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極楽の源泉風呂と、騎士をも溶かす「魔法の泡」

第22話


あんこパンとハーブティーで心もお腹も満たされた午後のひととき。ロッジのテラスで、メグミは自分の髪を指で梳きながら、小さく溜息をついた。


「……はぁ。お腹は幸せだけど、やっぱり『石鹸』が欲しいなぁ。温泉は最高なんだけど、泡でモコモコ洗いたいよ」


「せっけん……? 汚れを落とすあの『脂の塊』のことですか、聖女様!」

 薪割りを終えたカイルが、身を乗り出して断固反対の声を上げた。


「王都の貴族様なら、木の実を煮出した汁や、牛の脂に灰を混ぜたものを使いますが……あれは鼻を突く獣の匂いがしますし、肌がピリピリと焼けるように痛む代物ですぞ! 聖女様の柔肌をあんな呪いの道具に晒すなど、このカイル、断じて認められませぬ!」


「カイルさん、落ち着いて。私が作るのは、そんな痛いもんじゃないよ」


 メグミは、以前遺跡で見つけた「謎の種ボックス」から出てきた芽を見つめた。そこには、メグミが大切に育てた「石鹸草サボンソウ」と、高貴な香りを放つ「ラベンダー」や「バラ」が、聖域の力で見事に咲き誇っている。


「ハル、カイルさんが狩ってきてくれたお肉の脂を、綺麗に溶かして。そこに、石窯の真っ白な木灰を水で漉した液を混ぜるの。仕上げに、この石鹸草の根と、乾燥させたラベンダーを入れれば……」


 メグミの知識による石鹸作りが始まった。カイルは「本当に大丈夫なのですか……」と疑いの眼差しを向けていたが、脂と灰が混ざり合ってとろりと固まり、ラベンダーの芳醇な香りが漂い始めると、その鼻をピクピクと動かした。


 数日後、型から取り出されたのは、薄い紫色をした、宝石のように美しい石鹸だった。


 その日の夕暮れ。メグミたちは、ロッジの裏手にある自慢の「源泉お風呂」へと向かった。


「わあぁ……! すごい、本当に泡立ってるわ!」


 メグミが石鹸を濡らしてこすると、繊細な白い泡がもこもこと立ち上がる。石鹸草の天然成分が、キメの細かい泡立ちを助けてくれたのだ。


「おねえちゃん、見て! ぼく、あわあわだよ! おはなのにおい!」

 ハルが自分の腕を泡だらけにして、キャッキャと笑っている。


 一方、岩陰で頑なに拒んでいたカイルだったが、メグミに「カイルさんも使ってみて。痛くないから」と手渡され、恐る恐る体を撫でてみた。すると――。


「……なっ!? な、なんだ、この……雲に包まれているような感触は……! 痛くない、どころか心地よい! おお、おおおっ! アワアワですぞ、聖女様! 私の体がアワアワで満たされていくぅーっ!」


 岩陰から、カイルの歓喜の叫びが響き渡った。

「獣臭どころか、戦場を忘れるような花の香り……。汚れが、汚れだけでなく心の穢れまで落ちていくようです……! アワアワ最高ーーーっ!!」


 かつての偏見はどこへやら。カイルは全身を泡まみれにして、もはや「泡の騎士」と化していた。


 メグミは、ラベンダーの香りに包まれながら、温泉に肩まで浸かった。

「(……お腹はいっぱい、肌は清潔。……これぞ本当のスローライフね)」


 ふくちゃんも、温泉の湯気を浴びながら、モモを背中に乗せて「ピョイ~」と極楽そうな声を上げている。

 カイルは風呂上がり、自分の肌をクンクンと嗅ぎながら「……いい匂いだ。私は今、ラベンダーそのものになった気分です」と、うっとりした表情で立ち尽くしていた。


 夕闇に染まる湖畔には、優しいハーブの香りと、幸せな笑い声だけが満ちていた。


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