騎士の修行と、未知なる「黒い実」
第24話
手作り石鹸とダイズオイルのおかげで、ロッジの一行は今や荒野の隠れ里にいるとは思えないほど、ツヤツヤのピカピカになっていた。
特にカイルは、鏡代わりの石板を見ては「……ふふ、今日の私もラベンダーの香りが素晴らしい。肌に馴染むオイルの輝き……」と、うっとり溜息をつく始末。
「……ハッ!? いかん! 私は王国の高潔なる騎士カイル! いずれはこの聖域の価値をしかるべき方に報告せねばならぬ身。泡と香りにうつつを抜かし、牙を抜かれるなどあってはならぬ!」
カイルはガバッと立ち上がり、腰の剣を握り直した。
「聖女様! 私は修行に行って参ります! 昨夜のあんこパンで得た活力を、剣の錆を落とすために使い、果樹園のさらに奥、魔物の気配がする深部まで探索して参りますぞ!フハハハ」
「えっ、あ、うん。……気をつけてね。お肉の補充も忘れないでねー」
メグミの軽い見送りを背に、カイルは「野生を取り戻すのだ!」と鼻息荒く森の奥へと消えていった。
数時間後。夕暮れ時に帰ってきたカイルは、鎧の隙間に大量の「見たこともない実」を詰め込み、顔を輝かせて帰還した。
「聖女様! 修行のついでに、不思議なものを見つけました! 非常に香ばしい匂いのする硬い種と、ねっとりとした果肉に包まれた大きな実です!」
カイルが差し出したのは、まさに「コーヒー豆」と「カカオ」にそっくりの実だった。
「これ……コーヒーとカカオじゃない! カイルさん、修行はどうしたのよ!」
「いえ、これを採取する際に、鋭いトゲを持つ植物と戦いましたので、立派な戦果です!」
メグミはさっそく、コーヒーの実を石窯の余熱で焙煎し、石臼で細かく挽いた。さらにカカオは種を炒ってすり潰し、ハチミツを混ぜて即席の「チョコレート」に仕立てていく。
「……うーん。やっぱり、お砂糖がないから、私が知ってるチョコとはちょっと違うなぁ。苦味が強いし、ざらつきもあるし……」
メグミは試食して首を傾げたが、それを一口食べたカイルとハルは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「な……なんだ、この芳醇な苦味と、脳を震わせるような香りは……! この黒い汁、飲むだけで力が湧いてくるようです!」
「おねえちゃん、このチョコ、すっごくおいしい! おとなのあじがするよぉ!」
甘味の乏しいこの世界の人々にとって、ハチミツを混ぜただけのビターチョコでも、人生を狂わせるほどの衝撃だったらしい。
その日の午後は、焼き立ての米粉あんパンに、苦味の効いたコーヒー、そして少しずつ大切に食べるチョコという、贅沢なティータイムとなった。
「ふぅ……。美味しい。美味しいけど……」
メグミは、コーヒーを啜りながら、ふと遠い目をしていった。
「ここに、お砂糖と……何より『ミルク』があれば最高なんだけどなぁ。ミルクたっぷりのカフェオレに、とろけるようなミルクチョコ。……あぁ、牛乳が恋しい……」
「……みるく? ぎゅうにゅう……?」
カイルが首を傾げた。
「聖女様、それはまさか……あの角の生えた獰猛な魔獣『ロックバイソン』の……乳のことですか!? 獣の体液を飲むなど、お腹を壊すどころか、呪いに等しい行為では……?」
「呪いって。……栄養満点で美味しいんだよ? 煮沸して消毒すれば大丈夫。……でも、確かに野生のバイソンの乳を搾るのは無理かぁ」
「左様です! あのような暴れ馬ならぬ暴れ牛、乳を搾ろうとした瞬間に蹴り飛ばされて命を落としますぞ!」
カイルは本気で恐縮していたが、メグミの「美味しいもの」への執念を知っている彼は、すでに「もし安全に乳を出す穏やかな魔獣がいれば……」と、次の探索へ向けて内心で策を練り始めていた。
ふくちゃんも、コーヒーの香りに「ピョイ♪」と満足げに鼻を鳴らし、巨大な黄金毛玉と化したモモは、チョコの香りに誘われて幸せそうにハルの膝で転がっている。
聖域にまた一つ、新しい「贅沢」と、次なる「目標」が生まれた瞬間だった。




