らんでいったのだ。
「……すごーい! みんな、真っ白な綿菓子みたいになっちゃった!」
ハルが感嘆の声を上げる。
痩せ細っていた四頭は、聖域の恵みとふくちゃんの脂粉で、見違えるほど立派な、モコモコのルナ・シープへと生まれ変わった。
「カイルさん。これ、お乳搾れるかな?」
「えっ? ……あ、はい。この、お腹の大きい子は、母親のようですから……」
カイルは本気で恐縮していた。「獣の体液を飲むなど、呪いに等しい行為」という偏見が、まだ彼の中に残っているのだ。
だが、メグミに促され、恐る恐る母親シープの乳を搾ってみた。
搾り、搾り……。
布で漉し、石窯でじっくりと煮沸消毒すると、真っ白で濃厚な、甘い匂いのする「白き滴」ができあがった。
「はい、カイルさん。一口飲んでみて」
「……ぐっ。……こ、これも聖女様の仰せならば……!」
カイルは覚悟を決め、ミルクを一口啜った。
「…………っ!!」
カイルの動きが止まった。
腦を突き抜けるような、濃厚なコクと、優しく包み込むような甘美。
バイソンの暴力的な味とは違う、洗練された、神聖な味だ。
「……な、なんという……。呪いどころか、これは……『神の恵み』ですな! 身体の芯から力が湧き上がり、心が洗われるようです……!」
カイルはあんこの時以上に感動し、ミルクの虜になってしまった。
「(……これで、カフェオレもミルクチョコも夢じゃない。……いよいよ、牧場経営の始まりね)」
メグミはホクホク顔で、モコモコの新しい仲間たちを眺めながら、自分もミルクたっぷりの温かい飲み物を啜るのだった。
ふくちゃんも、ミルクの香りに「ピョイ♪」と満足げに鼻を鳴らし、巨大黄金毛玉と化したモモは、ルナ・シープのモコモコに埋まって幸せそうに転がっている。
聖域にまた一つ、新しい「モコモコ」と、至高の「味」が加わった瞬間だった。




