霧の中からの訪問者
第16話
焼き立ての米粉パンを囲んで、メグミとハルの二人、ふくちゃんの一羽、そして妖精たちが賑やかに笑っていたその時。
ふくちゃんがピタッと食べるのを止め、冠羽を鋭く逆立てて霧の立ち込める境界線を見つめた。
「ピョイ……!」
「ふくちゃん? どうしたの?」
メグミがハーブティーの手を止めると、霧の向こうから「ガシャン……ズルッ……ガシャン……」と、重い金属が擦れるような、それでいて力ない音が聞こえてきた。
やがて、虹色の花々に囲まれた結界を突き抜けて、一人の人物が姿を現した。
「……えっ、鎧……!?」
そこに立っていたのは、ボロボロに傷ついた銀色の鎧を纏った、一人の若き騎士だった。
剣を杖代わりにして、今にも倒れそうな足取りでフラフラとこちらへ歩いてくる。その顔は土色に変色し、唇はカサカサに乾ききっていた。
「……ああ……。……ああ……」
騎士は、死の荒野のど真ん中に突如現れた「楽園」を、焦点の合わない瞳で見つめた。
青々と茂る果樹園、キラキラと輝く湖、そして……焼き立てパンの香ばしい匂いと、それを幸せそうに食べる巨大な黄金の鳥。
「……死んだのか、私は……。……ここは、天国……。……美しい……聖女様……」
騎士は、メグミを見て最期の力を振り絞るように微笑むと、そのまま糸が切れたようにバタンッ!と地面に倒れ伏してしまった。
「ひゃあぁっ! 大丈夫!? ちょっと、しっかりして!」
メグミが駆け寄ると、ハルも必死になってお水の入った木のコップを運んできた。
「おねえちゃん、このひと、ぼくといっしょだ! おなかすいて、フラフラしてるんだよ!」
「妖精さん、この人……悪い人じゃないよね?」
「ええ、私たちの結界を抜けてこれたんだもの。邪気は一切感じられないわ。ただの、ものすごくお腹を空かせた哀れな人間よ!」
ふくちゃんが「不審者?」と首をかしげながら、小型犬サイズのままトコトコと寄っていき、倒れた騎士の頬をクチバシで「ツンッ、ツンッ」とつついた。
「こら、ふくちゃん! つつくのは後にして! ……ハル、石窯に残ってるパンを持ってきて。あとハチミツも!」
メグミは騎士の重い兜を外し、聖なる湖の水を一口含ませた。
死の淵を彷徨っていた騎士の喉が、ゴクリと動く。
「(……この人も、この過酷な荒野を一人で越えようとしたのかな。……ハルと同じ、この世界からの『迷子』なのかな)」
メグミは、ハルとふくちゃんと協力しながら、見ず知らずの「新参者」を介抱し始めた。
静かだった二人と一羽の楽園に、また新しい風が吹こうとしていた。




